第21話 悲報
「では、行きましょうか」
「はい! お供させていただきます」
魔法具を風呂敷に包み、外出の準備を整えたところだ。
一昨日の夜から調子の悪い魔法具を骨董屋に持っていくつもりだった。
どこか壊れているのなら直してもらわないと困る。これを失ってしまったら公爵家で生きていける気がしないもの。
私室から出てすぐの廊下で一番厄介な人物にばったり会ってしまった。
「アンねぇ様! お出かけですか? 手にお持ちの物は? どこへ向かわれますの?」
言わずもがな、ルティ様だ。
すっかりケネス様と同様に他者の行動パターンを読むようになってしまったわたしを惑わせる唯一の存在。
ケネス様のおかげで魔法具なしでも公爵夫人のご機嫌取りは難なくこなせるようになったけれど、この子だけはてんでダメ。
ルティ様の行動は全くと言っていいほど読めない。
例えるなら、犬。
本能のままに生きておられるから、まだ暗い時間にわたしの部屋をノックして連れ出そうとしたり、魔法具を堪能している時にバルコニーに飛び移ってきて窓を叩いたり。
これをわがまま女とするか、見ていて飽きない女と捉えるか。
いずれにしても、ルティ様の旦那様になるお方は苦労されることでしょうね。
「少し野暮用がありまして」
「ご一緒してもよろしくて?」
「え、いえ、それは、ちょっと」
「ダメですの?」
こういうところも犬っぽい。
だから嫌いになれないのよ。
しかし、セラにも使用方法を教えていない魔法具の修理に同行していただきたくなかった。
「ウィリアンヌ様、おつかいくらい私一人で平気です。ウィリアンヌ様は心配性なのですよ」
「え、あ、そう?」
突然のアドリブに戸惑う。
セラは、わたしにルティ様の相手を押し付け、自分一人で魔法具を老婆の元へ持って行くと言いたいらしい。
嬉しい。気遣いはとても嬉しいわ。
でも、それなら逆がいいわ。
「わたくし、お願いがありますの! お兄様からお聞きしましたけど、アンねぇ様の淹れる紅茶が絶品だとか」
しめた! と言わんばかりのセラは、わたしの手から魔法具を奪い取って、そそくさと行ってしまった。
頼むわよ。
絶対に壊さないでね。
わたしの生命線なのだから。
◇◆◇◆◇◆
今日もまたケネス様のために紅茶を淹れる。
勘違いしないでちょうだいね。
今のわたしは、ただティーポットの紅茶を注ぐだけの女ではなくてのよ。
ポットとカップを温め、茶葉に適温のお湯を注いで、十分な甘味を抽出してからカップに注ぎ分ける。
公爵家に来る前から紅茶の淹れ方は学んでいたわ。淑女の嗜みだもの。
ただ、淹れ方によってこんなにも味が大きく変わるとは思わなかった。
もちろん、知識としては知っていたわよ。
でも、どうせ伯爵令嬢のわたしが紅茶を淹れる日が来ることなんてない、とたかをくくっていたから実践することはなかったの。
……全てはわたしの痛い伯爵令嬢ムーブのせいよ。
しかし、一番の問題はそこではなかった。
公爵家のキッチンに行き、ティーセットをお借りするというのが最難関ポイントだった。
一体なにに使うんですか? と渋られたらどうしようなんて些細なことを考えてしまい、尻込みしてしまっていた。
今でこそ堂々とキッチンに向かい、「ケネス様に紅茶を淹れるからティーセットを貸してください」と言えるようになったし、コックたちも快諾してくれるようになった。
まぁ、ケネス様に提供できるようになるまでに無駄にした茶葉は数え切れないのだけれど。
そんなに遠い過去でもないのに懐かしいわ。
セラたちを労うことを口実にして余った紅茶を飲ませたもの。
テイスティングとも言うわね。
どれが一番、ケネス様の好みなのか。美味しく感じるのか。
みんなで意見を出し合ったわ。
そんなこんなで、チームウィリアンヌが選び抜いた紅茶を今日も提供できている。
「どうぞ」
「あぁ」
今日も弱音を吐かないキャラを取り繕っておられるケネス様がカップに手を伸ばされる。
そして、熱さなど微塵も感じさせることなく飲み、一息ついてから、おっしゃるの。
「美味い」
今日も満足していただけたようで一安心。
わたしは猫舌なので、しっかり冷ましてからいただく。
角砂糖は2つ。ミルクは不要よ。
いつもなら優雅なアフタヌーンティーを楽しんでいるのだけれど、今日は一味違った。
「美味いです! アンねぇ様。本当に我が家の茶葉で淹れたのですか!? 実は個人的に他国から仕入れているのでは!?」
「まさか。わたしにそんな力はありませんわ」
「王宮でいただく紅茶よりも美味しいなんて。意外です」
「王宮? ルティ様は王宮に出入りさているのですか?」
「はい。月に2回程度ですが」
十分では?
王宮とは文字通り、王族の住う宮殿なのだからいくら公爵令嬢でも簡単に立ち入ることはできないはず。
「その辺の話は置いといて」
出たわ。
得意のお話すり替え。
ルティ様は都合の悪い話をばっさり切り捨てる癖がある。
兄であるケネス様は慣れっこのようだけど、ほぼ初対面でやれられたら誤解するのは当然よ。
わたしは予習しているから平気ですけどね。
「さっき持っていたものはなんですか? 微細な魔力を感じましたが」
「えっと、あれは……」
「もしかして、あの魔力を感じる小箱か」
黙々と紅茶のおかわりを飲んでいたケネス様まで会話に入ってこられてしまった。
お伝えできない。
もしも。もしも、わたしが夜な夜なケネス様の胸中に聞き耳を立てていることが知られたら――
おぞましい未来が脳裏をよぎる。
その瞬間から心は決まった。
絶対に秘匿としなければ!
「あれは――」
「ウィリアンヌ様っ!!」
突然、庭園に入ってきて膝と額をこれでもかと地面に押し付けるセラ。
その服はボロボロで、髪は土と泥にまみれていた。
「どうした!?」
「申し訳ありません! 申し訳ありません!」
何を聞いても謝ってばかりのセラに痺れを切らしたのはわたしではなく、ケネス様だった。
「ウィリアンヌの問いかけに答えよ。何があった」
「ひっ! は、はい。あの、実は……盗まれました」
「な、何を? もしかして――」
「ラジオを……野盗にラジオを奪われてしまいましたっ!」
言葉では表せない焦燥と絶望に苛まれ、わたしは腰を抜かすように椅子に体重を預けた。




