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第20話 蒼と黒のワルツ ー波打つ旋律

舞踏会の夜――

ルイス殿下の視線は、黒髪の乙女に注がれる。

一曲のワルツが、王宮の夜を震わせる――。


アレクシアはフェルナンド辺境伯の姪で、王宮騎士団で指折りの女剣士として知られていた。

娘を持たぬ辺境伯が厳しくも誇りをもって育て上げた、ラディエンス家において最も信頼を寄せられる存在のひとりだった。

 

戦場で鍛えた芯の通った美しさと、舞踏会に映える洗練された華やぎ――その両方を兼ね備えていた。

同性の視線さえも、憧れを込めて彼女に注がれていた。


翡翠の眼差しが黒髪の女に留まった瞬間、ほんの僅かに棘を帯びた。


(……あれが噂の養女? 平民の血がこの場に?)



「ルイス殿下……」

 

薔薇の香りをまとわせ、アレクシアが一歩前へ進む。

会場の視線は期待に輝き、ざわめきが広がった。


「やはり最初のダンスは……」

 

「殿下とアレクシア嬢に違いない」


アレクシアは当然のように手を差し出そうとした。

だが――


ルイスの青い瞳は、別の方向を見据えていた。


黒髪の乙女――ニナ。

人目を避けるように控えていた彼女に、殿下はまっすぐ歩み寄る。


「……ニナ」

 

ルイスは優雅に一礼し、片手を差し出した。

その所作は自然で、まるで最初から定められた光景のようだった。


「――最初の一曲を、あなたと」



静かな声は雷鳴のように大広間を震わせた。


会場がざわつく。


王妃の扇がぴたりと止まった。

白い指が扇をきしませるほど握りしめ、冷ややかな光が瞳に宿る。

(……あの子が、自らあの娘を選ぶとは。

やはり――私の懸念は、間違いではなかった)

 

公爵は眉を寄せ、無言の圧を放ち、重臣たちは互いに視線を交わして色を失った。


アレクシアの笑みは凍り、頬がわずかに赤く染まる。

 

フェルナンド辺境伯は深緑の瞳を細め、沈黙のまま事態を測るように佇む。



「……わ、わたしが……?」


ニナは驚きに息を呑み、視線を伏せ、手がわずかに震える。だがルイスの視線は真剣そのものだった。


胸の奥で、いつからか抱えてきた“場違い”という影がざわついた。

(……嬉しい。なのに、怖い……。また噂になる……伯父さまにだって迷惑が――)


――それでも、殿下の眼差しは、彼女をそっと抱き留めてくれるようだった。


これ以上求め見つめられ続けたら、心臓が持たなかった。


震える掌を、差し伸べられた手にそっと重ねる――


――会場が息を呑む瞬間。


その瞬間、音楽が切り替わる。

優雅なワルツが流れ出した。



広間の中央。

人垣が遠ざかり、灯りさえやわらぐ。


ルイスが彼女の腰に手を添えた瞬間、空気が変わった。

布越しに伝わる体温が、ニナの背をわずかに震わせる。


(ようやく……触れられた)

彼の胸に、密かに抱えていた渇望が、小さく震えるように灯る。


「緊張してるな?」

低く囁く声は優しさに満ちていた。


「……わ、私なんかが……ルイス様と……よろしいのでしょうか……」


「“私なんか”は似合わないな。そして今は政治は関係無い。」


ルイスは軽く首を振り、静かに優しく微笑む。

 

「君はこの場にふさわしい人だ。ニナ……少なくとも今夜は、誰よりも君が輝いてる」


その言葉に、ニナの胸が淡く疼く。

(……こんなふうに言われたら……信じてしまいそうになる)


ルイスが彼女を軽やかに回転させる。

そのたびドレスの裾がふわりと舞い、彼の胸元にかすかに彼女の呼吸が触れた。


「……よく似合ってる。思ったとおりだ」


ニナの胸が跳ねる。


「ルイス様……これは……」


問いかけようとした瞬間、ルイスは視線を絡めたまま囁く。


「今答えはいらない。今夜は私のために踊ってくれ。それでいい」


胸の奥で、彼の抑えてきた衝動が静かに揺れる。


音楽が遠のき、鼓動だけが残る。

揺れる蒼と黒の影のなか、互いの距離はさらに近づく。


「……ニナ」


ルイスの声は甘く低い。



「君はまだ、自分がどれだけ特別か知らない」



その囁きは、耳朶をかすめるだけでなく、心の奥の脆い部分にそっと触れた。


(ルイス様が……わたしを……)

甘い痛みに似た震えが、ニナの心を満たしていく。


青と黒が交わり、光の粒子が舞う中――

まるで世界がふたりだけを包み隠したようだった。



音楽が終わり、拍手が鳴り響く。

ルイスとニナが最後の一歩を踏み出した瞬間、広間の空気はどこか熱を帯びていた。


その人垣の少し奥――。

ユリアは胸の奥で静かに息を呑んでいた。


(ニナを……ルイスが……)


耳に、令嬢たちの囁きがかすかに届く。

「まるで対のドレスのようだわ……」

「殿下が保守派を諌めたって噂、本当だったのかしら」


凛とした少女の瞳が、わずかに揺れる。

(ずっと、私の隣にいたのに……気づかなかった……こんな顔……)


「……殿下?」

そばにいた侍女が小声で問いかけた。


ユリアは微笑みを作り、首を振った。


「……少し、疲れたの。王妃さまにご挨拶して、先に退きます」


声色にはわずかな震えが混じっていた。


王妃はユリアを諌めようとしたが、その青白い様子を見て、表情をわずかに緩める。


「ええ、よろしいです。明日はまた違う場がございますので」

 

深々と礼をして、ユリアは大広間を後にした。


背中を向けた途端、抑えていた鼓動が耳の奥で鳴り響く。


(……胸が、苦しい……なぜ……?)


ニナとルイスが見つめ合い微笑んでいた。


(私は……どうして、こんなに……)


長い回廊に足を踏み出すと、夜風が一筋、ゆるやかに揺れた。

その冷たさが胸の奥の痛みに触れ、思わず足が止まる。

乱れた心を拾い上げるように、静かに――けれど容赦なく波のように吹き抜けていく。


――風に揺れた影は、まるで彼女自身の心を映しとったかのようだった。


読んでくださり、本当にありがとうございます!


少しでも「続きが気になる」と思っていただけたなら、とても嬉しいです。

もしよろしければ、ブックマークや評価、感想などで応援していただけると、作者の力になります。


いただく一言一言が本当に励みになっていますので、どうぞお気軽に声をかけてくださいね。


それでは、次回もお楽しみいただけますように。

これからも、どうぞよろしくお願いいたします!

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