第3話 セキララに語り出す
教会近くにある骨董店で不思議なアイテムを手に入れてもルンルン気分になることはなく、それどころか屋敷に戻ったわたしは一番会いたくない人とばったり出会った。
「た、ただいま戻りました」
ケネス様だ。
わたしはとっさにあの用途の分からない小箱を背中の後ろに隠した。
今日もサラサラの金髪を揺らしながらこちらへ颯爽と歩いてこられる。
背筋は一本の芯が通っているように伸びていて、鋭い瞳での流し目は絵画を切り取ったようにも思えた。
「どこへ行っていた」
「あ、あの、近くの教会に」
「そうか」
「それから教会の隣にある古いお店にも寄りました」
「……店?」
ギロリと睨まれてしまった。
ケネス様の視線はわたしの目から外され、胸元……というよりも背後を気にしておられる。
ケネス様が一歩踏み出されれば、わたしは後ろへ。
右に出られれば、わたしは左へ。
絶対に背中に隠した購入品を見られないような体勢を維持し続けた。
「そんなものはなかったと記憶しているが?」
「え、あ。では、わたしの思い過ごしかもしれません」
「そんなわけがないだろう。どこだ、案内しろ」
「い、いえ! 本当に勘違いです。あの、えっと、日差しが心地良かったので寝ぼけていたのかもしれません。では、わたしはこれで失礼します」
バレッタで留めた髪を振り乱しながら一礼して廊下を早歩きで私室へ急ぐ。
さっと背後に隠した購入品は胸に抱き直したから見られていないはずだけど、念のために振り返ってみる。
「……っ」
ケネス様はじっとわたしを見ていた。
どうして、そんなにも睨まれるのか分からない。
何も悪いことはしていないはずなのに。
むしろ、本当に関わっていないから今日の会話も2日ぶりくらいなのに。
これ以上、何かを言われる前に退散したかったわたしは足早に私室に入り、深いため息をついた。
「金貨10枚で買ったと知ったらケネス様はきっと怒るでしょうね」
偶然にも手持ちがあったから購入できただけで、本来であれば金貨10枚なんて簡単に出せるものではないのだ。
しかも、あんな胡散臭い老婆から一時の物欲に負けて使ったなんて知られたなら、わたしの評価だけではなく、伯爵家の評判まで落ちてしまうかもしれない。
もう! どうして、買うなんて言っちゃったんだろ……。
「そもそもどうやって使うのかしら。何の説明もしてくれなかったけれど」
椅子に腰掛け、テーブルの上に謎の箱を置く。
明るい場所でまじまじと見る箱は本当に不思議だった。
ぐるりと一周見回す。
背面には収納された先端の丸い銀の棒が隠されていた。伸縮するようでひっぱると結構な長さになった。
「これは危険だわ。鈍器にも刃物にもなるなんて」
嫁ぎ先に危険物を持ち込んでいることが明るみになれば一大事だ。
公爵様や夫人、ケネス様を殺そうと目論んでいるなんて根も葉もない噂を流されかねない。
でも、火のない所に煙は立たないとも言うし、実際にわたしの手元には誰も見たことのない箱がある。
「これ以上の厄介事は御免よ」
箱の右側についているダイヤルを回してみても何も変化はなく、左側の小さな穴を覗いても何も見えなかった。
「どうやって使うものなのかしら」
ひとしきり頭を捻っても妙案は浮かばず、ただ時間を無駄にしただけだった。
唯一の利点としてはベッドサイドにあるナイトテーブルの上に置くと赴きがあるということだけ。
「はぁ……セラの言う通り、ぼったくられたのかしら」
後悔しても遅い。金銭を返してくださいと言いに行けるほど神経が図太いわけではないから、この箱には調度品として一役買ってもらうことにしましょう。
◇◆◇◆◇◆
今日の分の花嫁修行を終え、廊下を歩いているとまたしてもばったりケネス様と出会った。
こんなにも立て続けにお会いするなんて珍しい。
普段は公爵様の補佐で政務に勤しんでおられるか、剣の腕を磨いておられるか。
というか、その2つをしているところしか見たことがない。
だからケネス様がどんな風に1日を過ごしているのかなんて知らなかった。
「こんな遅くに何をしている」
「今、レッスンが終わりました」
「こんな時間まで?」
ケネス様が柱時計に目を向ける。
時刻は夜21時。
確かに遅いけれど、公爵邸に来てから毎日のようにこれくらいの時間までは起きている。
「何をしていた」
「礼儀作法です」
「それをこんな時間まで……?」
分かりやすく不機嫌さが増した。
だって仕方ないじゃない。
伯爵家よりも公爵家の方が社交界へのお呼ばれ率は高いし、王族の方々とお会いする機会も多いはずだから。
わたしがちゃんとしていないと恥をかくのはケネス様なのですよ!
