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傷物令嬢は婚約者の気持ちを教えてくれる不思議アイテムで溺愛されていることを知る  作者: 桜枕


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第26話 愛し合う人の胸の中で弱音を

 自分中にある淡いピンク色の気持ちも、よどんだ黒い気持ちも全て打ち明けてしまった。


 わたしの独白が本当にケネス様に伝わっているのかは分からない。

 あの魔法具ラジオが所有者であるわたしの心を代弁するのかも分からない。


 分からないことだらけで怖い。

 だからこそ、早く魔法具ラジオをケネス様から受け取りたかった。



 ガチャガチャガチャガチャガチャ!!



 乱暴な叩扉こうひに続き、ドアノブを壊す勢いで回して、引いて、押して。

 その音は不協和音となってわたしを脅した。


「……だ、だれ……。誰なの?」


 いよいよ、わたしの宝物や大切なものを盗むだけに飽き足らず、わたし自身を殺しに来たのかしら。

 いいでしょう。

 魔法具に取り憑かれた、わたしを殺しなさい。

 もう純粋な気持ちでケネス様の隣に立つことができなくなった、このわたしを――


 覚悟を決めて扉に近づく。

 扉に耳をくっつけると荒い息遣いが聞こえた。


「……ケネス様?」


 息遣いだけで扉の向こう側にいる人物が分かるようになれば、婚約者としては一人前かしら。

 それとも、また人の心を読んだのかと気持ち悪がられるかしら。


 ガチャリと鍵を開けて、扉を薄く開く。


 やっぱりケネス様だ。

 しかし、以前、夜にお会いした時とは違ってナイトウェアを着ておられた。


 突き出された手には魔法具ラジオが。

 わたしは迷うことなく、それを受け取ろうとした。


「交換条件だ。これを渡すから少し話をしよう」

「それは、わたしの部屋の中で。ということでしょうか」

「場所なんてどこでもいい。ウィリアンヌの心の言葉を聞いた直後に寝入ることができるような男ではないと証明したいだけだ」

「分かりました」


 わたしは扉を大きく開き、ケネス様を室内に招き入れた。


 鍵はかけない。

 万が一のことがあった時にすぐに逃げ出せるようにしておくためだ。


 ケネス様は魔法具ラジオを元の定位置であるナイトテーブルの上に置いて、わたしへと向き直った。


「助けてやる」

「……全部聞こえていたということですね」

「そのつもりで話したのだろう。勝手に被害者面をするな」

「今日は優しくないのですね。わたしのことが嫌いになりましたか? こんなものを使ってケネス様の胸中を聞き出すような、わたしを」


 窓から差し込む月明かりに照らされたケネス様は驚くほどに不満顔だった。


「嫌いになれないからこうして誓いを破って来たんだ。いいか、ウィリアンヌ。ウィリアンヌを成婚前に公爵家に招きたいと父上に願い出た時、二つの条件を言い渡されたのは吐露したから知っているな」


 えぇ、もちろん覚えているわ。


 一つは、興味のない政務へ取り組むこと。

 一つは、嫌いな剣術の腕を磨くこと。


「それとは別に俺は一つの誓いを立てた」


 なにそれ、そんなの知らない。


「絶対に手を出さないことだ。ウィリアンヌの部屋には近づかないように、自制できるように、俺の部屋は反対側へと移してもらった」


 それは、まぁ、当然といえば当然なのだけど。

 基本的には婚前交渉は悪徳とされる。万が一にも婚前交渉の事実が明るみになれば、蜜月を待てない堪え性のないカップルと揶揄やゆされる。


 それでも貴族令嬢の集まりに参加するとそういった話題に事欠かないのだから、男女というのは《《ソレ》》を求め合ってしまうのでしょう。


 ケネス様はあらかじめ自ら禁じていた、と。

 わたしからすれば、それは自信満々に言うようなことではないわ。


 もちろん、わたしにそのつもりはない。

 何度頭を下げられても、どれだけ金を積まれても応じない。

 それが伯爵令嬢であるわたしの矜持。


「嫌いになれたらもっと楽だったよ。ラジオを壊し、父上に告げ口し、お前との婚約を破棄して追い出す。そして、公爵家の権力をもって言いふらす。そっちの方が何倍も簡単だ」

