第02話 王都の光と影 ― 運命の序曲
王都セリオン――竜と伝説が息づく都。
平民の娘ニナ・レイザルトは、伯父に導かれ王宮へ送られる。
使命は――王女を支え、王子の心を味方にすること。
王都の光と影、第二王子ルイス――
何かが、彼女の静かな日常を揺さぶり始める――。
王都セリオン――アヴェルシア王国の心臓にして、“天への架け橋”と謳われる都。
その名は、古き竜と乙女の加護がもたらした、神の愛と祝福に守られた理想郷を意味する。
かつて竜が舞い降りた丘に築かれた城は、今も白亜の尖塔を空へ突き立て、伝承の残響を宿していた。
その壮麗な城門をくぐった瞬間、ニナの胸は自然と高鳴った。
(ここが――王都……)
石畳の大通りは磨かれた鏡のように陽光を反射し、両脇には白亜の壁と尖塔をもつ建物が連なる。
壁面には古い彫刻が残り、ところどころ蔦が絡む。
窓のステンドグラスが光を受けてきらめき、春の柔らかな日差しが冬の冷たさをそっと溶かしていく。
夢の城を思わせる華やかさと、幾世代を経た重厚な時の重み――
その両方がひとつの景色に息づいていた。
色鮮やかな旗が風にはためき、広場からは楽団の音色が流れ込む。
だがその明るさの陰で、路地裏には痩せた子どもが母の裾にしがみつき、人目を避けるように座り込んでいた。
――輝きと影。その両方が、王都セリオンの鼓動を形作っていた。
「止めてください」
馬車の窓越しにその姿を見つけたニナは、思わず声をあげた。
御者が驚き、手綱を引いて速度をゆるめる。
ニナは窓から身を乗り出し、今にも扉に手をかけて降りようとする。
「あの子に……せめて、食べ物を」
小さく漏らした言葉に、王宮からつけられた従者が鋭く前へ出て扉を押さえた。
「おやめください、お嬢様。
施しなどなされれば、侯爵家の軽率と受け取られます。
民は甘やかせば群がり、あなたを利用する者も現れるでしょう」
ニナは息をのむ。
路地の奥で、子どもは細い手をこちらに伸ばそうとしていた。しかしその指先は、馬車の影に飲み込まれていく。
胸が痛む。
もし手を伸ばせていたなら――何かが変わったかもしれない。
やがて、楽団の音と人々のざわめきに、路地裏の影はかき消されていった。
ニナは胸に手を当て、ただ唇を噛む。
(私は、何もできなかった。言い返すことすら……)
胸の奥に痛みが走り、弱い自分を責める声が広がる。
けれどその痛みの奥に、かすかな芽が息づいていた。
(自分が嫌。次こそ――何らかの方法で、助けられるように)
春の香りを帯びた光が石畳を照らし、冬の影を静かに遠ざけていった。
***
やがて、大通りのざわめきがひときわ大きくなる。
騎士団のパレードが始まったのだ。
磨き上げられた甲冑をまとった騎士たちが列を成し、馬の蹄が石畳を打ち鳴らす。
その先頭に立つ銀の髪の青年――第二王子、ルイス・アヴェルシア。
ただそこにいるだけで、空気が変わる。
光を纏ったかのように群衆の視線をさらい、誰もが息を忘れた。
陽光を受けて輝く銀髪は聖竜の鱗を思わせ、澄み渡る青い瞳は湖の静謐を宿す。
その姿に、人々の歓声が溢れる。
「ルイス殿下――!」
「お美しい……!」
女性たちは頬を染め、幼子までもが憧れの眼差しを向ける。
その人気はもはや王族という枠を超え、ひとつの象徴のように輝いていた。
ニナも思わず息を呑む。
幼い頃に絵本や壁画で見た王子、英雄が、いま現実となって目の前に立っているかのようだった。
――同時に胸の奥で、不安も芽生える。
この人と、理解し合えるのだろうか……と。
***
王都の広場には竜伝説を描いた彫像や壁画が至るところにあった。
建国の祖とされる銀竜と金髪の乙女、そして悪しき黒竜を討ち果たす騎士。
壮麗な尖塔には竜の意匠が連なり、人々が竜を敬い続けてきた歴史を物語っている。
(……レイザルト領ではあまり見なかったけれど、この都は信仰が息づいているのね)
なぜか胸がざわめく。
その感覚を押し隠し、ニナは王宮へと足を向けた。
――このとき、彼女はまだ気づいていなかった。
胸の奥に芽生えた小さな違和感が、何を告げようとしているのかを。
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これからも、ニナたちの王宮の世界を一緒に楽しんでいただけたら嬉しいです!




