第33話 好きな宝石は?
ユミゴール公爵邸、わたしに与えられた私室で一人テーブルに向かう。
わたしはルティ様を助けたい一心で魔法具の封印を解いて、エリザベッラ男爵令嬢の胸中と、これまでの悪行を文章に書き起こした。
この作業がものすごく大変だった。聞いているうちにイライラしてしまって途中で羽根ペンをへし折ってしまったり、インクが滲んでしまったりして何度も書き直す羽目になった。
そして、知りたくもなかった事実まで知る羽目になった。
元婚約者はエリザベッラ男爵令嬢にそそのかされて、婚約破棄という訳の分からない身勝手な行為に及んだ。
別にエリザベッラ男爵令嬢があの男を好きだったわけではないらしい。
ただ単純に、わたしとの関係に悩んでいたアーロン=メフィストスに寄り添い、善意として婚約者を嫉妬させて本音を聞き出し、関係を密にしてしまおうと考えたらしい。
「馬鹿な人ね。相談相手が違うのよ。わたしに直接言ってくれれば、結果は違ったかもしれないのにね。あなたはどこまでも、わたしを対等ではなく下に見ていたということよ」
聞こえるはずのないつぶやきは、薄く開いた窓から入る風に流された。
結果的にあの男が余計なことをしたおかげで、わたしたちの婚約は白紙となり、ケネス様と再会し、婚約に至ったわけだ。
感謝しているわけではないけれど、全てが悪い結果にならなかったことは不幸中の幸いといえるでしょう。
「そこで止まっておけばよかったものを」
当初の目論みとは違うけど、わたしへの婚約破棄があまりにもとんとん拍子だったことを受け、他のカップルでも可能ではないかと考えたエリザベッラ男爵令嬢は暴走を始めた。
その結果、彼女が関わった婚約破棄の件数は合計で4件。全てが違約金及び慰謝料で解決し、大事には至っていなかった。
そして誰もエリザベッラ男爵令嬢を糾弾する者はいなかった。
全てが彼女の善意で行われるもので、あくまでも計画立案と名前を貸しただけというスタンスを守っていたから告発しにくかったようだ。
だから勘違いしてしまったのでしょうね。
あろうことか、エリザベッラ男爵令嬢はイザーク王太子殿下の婚約者の座を狙った。
それも彼女にとっては善意だ。
イザーク王太子殿下とメルティア公爵令嬢との婚約は親同士が決めたもので、互いに愛は抱いておらず、淡々と責務を果たしている関係だと勘違いしたことで余計なことをした。
殿下の寵愛を賜ることができれば、自分が婚約者に成り代わり、愛をもって良好な関係を築き、殿下の支えになれると錯覚したのだ。
エリザベッラ男爵令嬢には見えていなかった。
イザーク王太子殿下とメルティア公爵令嬢の間にある確固たる絆が――
それは彼女が想像していたものよりも遥かに高みにあって、思慮が及ばなかっただけ。
これを妄想したり、家族間で話している間は小娘の戯れ言で許される。
だが、この話を更に複雑化させたのは男爵家だった。
娘が本当に王太子の婚約者になれば一代貴族である男爵の位から脱却し、昇爵を狙えると欲をかいてしまったのだ。
「この親にしてこの子ありとはよく言ったものだわ」
◇◆◇◆◇◆
場所はユミゴール公爵邸。庭園の一角。
「ユミゴール公爵様はあんなにも怒ることがあるのですね。初めて見ました」
「そうか? 今回のは可愛い方だよ。昔はもっと恐ろしかった。父上は身内には優しいが、身内に危害を加える者に対して容赦しない人だからね」
「それにしたって男爵家そのものをお潰しになるなんて」
エリザベッラ男爵令嬢の実家は、いわゆる廃爵という状態に追い込まれた。
それどころか国家反逆罪に該当し、エリザベッラ嬢も含めて一家全員が投獄。
必死に功績を残し、男爵として貴族の仲間入りを果たしたというのに、あまりにもあっけない最後だったと聞かれた。
「父上は昔からメルティアには特別甘い人だったからね。それに、エリザベッラはウィリアンヌに対する婚約破棄のきっかけを作った人物だからね。父上の中でウィリアンヌはもうすでに家族の一員だ。ウィリアンヌを傷つけたあの女を許すつもりは毛頭なかったのだろう」
「有り難いお話です。お戻りになられたらお礼を伝えさせてくださいませ」
「もちろんだとも」
ケネス様は今日もわたしが淹れた紅茶を美味しそうに召し上がってくださっている。一息つく仕草を見ているだけで心が温かくなった。
「母上も思うところがあったらしく色々と動かれておられるよ。あの人の言葉は重い。敵には回したくないタイプの母だ」
他にどんなタイプのお母様がいらっしゃるのかしら。
わたしの母は敵に回ってもさほど脅威にならないタイプかしら。なんて頭の片隅で考えながらケネス様を盗み見る。
妹君が守れたとあってご機嫌なご様子だわ。
こんな風に使えるのならあの魔法具も捨てたものではないわね。
「メルティアを救ってくれてありがとう、ウィリアンヌ」
「わたしは何も。ただエリザベッラ嬢の胸の内を盗み聞きしただけですわ。この作戦はイザーク王太子殿下とルティ様の信頼関係が出来上がっていたからこそですから、お二人の力で乗り越えたというのが正しいでしょうね」
「またまた謙遜を。その作戦を立案できるウィリアンヌがいたからこその結果だ」
そんな風に褒められると頬も緩むというものだわ。
わたしは顔を逸らし、ニヤニヤという表現がぴったりの表情を隠した。
「そろそろ準備を始めないと間に合わなくなる。ウィリアンヌの方はどうだ?」
「いつでも出発できますよ」
「さすが用意周到だな。では玄関で落ち合おう。
今宵は王宮内でパーティーが開催される。
ケネス様の婚約者になってからのわたしにとって初めての大きな社交界となる。
会場では王太子殿下にもお会いできるでしょうから、機会があればお話しすることになる。ルティ様にもご挨拶しないと。
だけど、わたしの一番の目的は違う。
わたしは魔法具を返してもらうために行くのよ。
「……そうだ。ウィリアンヌの好きな宝石をまだ聞いていなかったな。ダイヤモンドは嫌いか?」
突然の話題に戸惑いながらも首を横に振って応える。
「ダイヤモンド好きですよ。以前、ルティ様にいただいたものは加工前の鉱物でしたから、どうすれば良いものか悩んでいますが」
「俺に預けてくれないか。知り合いの職人に頼んで宝石と呼ぶに相応しい出来に仕上げてもらってもいいかな」
「よろしいのですか⁉︎ 是非、お願いします」
一度部屋に戻ったわたしはルティ様からの感謝の品であるダイヤモンドをケネス様に預けてから馬車に乗り込んだ。




