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第31話 三つの影 ――王の問い、竜の答え

王宮の最奥。

扉の外にさえ、息遣いひとつ漏れぬよう厳重に封じられた密室。


厚い石壁と重い扉が外界を断ち、

燭台の炎だけが、三人の影をゆらゆらと揺らしていた。


静寂を破ったのは、若きシオンの声だった。

だがその声音には、年若さに似つかわしくない確信と覚悟が宿っている。


「……黒竜は、悪ではありません」


二つ目の影――王の眼差しが、わずかに細められた。


「やはり……そうか」


そこに驚きはなかった。

まるで長年胸の奥に抱き続けてきた予感が、ようやく裏づけられたかのような眼差しだった。


シオンは、一歩前へ進み、古文書を机上へ押し出す。


古びた革装丁。

何百年という歳月を経てなお朽ちぬ、異様な存在感を放つ紙。


「この古文書は、黒竜の力を持つ者でなければ開けず、燃やすことも、動かすこともできません。

……だからこそ、処分されず、封じられていたのです」


王は黙したままページを見つめ、やがて口の端を苦く歪めた。


「存在は知っていた。だが――

この王宮は、“都合の悪い歴史”を幾度も書き換えてきた。

黒竜を正義と称える書など、残されるはずもなかろう」


三つ目の影――カイロスが、低く言葉を継ぐ。


「黒竜は、この国の始祖にして救世主。

だがその力は、余りに強大であった。


建国より数百年、黒竜に至る者は確かに幾度も生まれてきたが……

制御できぬ者が暴れれば、国を滅ぼしかねぬ。

従わせたとしても、王を脅かす象徴となる。


ゆえに伝説は塗り替えられ、

黒竜は“悪”とされ――

生まれれば、幼子のうちに密かに処されてきた」


シオンの眉が、かすかに揺れた。

それは伝承ではない。

自らに課せられた、本来の運命を突きつけられた証だった。


***


カイロスの回想――始まりの夜


――あの日の光景が、鮮明に甦る。


親友・先王キリウスが、険しい顔で告げた夜。


「……我が子は、黒竜だった」


低く落とされたその言葉は、雷鳴のようだった。

息が詰まる。

黒竜の子が最後に確認されたのは、二百年以上前――


だが、キリウスの瞳にあったのは恐れではない。

ただ、ひとりの父としての、揺るぎない意志だった。


「この子を守りたい。国に、潰させはしない」


緊迫した空気の中で交わされた、命を賭した約束。

弟レオニスから極秘として見逃しを得る代わりに、

キリウスは――退位を受け入れた。


幼きシオンは、レイザルト領に匿われ、

二つの名を与えられた。


貴族の前では、ユリアとして。

男であれば脅威。

ならば――女の姿であれば、目を欺ける。


黒竜は性別を超える存在。

その変身能力が性別さえ変えることを、

彼らは最後の盾として用いたのだ。


だがユリアは、男として在ることを好んだ。

ゆえにシオンの名を与え、

平民の前では、少年として育てた。


――あれ以来すべては、

運命に抗うための、逃れられぬ共犯関係だった。


***


王の低い声が、静寂を裂く。


「……シオン。

その力を、お前は何に使うつもりだ。

黒竜として覚醒すれば、巨大な力を手にする」


血筋も派閥も関係のない問い。

王としてではなく、決断を問う者の声だった。


シオンは拳を握りしめ、真っ直ぐに答える。


「ニナのために」


「……そして、人々のために」


王の目が、わずかに見開かれた。


「……彼女のために強くなりたくて、学びました。

剣も、国政も。


ニナと共に過ごす中で、気づいたのです。

自分たちだけが幸せでも、本当の幸せは得られない――と。


だから……

ニナのために、そしてそこから、人々を救いたいという想いが生まれました」


震える言葉を、意志の光で支えるようにして続ける。



「……私はその力を、

ニナと、人々のために使う覚悟があります」



その言葉を、カイロスは息を殺して聞いていた。


――ああ。

この子は、力を誇るために生きない。


――愚かだ、と思った。


黒竜を忌み嫌う人々のために、

力を使いたいなど。


報われぬ。

困難で、危うい道だ。


だが同時に、胸の奥が熱を帯びた。


