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傷物令嬢は婚約者の気持ちを教えてくれる不思議アイテムで溺愛されていることを知る  作者: 桜枕


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第18話 ベーコンをつまむ令嬢

「消えたい」


 シルク生地で金の刺繍があしらわれた布団を被り、ベッドの中で正座するわたしは過去の失態を思い出して自己嫌悪に陥っていた。


「なんとなく覚えているわ。強引に連れて行かれたどこかのパーティー会場で、ずっと泣いている男の子を従者の息子か何かと勘違いして、髪を結び直すようにお願いしたことがあったわね」


 でも、弱音を吐いて良いのは愛し合う人の胸の中と夜の部屋で一人になった時だけ、なんて言ったかしら。


「言っちゃったんだろうなぁ。ケネス様が一言一句覚えてらっしゃるんだもの」


 控えめにいって、ケネス様はわたしのことが大好きだ。

 これは自惚れでも、おごりでも、慢心でもなく、紛れもない事実よ。


 だってそうでしょ?

 夜な夜な部屋の中で、か、可愛いだの、好きだのと言っておきながら、実は興味ないぞと面と向かって言われでもしたら本当に人間不信になってしまうわ。


 その時は今世を諦めます。

 わたしは修道院に駆け込み、神のためにこの身を捧げるわ。


 まぁ、わたしの居ないところで「別にあいつのことなんて好きじゃねぇよ」と強がる分には許しましょう。

 わたしは大人の女なので。


 ……話を戻しましょう。


「えーと、つまり。ケネス様が夜にだけ本音を語るのは、幼いわたしのせいってことでいいのよね?」


 点と点が線で繋がる感覚。

 ケネス様の人格を形成したわたしの手にある魔法具ラジオは、ケネス様の胸中を語ってくれる。


「あの老婆、実は本物の魔女だったり」


 これが今のわたしに必要な商品というのは言い得て妙だったわね。


「近々、お礼に行きましょうか」


 この魔法具ラジオのおかげで、わたしの望んでいる順風満帆な新婚生活に近づいている。

 選択肢も間違っていないと自信を持って言える。


 一つ問題があるとすれば。



「わたしの口から好きですなんて言えないわよ。実際に好きかも分からないのに」



 じっと布団に潜っていても時計の針は進む。

 誰かさんが気持ちを大暴露されたおかげで火照ってしまった体が冷えず、今日もばっちり寝不足だった。


 部屋に控えめなノック音が鳴る。

 あのバレッタ窃盗事件以降、わたしは部屋の施錠を徹底していた。


「どなた?」

「おはようございます、ウィリアンヌ様。セラです」


 こうして確認してから扉を開ける生活に逆戻りした。


 今日もまたセラに髪をといてもらい、ケネス様に買っていただいたバレッタでひとまとめにしてもらう。


「新しいものですね」

「えぇ」

「ケネス様からですか?」

「えぇ」

「以前のものと似ていますね」

「えぇ」

「嬉しそうですね」

「え……え? そう?」

「はい。とっても」


 自分ではいつもと変わりないつもりなのだけれど。

 むしろ、セラの方がいつもよりニコニコというか、ニヤニヤしていると思う。


「お似合いですよ」


 こういうことをさらっと言えるのがセラの美徳だ。


 ドレッサーの鏡に映る自分の髪を角度を変えて眺めてみる。

 うん。いつも通りね。

 やはり髪は束ねている方がスッキリしていて動きやすく、見た目の清潔感がある。


「やっぱり、セラは上手ね」

「昨日の髪もしっかりまとめられていましたよ。ご自分ではできないとおっしゃって挑戦されたがらないのに驚きました」

「あー、あれね、ケネス様がやってくださったの」


 ん?

 なんで無言?


 鏡に映るセラは俯いていてどんな表情をしているのか見えない。仕方なく振り返ってみる。すると、セラはわたし以上に顔を真っ赤に染めて、両手で頬を覆い隠していた。


「どうしたの?」

「尊いです。お二人の関係が」


 この子は何を言っているのかしら。

 ここは「ケネス様になんてことをさせているのですか!」と非難する場面ではなくて?


 今、思い出してもおかしなことをしたと後悔するもの。


 想像してごらんなさい。

 王都の大通りで女の髪を結ぶ公爵令息とショーウィンドーに映る姿に見とれる伯爵令嬢。

 実に恥ずかしいわ。


 セラに髪を整えてもらい朝食の場へ。

 いつも通り、先に着席されているケネス様へご挨拶するとこれまたいつも通りに「あぁ」と返事してくれた。


 わたしは昨日のケネス様の大暴露を聞いていないことになっているから変に気負わずに対応したいのだが、やっぱり無理だった。


 どうしても笑みがこぼれてしまう。


「何かついているか?」

「いえ。どうですか。これ」


 どうしてももう一度感想を聞きたくて、バレッタを見せつけるように首を回しながら聞いてみる。


「昨日、言った」

「何度でも聞きたいのです」

「ダメだ」

「どうしてもですか?」

「うぐっ。ダメなものはダメだ」


 これ以上、ケネス様を困らせるのは不本意だ。

 わたしが素直に着席すると本日の朝食が運ばれてきた。


 今日もケネス様の食事風景は美しい。

 フォークを持つ指先まで綺麗なんて罪なお方。


「うわぁ! とっても美味しそうな朝食ですわね。一口、ちょうだいですわ!」

「あ、こら、メルティア! ウィリアンヌの前ではしたないぞ」


 突然、開け放たれた扉から流星のように現れた女性は、ケネス様の元へ一直線に向かい、お皿の上からベーコンをつまみ取った。


「んー! やっぱりうちのコックは優秀ですわ。毎回、家を離れると痛感させられるのですよ」


 ケネス様と同じ金髪をなびかせる彼女が振り向く。


「初めまして、未来のお義姉ねえ様。メルティア=ユミゴールです。以後お見知りおきを」


 指についたベーコンの脂を舐め取りながらウインクするその姿は、非常識にも関わらず、嫌な印象を与えなかった。

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