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第7話 不思議アイテムの使い方

 あの不思議アイテムもといマジックアイテムがケネス様の心の声を代弁してくれていると確信してから公爵家での生活がずっと楽になった。


 ユミゴール公爵様や夫人、その他の使用人の心は分からないけれど、ケネス様に嫌われていないのならそれだけで安心できた。


 わたしに二度目の失敗は許されない。

 好かれなくていい。とにかく嫌われないようにしないと――


 そう思って必死だったからケネス様の心の声が聞こえただけで十分満足だ。

 これ以上は何も望まない。

 あとは何事もなく婚約期間を終えて無事に成婚に至る。それだけが目的のはずだったのに。


 わたしは欲深い女になってしまった。


『今日もウィリアンヌに会えた喜びを噛み締めよう。しかも、俺が贈った洋服を着ていた! ウィリアンヌは何を着ても似合う。可愛い』


 小箱型の魔法具からのノイズ混じりの声を聞きながらベッドに入る。至高で至福の時間を堪能するだけでは飽き足らず、わたしはケネス様の望むことを全て実行するようになってしまった。

 そうすることで絶対に嫌われないと自信をつけてしまったからだ。


 俺が贈った、なんて自信満々に言っておられるが、実際には「ん!」とぶっきらぼうに言って、包みを突き出してきただけだった。


 事前にケネス様がプレゼント選びをされていることを知っていたから素直に受け取り、その場で開封して満面の笑みでお礼を言えた。


 名誉のために言っておくけれど、お礼は心の底からの感謝だったわよ。

 本当に嬉しかったんだから。


 わたしのために時間を割いて洋服を選び、しっかりと包装までしてくださった。それだけでも心温まる。


 しかも、前日の夜は緊張して眠れない、だなんて。

 ウィリアンヌが受け取ってくれなかったらどうしよう、だなんて。


 くぅ! よく破顔せずに耐えたわ、わたし。偉い、偉いわ、ウィリアンヌ。


 ふぅ。

 けれど、これが何も知らぬ以前のわたしだったら、ただ困惑するだけだったでしょうね。

 きっと私室に戻ってから包みの中身が服だと判明して、お礼を言うタイミングを逃し、その機会は二度と訪れなかったでしょう。

 もしかするとセラからケネス様の従者に伝言をお願いしていたかもしれない。


 きっとケネス様はこれがプレゼントだとはおっしゃってくださらないから、すれ違いは加速し、わたしはこう勘違いするのだ。



 みすぼらしい格好をするな。お前は俺の妻になるのだからもっとまともな服を着ろ。これで満足だろ、と――



 言われてもいないことを勝手に妄想し、勝手に傷つき、勝手に悲しむ。

 そして勝手にケネス様への苦手意識を募らせて、嫌いになっていく。

 完全なる一人相撲。


 そんな未来が目前だったかもしれない。


「感謝しているわ。本当よ」


 そっと鉄の棒を伸ばした小箱を撫でる。

 今のわたしにはこれが必要。もうなくては生きていけない必須アイテムといって過言ではないわ。


『ウィリアンヌの好きな色はなんだろうか。アクセサリーを身につけることに抵抗はないだろうか。食や読み物の好みは分かったがこればかりはな……』


「ケネス様、良い方法をお教えいたしますわ。直接、聞いてくださいませ。そうしていただければ、このウィリアンヌ全て包み隠さずお答えいたします」


 と言っても、わたしの声はケネス様には届かない。

 妙案が浮かばないのか、素直に直接聞くことへの決断を渋っているのか、ずっと唸ってるケネス様の声を聞きながら想像してみる。



――ケネス様、わたしはオレンジ色が好きです! アクセサリーは小ぶりなものが好きで、あれこれと身につけるのは好みませんわ!



 これ、ダメだわ。完全にアウトよ。

 勘違いイカれ女だと思われてしまいますわ。


 こんなことを突然言い出したらケネス様はゴミでも見るような目で嫌な顔をするでしょうね。やめましょう。


 どう足掻いてもわたしの好みを直接伝えることなんてできない。

 やはり、ケネス様から聞いてくださらないと。

 でも、どうすれば……?


『まぁ、いいさ。時間はたっぷりあるのだから。最近は短時間でもウィリアンヌと会話する頻度も増えてきている。焦らないでゆっくりと距離を近づけていこう。もっともまずは3秒以上、目を見て話すところからだが』


「そうですね。ケネス様の言う通りです。わたしも焦らずに機会を窺うことにしますね。目は……応援しています。わたしから逸らすような真似はいたしませんので、ご安心くださいませ」


『さて、今日はもう寝よう。明日から父上と一緒に地方領主の元へ訪問だ。ウィリアンヌと会えないのは残念だが、仕事とあっては仕方ない』


「そうでした。確か、最低でも2日間は不在になるとか。留守はしっかりとお守りいたしますね」


『おやすみ、ウィリアンヌ』


 わたしの想像の中のケネス様は、扉の方を向いて就寝時の挨拶をしてくれている。

 実際にはどうされているか分からない。


 もしかすると、わたしと同様にベッドの中で天井を見たままで挨拶されているかもしれない。


 このマジックアイテムの弱点というか欠点は、ケネス様のお姿を見ることができないということだ。

 ケネス様の表情や動きは想像でしか補完できない。全てはわたしの想像力に委ねられている。


 そして、もう一つの欠点はわたしの声をケネス様に届けられないということ。

 できることなら夜の挨拶を直接差し上げたい。でも、こんな時間に私室を訪れるのは迷惑でしょう。何よりもそれは婚約者の範疇はんちゅうを超えている。


 嫁入り前の女が男性の部屋を一人で訪れるなんて。


 でも、せめてここでは――


 わたしはベッドから体を起こし、扉の方ではなく、ケネス様のお部屋の方角に向かって頭を下げた。



「おやすみなさいませ、ケネス様。また明日の朝、出立前にご挨拶差し上げます」

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