それに、ここのお家の家庭教師は細かいのです!
なんて、絶対に口には出さないけれど、いちおう言い訳はしておきましょう。
「あまり要領が良くない性分なのです。申し訳ありません」
「っ……早く寝ろ」
「はい」
失望されただろうか。
礼儀作法もままならない伯爵令嬢が公爵家の跡取り息子の妻だなんて前代未聞に違いないわ。
あぁ……明日が来なければいいのに。
私室に戻り、セラとあの不思議な箱の話をしながら髪を下ろしてもらい、着替えを終える。
セラを労ってから部屋に一人きりになると突然、寂しさが襲いかかってきた。
「……なんで、ここにいるんだっけ」
突然の婚約破棄と予期せぬ婚約打診が立て続けに起こったからよ。と丁寧に自分に教えてあげる。
わたしを愛することのない未来の旦那様。
その家に仕える教育者による、いびりにも近い教育。
そして、意味をなさない高額な置物。
あ、虚しさまで加勢を始めたわ。
これではわたしの自尊心がボコボコにされちゃう。
誰も守ってくれないなら、わたしが守ってあげないと。
夜も深い時刻。
明日のためにベッドに横たわり、無理にまぶたを閉じたけれど少しも眠れそうになかった。
わたしはここにいて幸せになれるのだろうか。
いいえ。違うわ、ウィリアンヌ。あなたは幸せを取り逃したのよ。
婚約破棄された時点で人並みの幸せを失ったの。
これは仮初の幸せ。
あなたは公爵様に拾われた女なのよ。
嫌な考えばかりが頭の中をぐるぐる回って、いくら待っても睡魔はやってこない。
眉間にしわが寄るほどキツく閉じていたまぶたをうっすら開ける。
レースカーテンの向こう側では自信満々に満月が光を放っていた。
「羨ましい。わたしだって、幼い頃は――」
そんな悲観的な事を言い始めたわたしの頭を殴りつけるように、置き時計がボーンッと鐘の音を鳴らした。
深夜0時だ。
来てほしくない明日が来てしまった。
ジジ……ジジジジ……ジーー
突然、音を発した役立たずの箱に目を見張る。
ナイトランプをつけて、おそるおそる箱を持ち上げてみると確かに小さな穴から音が聞こえていた。
『……ウィリ……は今日も…………だった』
「な、何? 誰か中に入っているの⁉︎」
こんな片手に収まるサイズの箱の中に人が入っているなんて思えない。
だけど、もしもあの老婆が魔女で人間を閉じ込めているとしたら……っ!
大慌てで箱を叩き、ダイヤルを回し、鉄の棒を伸ばす
すると真っ黒だった文字盤に【ケネス=ユミゴール】という文字が浮かび上がった。
「ケネス⁉︎ まさか、ケネス様が囚われているの⁉︎」
尚更、落ち着いていられない。
ついに立ち上がり、力の限り箱を床に叩きつけようとした時だ。
『やっぱりウィリアンヌは美しい。視線を合わせるなんて無理だよ。2日ぶりに会えたというのに……俺のバカ野郎っ! どうして、あんなに可愛いんだ! 反則だ!』
「…………え、なんですって?」