第19話 嵐のような公爵令嬢
メルティア=ユミゴール。
ケネス様の妹君で、年齢はわたしよりも一つ年下。
美しい金髪はケネス様の猫っ毛よりも強情そうな、芯の強さを体現したような流れるストレート。
王都一の淑女と評される公爵夫人の娘とあって、絶世の美女とまで言われているお方だ。
今は訳あって屋敷を不在にしていることが多いとか。
と、説明してみたけれど、これらの情報はケネス様から教えていただいたことではないわ。
ユミゴール公爵様でも、夫人でも、執事でもない。
わたしの身の回りのお世話をしてくれている侍女とメイドから聞いたものだった。
「ウィリアンヌお義姉様。わたしくはあなたに感謝していますの」
「え、えぇ。そう、ですか……? ありがとうございます?」
ビシッと左手でわたしを指さすメルティア様は、ベーコンの脂を舐めとった右手の指先をテーブルクロスで拭いた。
わたし見ました!
この人、公爵令嬢のくせにマナー違反しています!
「わたくしのリュカ、マリーダ、カニラ、マカフェ、キオキュを守ってくださり、ありがとうございましたですわ」
と、わたしが一人興奮している中、メルティア様は見事に腰を直角に折った。
なんとも豪快で潔い感謝にわたしは意表をつかれて絶句。
ケネス様は頭を抱え、壁際で控える当事者である侍女とメイドはメルティア様をうっとりとした瞳で見つめていた。
「え、あ、あぁ、例の件で。いえ、お気になさることはございません。わたしは彼女たちをお借りしている身です。主としては至らない点も多いかと」
「そうはまいりません! 大切なわたくしの専属たちです。こちらを受け取ってくださいませ」
そう言って運ばれてきたのは、木箱一杯に詰め込まれたお菓子だった。
「王宮に献上されるお菓子の一部です。ウィリアンヌお義姉様は甘い物がお好きと聞きましたので、こちらをご用意しました。どのような甘味を好まれるのかも事細かく伺っていますので、きっとお気に召されることでしょう」
ざっと見た限り、確かにわたし好みのお菓子ばかりだ。
でも、この量はさすがに……。
しまった。苦笑しているのを見られた。
公爵令嬢からの、しかも未来の義妹からの厚意を無下にしたと思われたかもっ!?
「あの、ちがっ。今のは――」
「ダイヤモンドあります!」
「…………はい?」
「ダイヤモンド、ご存知ないですか? ダイヤモンド」
メルティア様はコインでも取り出すような気軽な所作で、本物の宝石を取り出された。それも加工前の鉱物の状態のものだ。
「え、いや、あの、ちょっと――」
「ご安心ください。急遽、取り寄せたものですが本物です」
「いえ、そういうことではなくて」
「あれ⁉︎ ダイヤ嫌いですか⁉︎ お兄様って宝石は全てダイヤモンドだと思っている節があるのでリサーチ不足ですね。きつく言っておきます。では、お義姉様の瞳と同じアメジストの方が良かったですか?」
まるで嵐だ。
これまで一度たりともわたしに発言権はなかった。
ケネス様も途中で口を挟もうとされたけれど、それすらも許さないほどの多弁さに諦めたようだった。
「とにかく、無実の罪でわたくしの友人たちを断りもなく解雇しようとした兄の魔の手から救っていただけたことに深く感謝しているのです」
この子と押し問答をするのは時間の無駄だと本能が告げている。
わたしは素直に感謝の品々を受け取ったのだが、そこからが更に長かった。
「お噂は聞いていますわ。お義姉様は所作のみではなく、字もお綺麗だと。わたくし、どうしても字が汚くなってしまって。羨ましいです」
「いえ、それほど」
「お手紙が欲しいです」
「はい?」
「お義姉様の直筆のお手紙を書いていただけませんか」
「そんな物で良ければいくらでも」
やった! とガッツポーズするメルティア様は、巷で広がっている噂とは似ても似つかない天真爛漫な少女のようだ。
本音や弱音を漏らさないケネス様とは正反対で常に思考する前に言葉を吐き出しているような。
この人、頭の中身が空っぽなのかしら。
見た目は女性から見ても可愛いらしいと思うし、絶世の美女だと言われても疑うことは絶対にない。
だけど、口を開くと印象はがらりと変わる。
神様は見た目を重視し過ぎて中身を疎かにしてしまったのかしら。
なんて、とても口には出せないような失礼なことを考えているとメルティア様はガシッとわたしの手を取った。
「すべすべですわ!」
「ど、どうも」
「この手で紡がれる文章を読みたいですわ。お兄様からいただけるお手紙も美味しいのですが、いくらなんでも飽きてしまって」
この子は何を言っているのかしら。
手紙が美味しい……?
実は羊さんなの?
「おい」
あまりにも冷え冷えとしていて、重苦しい一言にダイニングルームの室温が下がったように錯覚してしまった。
「ウィリアンヌが困っているのが分からないのか」
「ですが、お兄様。わたしくだって、お義姉様と触れ合いたいのです。お兄様ばかりずるいです」
「ばっ! 俺がいつウィリアンヌと触れ合ったというのだ!」
「有名な話ですよ。王都のド真ん中でユミゴール家の嫡男が婚約者の髪を撫でながら、愛の言葉を囁き合っていたと」
ケネス様をチラリと見る。
案の定、お顔を真っ赤に染めたケネス様は鬼の形相でメルティア様の元へ向かわれ、軽く耳を引っ張られた。
そして、メルティア様の耳に口を近づけ、
「撫でていたのではない。髪をまとめていたのだ。そんな曖昧な噂を流した奴に言っておけ」
お声は静かだけれど、確実に怒ってらっしゃる。
わたしには分かるわ。
「はーい。確かに聞きましたよ。では、噂を訂正して広めておきますね。ケネス公爵令息は幻の婚約者の髪をまとめるほどに親密な関係を築いている、って」
……本当にこの子が義理の妹になるの?
わたしなんかでは、この子の義姉は役不足じゃないかしら。
あと、ケネス様。
愛の言葉を囁き合っていたの部分は否定しなくても良いのでしょうか。
メルティア様の登場によって、もの凄く変なタイミングで本当に公爵家でやっていけるのか不安になってしまった。




