第20話 距離の詰め方がバグってる
深夜というにはまだ深くない時刻に魔法具はしゃべり始めた。
『メルティア、初対面のウィリアンヌに対する距離間ではなかったぞ』
『そうでしょうか。本気で嫌がっているようには見えなかったですわよ』
『ウィリアンヌはお前と違ってお淑やかだからな。お前のようなガサツな女にも分け隔てなく接してくれるのだよ』
どうやら兄妹が揃っているらしい。
鉄の棒はケネス様のお部屋の方角に向けているから、お二人がケネス様のお部屋で語り合っているのは間違いない。
ケネス様の話し方がいつもよりも大人びている、というかお兄さんじみている。
じみていると言っても、実際にお兄さんなわけだけど。
とにかく、わがままな妹に呆れながらも優しく話を聞く兄、あるいは窘める兄といった様子だった。
『お手紙で伺っていても本人を目の前にすると緊張するものですわね。その一点においては反省ですわ』
『そうだろう、そうだろう。毎日、顔を合わせている俺だって緊張するんだ。お前が緊張しないわけがない』
『あの方がお兄様の初恋のお相手。そして、こんなにも面倒くさいお兄様の人格を作り上げた張本人』
うぐっ。言わないでちょうだい。
あの頃のわたしはどうかしていたのよ。
自分が伯爵家の娘であることに誇りを持ち、変な方向へ自尊心を高めてしまっていたの。いくら泣き虫だったとはいえ、公爵家の御子息を見抜けないほどに自惚れていたのよ。
こほん。今は過去のわたしのことなんてどうでもいいの。それよりも兄妹で文通をしていることに驚きだわ。
『見事に初恋の人と結ばれる直前までこぎ着けたわけですね。立派です、お兄様。よくぞここまで、こじらせずに来られたものです。メルティアは歓喜に打ちひしがれております』
「十分にこじらせていると思うわ。わたしと再会するまでの間、ずっとこの調子で本音をひた隠しに生きてきたわけでしょ。それをこじらせていないと言うのなら、何をこじらせていると言えるのかしら」
『ありがとう、メルティア』
「ケネス様、褒められていませんわ。お顔は見えませんが、妹君はきっと悪い顔をされていることでしょう。すごく想像が容易いです」
『お兄様が本音も弱音も吐かなくなったことは悪いことばかりではありませんでしたけどね』
一転してメルティア様のお声が真剣味を帯びた。
『長文のお手紙をいただけると愛されていると感じられますし、何よりもわたくしは生きやすくなりました。お兄様が言わない分、わたくしが言いたいことを言って、自分の気持ちに正直に生きられるようになったのですから』
確かにメルティア様は愚直過ぎるほどに自分に正直だと思う。
自分を信じてやまない堂々とした姿勢は眩しくて羨ましかった。
わたしもそんな風に生きられたら、と思わずにはいられなくなる。
『わたくしはお兄様とウィリアンヌお義姉様の婚姻を心から望んでいます。お兄様を取られる、という気持ちがないと言えば嘘になりますが――』
そうよね。
愛する兄をこんな傷物に取られるのは嫌よね。
『ウィリアンヌお義姉様は、わたくしの侍女たちを守ってくださった恩人であり、わたくしの人生の救済者でもあるのです。応援しないはずがありません』
『メルティア……』
こんなにも兄想いの妹だったとは予想外だわ。
頭の中が空っぽなんて言ってしまってごめんなさい。
考えを改めさせてもらうわ。
『と、この話は置いておいて』
またまた一転して、メルティア様は愉快そうな声で急に話題を変えた。
『ウィリアンヌって呼びにくくないですか!? わたくし、何度も舌を噛みそうになりましたの』
『そんなことはない。ウィリアンヌ。ほら』
『ウィリアンヌお義姉様と連呼してくださいませ。きっと、舌を噛みますわ』
『ウィリアンヌお義姉様、ウィリアンヌお義姉様、ウィリアンヌお義姉様、ウィリアンヌお義姉様、ウィリアンヌお義姉様。いや、噛まんが? ウィリアンヌの名前を呼んで噛むような舌ならそんなものは最初からいらん。こちらから願い下げだ。引き千切ってしまえ』
おかしな方向へと話が進んでいる。
それよりも、名前を連呼しないでちょうだい。恥ずかしいわ。
『アンお義姉様と呼ぶことにしましょう。それがいいですわ。きっと了承してくださいますわ』
「……この子、本当に何でも有りね」
まぁ、わたしはこのお話しを聞いてしまっているから、明日、メルティア様より愛称で呼んでもいいですか? と問われれば、間髪入れずに了承するのだけれど。
『それでもって、わたくしのことはルティと呼んでいただきましょう』
この子、本当に怖い者知らずだわ。
わたしはこんな風に人との距離を詰められないから真似はできない芸当だ。
でも、受け入れてはみようかしら。
『ウィリアンヌを困らせるのなら俺は黙っていないぞ』
『もちろんですわ。最終目標は一緒にお風呂に入ることですから。一歩一歩、確実に心と体の距離を縮めて差し上げますわ』
前言撤回。
わたし、この子と分かり合えないかも。
だって、お風呂は一人で入りたい派なんだもの。
『少なくともお兄様よりも先に好きな宝石は聞き出せるはずですわ』
『なに? そんなわけがないだろ。俺の愛するウィリアンヌがお前に好みを教えるはずがない』
『どうでしょうか』
もう話の内容は頭に入ってこない。
ケネス様がわたしのことを"俺の愛するウィリアンヌ"と言ってくださっただけで大満足です。
絶対にメルティア様に聞かれても答えません。
だから、ケネス様。
「ちゃんとわたしの目を見て聞いてくださいね」
そうしてさえくれればこのウィリアンヌ、何でもお答えしますわ。
そろそろ夜も深い時間になり、ケネス様がメルティア様を部屋に送るという話になってきた頃だ。
突然、魔法具から聞こえる声が砂嵐に巻き込まれたような音になった。あまりの聞き苦しさに耳を覆う。
「壊れたのかしら」
何度かダイヤルを回すと、文字盤の【ケネス=ユミゴール】という表示は消え、完全に沈黙してしまった。
「丁度良い機会だわ。壊れていないのか見てもらうついでに、あの老婆にお礼を伝えに行きましょう」
◇◆◇◆◇◆
翌朝、ダイニングルームへ向かう途中でメルティア様と出会ったわたしは、恥じらうことなく「アンお義姉様とお呼びしていいですか!?」と聞いてきたメルティア様に微笑み、こう告げた。
「もちろん。では、わたしはルティ様とお呼びしますね」
その時の仰天と歓喜の入り交じった表情が忘れられない。
この日のルティ様は、お義姉様は心眼を持っているとか、神の声に従っているとか、他者の心と繋がっているとか。
とにかく色々な憶測を各所で言いふらしていた。