「……でしょうね」

「でも、俺はウィリアンヌを嫌いにならない。なれるはずがない。俺の胸の内を聞くことで一喜一憂し、俺のご機嫌を取るために最善の選択をして行動に移す。これだけ愛されているのに、俺からウィリアンヌのことを嫌いなれるはずがないだろ」

「…………はい? 愛されている? わたしがケネス様を?」

「気づいていないのなら俺が教えよう。自分でこんなことを言うのは恥ずかしいが、こうでもしないとウィリアンヌは目を背け続けるだろう」


 ケネス様は距離を取ったまま、わたしの瞳を見つめ返す。

 今日は逸らしてくれなかった。



「ウィリアンヌは俺のことが好きだ」



 そう、なんだ。

 わたしってケネス様のことが……好き、だったんだ。



「そして、俺もウィリアンヌのことが好きだ。いや、大好きだ。いいや、愛していると言っても過言ではない」



 愛している。

 それって婚約者に伝える言葉の範疇はんちゅうを超えているのでは……?


「これからはちゃんと言葉で伝える。分かりにくい態度も表情も改める。だから、ウィリアンヌとの約束を破った男にしないでくれ」

「約束……あの幼い頃の……」


『弱音を吐いて良いのは愛し合う人の胸の中と、夜の部屋で一人になった時だけ』という、幼い勘違い伯爵令嬢の戯れ言。


 今、ケネス様は夜の部屋で一人きりではない。

 よって、わたしとの約束を破ったことになっている。

 それを逆転する方法があるとすれば――


 わたしは考える。

 方法はすでに頭の中にある。


 問題は実践して良いのかということだ。


 プライドと恐れが邪魔をして一歩を踏み出せない。

 その間、ケネス様はじっとわたしから目を逸らさずに黙って待ってくださっている。


 意を決して足を踏み出して、ケネス様の元へ行くよりも先にドレッサーの前へ。

 そして、引き出しの中にしまっておいた、あの二つ目のバレッタを取り出した。


 ケネス様が買ってくれた、細かな装飾品が散りばめられた華奢なバレッタ。

 わたしが社交界の場で身につけようと決めたヘアアクセサリーを今、身につけた。


 髪を自分でまとめたことがないから合っているのか分からない。

 とても不格好かもしれない。

 でも、これをつければ変われる気がしたの。


「……ケネス様」

「似合っている。とても」

「洋服もバレッタもあのお土産も。どれも宝物になりました。わたしもケネス様のことを好きでいてもいいですか?」

「間違っているぞ、ウィリアンヌ。好きと嫌いに他者の許可はいらない。自分の気持ちに素直になればいいだけだ」


「では――」


 わたしは両手を広げる。

 ケネス様は無言のわたしの心の声を察してくださり、膝を折ってくれた。


 わたしの胸の中にはケネス様がいて、ケネス様の胸の中にはわたしがいる。



 ――これで、わたしたちは弱音を吐ける。



「怖かったのです。ケネス様に嫌われないか。二度目の婚約破棄をされないか。また、あの惨めな思いをすることがっ」

「うん」

「どうして、もっとわたしに甘い言葉を投げかけてくださらなかったのですか。そうすれば、迷わなかったのに。怖くなかったのにっ」

「うん」

「あんなものに頼る必要はなかったのにっ」

「そうか。ウィリアンヌは俺と一緒で怖かったんだね」

「一緒? ケネス様も?」

「そうさ。婚約破棄から間を開けずに新しい縁談を打診し、素性も知らない公爵家への婚前同居を要求するなんて普通じゃない。そんな強引な男なんて嫌だと言われないかずっと怖かったよ」


 ケネス様もわたしと一緒だった。

 お互いに伝え合わないからすれ違いが起きて、こんなことになってしまった。


 わたしたちはどうしようもなく、怖がりで、愚直なまでに真面目で、面倒くさいカップルなのだと改めてお互いに認識し合った。

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