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第4話 小さなケネス様

『やっぱりウィリアンヌは美しい。視線を合わせるなんて無理だよ。2日ぶりに会えたというのに……俺のバカ野郎っ! どうして、あんなに可愛いんだ! 反則だ!』


 突然、箱の中のケネス様が普段は言わないようなことを言い出した。


 声はいつものような冷淡なものではない。

 箱の中にいらっしゃるからなのか、より無機質というかノイズ混じりで聞き取りにくいものだった。


 だけど、はっきりと『ウィリアンヌは美しい』と言っていたわ!

 わたしの耳は誤魔化されないんだから!


「ケネス様、わたしの声が聞こえるなら返事をしてください」


『昼間だって姿が見えないと思って屋敷中を探し回ってやっと見つけたのに、"どこに行っていた"はないだろ。だから、あんなに怯えさせてしまうんだ』


「えぇ⁉︎ 小さなケネス様⁉︎ わたし、怯えてなんていません。いえ、本当は怯えていました。嘘ついてごめんなさい!」


 あのケネス様がわたしを探していたなんて。

 いいえ、ウィリアンヌ。これは箱の中のケネス様がお話しされているだけで、ご本人様のお言葉ではないのよ。

 あ、でも、もう少しだけ……。


「ケネス様に断りもなく外出して申し訳ありせん。次から気をつけますから、どうかもう少しだけお話を――」


『近くの教会と言っていたな。あそこは取り壊す寸前のはずだが、怪我などしていないだろうか』


 あぁ……小さなケネス様、なんてお優しいの。

 このウィリアンヌ、嬉しくて涙があふれそうです。


『それに古い店と言っていたが、あの辺に店なんてあったか? いや、何を疑うことがある。愛しのウィリアンヌがあの宝玉のようなアメジストの瞳で見たと言うのなら間違いないんだ。疑念を抱くなバカ野郎』


 ケネス様がわたしを信じてくださっている。

 あぁ、ケネス様。どうかご自分を非難なさらないでくださいませ。


 わたしの中にあるケネス様のイメージが崩れては再構築されていく。

 ありえないと分かっていても普段からは想像もつかない言葉の一つ一つに感情を揺さぶられた。


『ウィリアンヌが隠していた、あの小箱は何だろう。微小の魔力は感じるが、呪物じゅぶつの類いではなさそうだった。危険物ではないから何を持ち帰ってきても構わないのだが――』


「あの一瞬でそんなことまで分かってしまうなんて素敵です。一体、どうして危険物ではないと判断されたのでしょうか」


『だって、ウィリアンヌが持ち帰ったものだもん』


 だって!?

 もん!?


 あまりにも子供らしい言葉のチョイスにむせてしまい、急いでナイトテーブルの上に置いた水差しからコップに注いで口に含む。


「ごほごほっ。いいえ、ケネス様。この小箱は危険です。なぜなら、わたしを悶絶死させようとしてくるからです」


 ついさっきまでは鈍器にも刃物にもなり得るとして危険物だと言っていたが、今は全然違う意味で危険な物へと成り代わってしまった。


 いけない。

 このままでは結婚前に死んでしまう。


 とても失礼だけど、わたしは小箱の中に閉じ込められた小さなケネス様を黙らせようと必死になった。

 しかし、どこを押してもケネス様の声は止まらず、あろうことかとんでもないことを言い出した。


『あぁ……どうして俺は素直にウィリアンヌと話せないんだ。"夜の廊下を一人で歩いていると危険だよ"って伝えるだけじゃないか』


 えぇぇぇえぇぇぇぇ!?

 ケ、ケネス様がわたしのことを心配してくださっている!?!?


 それよりも、何よりも、わたしと素直に話せないってどういうことですか!?


 驚きが渋滞していて胸が苦しい。

 だけども、わたしにはどうすることもできず、おしゃべりを続ける小箱を持って立ち尽くすだけだった。


『礼儀作法だけであんな時間までかかるだろうか。要領が悪いと言っていたがそんなわけがないだろう。他でもないウィリアンヌだぞ。伯爵領の白百合だぞ。』


『労いたかっただけなのに"早く寝ろ"、だなんて。俺は婚約者失格だ。本当は部屋まで送り届けたかった。いや、それではまるで下心があるみたいじゃないか。彼女は傷心の身だ。もっと大切に扱わないといけないのに』


 それからも、わたしの知らないお気持ちを暴露されたり、褒めちぎられたり、あぁでもないこうでもないとご自分を責められたりと。2時間ほど、小さなケネス様はお話を続けられた。


 わたしは小箱に空いた小さな穴から聞こえるケネス様のお声に耳を傾けているうちにうとうとしてしまい、箱を抱き締めながら眠ってしまっていたらしい。


「……夢、ではないのよね」


 夜みたいに鉄の棒を伸ばしても、ダイヤルを回してもケネス様のお声どころか、うんともすんとも言わない小箱をナイトテーブルの上に置いて窓の方へ。


 カーテンを開けると、降り注ぐ眩しすぎる日差しに目を細めた。


 今でも信じられない。

 あの小さなケネス様の言葉は一体なんだったのだろうか。


 おかげですごく眠いけれど、公爵家に来て以来、一番すがすがしい朝だった。


「ウィリアンヌ様、おはようございます。何か良いことでもありましたか?」

「えぇ、ちょっとね」


 いつものように身支度のお手伝いのために来室したセラ。

 自然と昨日購入した小箱の話題になった。


「わたしはね、あの老婆は魔女でこの箱は魔法具マジックアイテムだと思うの」


 ナイトテーブルの上に置いた箱を見つめながらそう言うとセラもいぶかしげにそれを睨んだ。


「はぁ……魔法具ですか。なかなか作成の成功例はないと聞きますが」

「そう思った方が素敵じゃない?」


 一変してセラは驚きの吐息をはき、髪をとかす手を止めた。


「ウィリアンヌ様、まるで昔に戻られたようです」

「え?」

「セラは、セラは嬉しく思います!」


 そう言われるとこの世界にあるものが素敵だと思えたのは久々のような気がする。全てはあの日から変わってしまった。


「……そう。セラが言うのならそうなのでしょう。あの老婆には感謝しなければいけないわね」

「それでも金貨10枚は高いですよぉ」


 そんなことないの。金貨10枚以上の価値はあったわ。

 それに、あの老婆の言う通り今のわたしにとって必要な商品だったのかもしれないわ。


 さて、身支度は整った。

 毎日恒例、重苦しい雰囲気の朝食に向かいましょう。


 なぜか公爵様と夫人に変な気を遣われ、朝食だけはわたしとケネス様の二人きりだ。

 いつもは気が重いのだけれど、今日ばかりは深夜の件があるからか少しばかりウキウキしていた。


「おはようございます、ケネス様」

「……っ、あぁ…………」


 ダメよ、ウィリアンヌ。耐えて。

 何か言いたそうにして口を閉じたケネス様を可愛いだなんて思ってはいけないわ。


 わたしは必死に鼻腔が開きそうになるのを我慢して席に着いた。

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