――だからこそ。


この子は、王の器なのだ。


***


カイロスの回想――少年の日


シオン十二歳の冬。

父キリウスの訃報を告げられたとき、

少年は瞬きすら忘れたように固まった。


だが泣かなかった。


「……母上のところに行けたんだね。

もう、寂しくないよね」


震える声で、周囲を気遣う言葉を選ぶ。


「ぼくの心配はいらないよ。

みんなの方が、ずっと大変でしょう?」


あの子は知っている。

平民の子どもたちが皆、何かを抱えて生きていることを。


白くなるほど握り締められた拳に、

本人だけが気づいていなかった。


この子は、脅威ではない。


黒竜の血を宿していようと、

その本質は、

人を包む、やわらかな光だ。



***


王の声が鋭くなる。


「だが、その力は不安定だ。

覚醒すれば、誰が味方か分からぬこともある。

……制御できるのか?」


一瞬の沈黙。


燭台の炎が、ふっと揺らいだ。

石壁に映る三つの影が歪み、

その一つが、竜の輪郭を思わせる一瞬を描く。


シオンは、はっきりと頷いた。


「制御します。

否定できぬ未来を、結果で示します」


***


カイロスの回想――確信


胸に去来するのは――

シオンが幼い日の、忘れがたい光景だった。


その孤独な光を、年相応の子どもに戻してくれる存在がいた。

休暇に訪れたニナをシオンに引き合わせた日。


幼いシオンが制御を失い、黒竜へと変じ、

荒れ狂ったその瞬間――

ニナは怯えるどころか駆け寄り、無邪気に抱きしめた。


「かわいい……!」


牙を剥いていた竜は、その抱擁に力を奪われ、

子どものように彼女の腕へ身を委ねた。


――あの子になら。


カイロスは静かに息を吐き、

確信へと変わった思いを胸に刻む。


「……あの子を抱きしめ、静められるのかもしれぬ」


シオンが何者であろうとも、その核は光だ。

そして――その光に触れられる唯一の存在が、ニナである。


***


王はじっと彼を見据え、やがて低く命じた。


「――下がれ」



扉が閉まり、シオンの気配が消える。


密室に残ったのは、王とカイロスだけだった。


王は深く息を吐き、机を指で一度だけ叩いた


「……全て、お前の描いた通りか」


カイロスは首を振る。


「いいえ。

人の心までは、描けません」


「だが、ニナを置いた」


「――置いたのではありません。

あの子が、そこに立ったのです」


沈黙。

燭台の炎が、音もなく揺れた。


「真実であっても、教会が認めねば“事実”にはならぬ。

この国は、そうやって保たれてきた」


「承知しています」


「だが……

ルイスは改革派へ近づいた。

シオンもまた、お前の言う通り、ニナが必要だ」


王は静かに目を閉じる。

王は目を閉じたまま、しばらく何も言わなかった。


「二人が揃えば、この国は――

持ち直すかもしれぬな」


カイロスは何も答えなかった。

視線だけが、王の言葉を受け止めていた。




扉の外に戻ったシオンはユリアの姿へ戻り、そっと離れへ向かった。

寝息を立てるニナを見つめる。


柔らかな頬。ほどけた指先。胸元で揺れるかすかな鼓動。

触れれば消えてしまいそうな儚さが、胸の奥を締めつける。


――自分の心をつなぎ止める唯一の存在が、ここにいる。


たとえ、彼女がルイス王子の恋人であろうとも。


……それでも。


衝動に負け、そっと身をかがめる。

ニナの頬へ短い口付けを落とした。


柔らかな温もり。かすかな香り。

一瞬、世界が静止したようだった。


「……こんなこと、してはいけないのに」


息を殺して離れ、静かに部屋を出る。

ニナは気づかない。

だが、胸の底では――

抑えきれぬ想いだけが、焼きついたまま残っていた。




お読みくださりありがとうございます!

物語のタイトルを内容に合うように変更しました。

内容に変更はありませんので、ご安心くださいね。

物語は動き始めています。いかがでしょうか。

もしよければブクマや感想などで応援いただけたら嬉しいです。それでは、次回もお楽しみいただけますように。


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