第09話 揺れる瞳、月下の絆
王女ユリア――その光のような笑顔の下に、誰も知らない影が潜んでいる。
その隣で、ニナはためらわず手を差し伸べる――
二人だけが交わす、静かで確かな絆の夜。
そしてその夜が、やがて二人の運命を静かに動かしていく。
昼の陽光の下では朗らかに見える王女ユリアにも、時折、翳りが差す瞬間があった。
特に神話や歴史の書を手にするとき、彼女の瞳は小さく震え、恐怖を映す。
「……怖い……」
かすかに漏れた声の震えを受け止めるように、ニナはためらいなくその指先を取った。
「ユリア様。私がそばにおります」
理由は、まだ分からない。
ただ――書かれている物語が、竜の血を濃く受け継ぐ王族にとっては夢物語ではなく、身近な現実と重なってしまうのかもしれない――ニナはそう思うことにした。
黒竜が暴れ、銀竜と騎士が激しく戦う一節に怯えていたようだった。
ニナはそっとその不安を包み込む。
ユリアは潤んだ瞳を伏せ、それでもニナの手の温もりに安堵を見いだした。
その信頼と絆こそが、彼女にとって唯一の救いだった。
⸻
夜。王宮の奥、静寂に包まれたユリアの部屋。
寝台の上で、少女は夢に苦しげに身をよじる。
「……いや……いやだ……」
額に玉のような汗が浮かび、震える肩が月明かりの銀色の波にそっと揺れた。
駆けつけたニナは、震えるユリアのそばに膝をついた。
その嗚咽を聞いた瞬間、ニナの胸に小さな痛みが走る。
まるで、自分の心にまで同じ痛みが流れ込んでくるかのように。
「ユリア様!」
その手を強く握りしめ、耳元で囁く。
「大丈夫です。私がここにおります」
涙に濡れた薄紫の瞳が、助けを求めるようにニナを見上げた。
「……ねえ、ニナ……もし私が、何者であっても……」
掠れた声は途切れながらも、切実な思いだけははっきりと滲んでいる。
「ユリア様」
ニナは静かに抱き寄せ、そっと寄り添った。
その肩に腕を回し、迷いのない声で囁く。
「……ユリア様が望む限り、私はずっとお側におります。
たとえあなたが何であろうと──
身分も役目も関係ありません。
私にとっての“ユリア”は、ただ一人……変わりません。」
その言葉が、震える心をひとつずつ解いていくようだった。
ユリアの呼吸は次第に落ち着きを取り戻し、溢れた涙は枕へ静かに吸い込まれていく。
「……ニナ。今夜は……」
掠れた声に応じるように、ニナは優しく微笑んだ。
「おやすみなさい、ユリア様。朝までご一緒いたします」
月明かりはふたりを優しく包み、影をそっとひとつに重ねる。
その静かな夜気が、二人の秘密を淡く閉じ込めるように。
枕に吸い込まれていく涙の湿りも、震える呼吸も、すべてはこの静寂に溶けていくようだった。
――けれどニナはまだ知らなかった。
月明かりの下で交わされた言葉が、どれほど切実で、やがて心を波立たせ、胸の奥深くに影を落とすことになるのかを。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
今夜も、もう1話更新予定です!
ルイス王子殿下が登場します。
(更新はできるだけ毎日、難しい日は週に2〜3回を予定しています。
ときどきまとめて投稿することもあります。)
感想や応援をいただけると、本当に励みになります。
これからもニナたちを見守っていただけたら嬉しいです。
――次回もどうぞお楽しみに!




