第28話 早朝の邂逅ー目覚めた腕の中で
黎明の光が差し込む離れの一室。
シオンは血の気を失ったニナを抱いたまま、静かに足を運んでいた。
ようやく辿り着いた部屋に、彼女をそっと横たえる。
優しく抱きしめながら、額にかかった髪をゆっくりと撫でた。
――温かい。生きている。
その事実だけが、張り詰めていた胸をわずかに緩ませた。
「……ニナ」
名を呼ぶ声は、ほとんど吐息だった。
言葉にすれば溢れ出してしまう感情を、必死に押し留めるように。
その刹那――扉が唐突に開かれた。
「――ニナ!」
立っていたのはルイスだった。
その視線が、ベッドに眠る彼女と傍らのシオンを鋭く射抜く。
衝撃が胸を貫く。
――なぜシオンがここにいる?
――なぜ、彼女を抱いている?
助けてくれたのか。
だが同時に、黒い炎のような嫉妬が胸を焦がす。
俺ではなく、他の男の腕の中にいた――。
しかし次の瞬間、安堵が押し寄せる波のように胸を満たす。
彼女が、生きている。
シオンはルイスを見据え、低い声で告げた。
「王直属、ユリア王女の護衛騎士・シオンだ。――彼女は毒を受けていた。応急の解毒を施したが……しばらくは目を覚まさぬだろう」
ルイスの瞳が大きく揺れる。
「毒……? だが、魔物の傷では……」
シオンは首を横に振った。
「違う。傷は刃物によるものだ。鋭い短剣のような。
そして体内に巡った毒も、あの場にいた魔物由来ではない」
言葉の意味を理解した瞬間、ルイスの顔から血の気が引いた。
「……つまり、人為的な暗殺の可能性か……」
シオンは静かに頷き、ベッドの脇に片膝をついた。
「俺はこれ以上ここには留まれない。彼女を守れるのは――殿下だ。頼みます」
託すように、だが表情は変えずに。
シオンは影のように立ち上がり、背を向けた。
「……感謝する」
ルイスは吐き出すように言い、唇をかみしめた。
嫉妬とも焦燥ともつかぬ感情が胸を締め付ける。
だがそれ以上に、ニナが命を狙われたという事実が、烈火のような怒りとなって燃え上がる。
扉が閉ざされ、シオンの姿が消えた。
残されたルイスは震える手でニナを抱き寄せ、安堵と怒りに押し潰されそうになった。
「もう……二度と、誰にも触れさせない……」
額を寄せ、離さぬように腕に力を込める。
⸻
数日後、窓から射し込む柔らかな光に、まぶたがかすかに震えた。
ニナはゆっくりと目を開く。
――三日間、眠り続けていたのだ。
そこには、彼女を抱きしめたまま眠りに落ちたルイスの姿があった。
温かな体温と、静かな鼓動。
疲労の色が濃く、眠りは浅い。きっと、ろくに休んでいないのだろう。
愛おしさと感謝で胸がいっぱいになる。
――けれど。
苦しい夜の底で、自分を包み込んでいた穏やかな感覚。
「怖くない、大丈夫だ」と囁いた声のぬくもり。
そして――はっきりと「愛している」と言われた“ような気がする”。
それは目の前の彼ではなく、別の誰かのもののようだった。
(……シオン?)
驚きが胸を突き抜ける。
ほんの一瞬、暗闇の奥で金色の光が揺れた気がした。
戸惑いと、信じていいのか分からない不安。
それでも、その声の余韻は、柔らかく心を包み込んでいた。
しかし彼は何も言わず、姿を消した。
残された事実は、ルイスの腕の中で目覚めたということだけ。
「……ルイス」
かすれた声で名を呼ぶと、ルイスの瞼が揺れる。
(そう……きっと私の勘違い……)
そう思い込もうとするたび、胸の奥で、否定するようにあの声が微かに反響する。
二つの感覚がせめぎ合い、ニナの胸を締め付けた。
⸻
魔物の侵入経路は、グラシエラ領の森――。
防衛を怠った彼らの失態は明らかで、王都の民は怒りに震えていた。
王は権威の失墜を恐れ、責任の所在を慎重に見極めながら沈黙を保つ。
カイロスは、この混乱を「変革の起点」へと転じる好機と見ていた。
政治の潮流を己のものとする――そんな計算が巡る。
マルセロ公爵は逆境の打開策として、ユリアの“力”に密かな期待を寄せていた。
その正体こそが、次なる切り札。
フェルナンド辺境伯は静かに援軍を整え、
いずれの派閥にも与せず戦況を見極める姿勢を崩さない。
王都の空気は、ニナが眠っていた三日のうちに確かに変わっていた。
嵐の幕は、すでに開かれ始めていた。
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