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傷物令嬢は婚約者の気持ちを教えてくれる不思議アイテムで溺愛されていることを知る  作者: 桜枕


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第12話 伯爵令嬢の仮面

『ふふん。あいつ、別の髪留めをつけて出て行ったわね』


 女性というには幼い声が魔法具ラジオから聞こえた。


 これまでケネス様の胸中しか語ってくれなかったのに、初めて別人の声と言葉遣いで話し始めた不思議アイテム。


 室内を見回し、いるはずのない女性の影を探す。

 誰も居ないことを再確認してから更に深呼吸を二度繰り返し、ナイトテーブルの前に立った。


「教えて。髪留めはどこにあるの?」


『あの焦った顔、ぶふっ。あー、おかしい。思い出しただけで笑い涙が出ちゃう。無防備にぐっすり眠っているんだもん。いつ殺されておかしくないって』


 わたしはそんなに焦っていたのか。

 確かにお母様からいただいた髪留めだけど、他にも代わりはある。

 そんなに焦ることはないはずなのに……。


 と、頭では考えているのに体は真逆の反応を示していた。


 無意識のうちに拳を握り締め、じっとりと汗が滲んでいる。

 手を開いて、汗を拭き取るように手のひらを擦り合わせようにも震えてしまってままならない。

 二の腕を掴み、自分自身を抱き締めるようにしてみても、震えは止まるどころか強くなった。



 怖い、怖い、怖い、怖い――



 言いようのない恐怖が胸を刺す。

 その感情を自覚した途端に力が抜けて、へたり込んでしまった。


 最低最悪の予想が現実になっていた。

 昨夜、わたしが寝入ってから誰かが部屋に忍び込んで髪留めを盗み出したのだ。


 思い出したかのように勢いよく扉の方を振り向く。


 鍵、開いてる。


 公爵家に入ったばかりの頃は必ず部屋の鍵をかけていた。

 就寝前には何度も鍵がかかっていることを確認してからベッドに入った。

 でも、今は無防備に鍵を開けて眠ろうとしている。


 わたしはわたし自身の油断を叱責しながら、床を這って扉の前まで移動して鍵をかけた。


 ガチャリ、と重々しい音が鳴る。

 同時に開きかけていたわたしの心の扉も閉めて頑丈な鍵をかけた。


「……落ち着いて、ウィリアンヌ。あなたは伯爵令嬢で未来の公爵夫人よ。侍女やメイドにおとしめられていい女ではないわ」


 自分に言い聞かせて両足に力を込める。

 扉を支えにして立ち上がったわたしは、再びラジオの前に立ち、それを睨みつけた。


「聞かせてもらいましょうか。わたしの宝物をどこに隠したのか」


『朝食はまともに食べられていなかったわね。早々に食べ終えて、まだケネス様が食事中なのに離席するなんてマナーのなってないこと。そんなんだから教育が終わらないのよ』


『ケネス様が煙たがっていることに気づいていないのかしら。そうだとしたら、とんでもなく図太い女だわ』


『可哀想なケネス様。勝手に決められた婚約者が一度捨てられた令嬢だなんて。バツを背負った娘なんて誰も娶りたくないのに』


『ケネス様の態度を見れば、誰だって気づくわ。あんなに露骨に嫌っておられるのに、自分から距離を縮めようとするなんて本当に厚かましい。最近では私たちの仕事を取ってケネス様の紅茶を淹れるなんて何の当てつけよ』


『次はどんな嫌がらせをしようかしら』


『どうせ気づかないわ。気づいたとしても言い出せないに決まっている。自分は悲劇のヒロインだとおごっているんだもの』


 わたしはひどく冷え切った頭でラジオを見下ろしていた。


 ケネス様の態度は確かに冷淡で、わたしだってこの魔法具ラジオを手に入れるまで嫌われていると思っていた。


 ケネス様は決して本心を明かさない。

 弱みを見せない。

 だから、周囲は勘違いする。


 そして、ケネス様の胸中を知らぬ者からすれば、わたしの行動はさぞ痛い女に見えることでしょうね。


 この窃盗犯には、わたしがケネス様に嫌われているのに構ってもらおうと必死に尻尾を振っている駄犬のように見えているのだろう。


『あの女には髪留めは見つけられないわ。焼却炉の裏なんてお嬢様には思いつかないでしょうから。あ、もう今頃は屋敷内にはないか』


「そう。教えてくれてありがとう」


 わたしは脱ぎかけていた傷物で孤高の伯爵令嬢としての仮面を被り直し、全てを拒絶する強い心を持って、ベッドの上に腰掛けた。


 柱時計を見つめるとすでに日付は変わっていた。

 今から寝てもどうせ数時間後には起きることになる。

 それに興奮しきっていて眠れる気が全くしない。


 この時間から焼却炉に行っても何も見えないだろうから、明日の朝、朝食前に行くことにしてこの女をどうするべきか考えることにした。


 容疑者はわたしの部屋を掃除したセラを除いた公爵家の侍女とメイド6名。

 今の声がセラのものではないことは主人であるわたしが一番よく分かっている。


「こんな子供じみたことをするなんてどこの勘違い小娘かしら」


 ここが自分の実家であったならお父様の許可を得た上ですぐに解雇にすればいい。だけどここは公爵家で全ての決定権はユミゴール公爵様の手にあるのだ。

 御子息であるケネス様にも、公爵様が雇い主となっている使用人を勝手に解雇することはできない。


 だから、今、こんなにも陰湿な嫌がらせを始めたのだろう。

 公爵様と夫人が不在になっている、このタイミングを狙って――


「なめられたものだわ。それにしても随分と狡猾な小娘ね」


 ただ、どれだけ入念に計画を立てようともわたしには通用しない。

 容疑者が6人もいるのに、引き千切られる勢いで尻尾を掴まれているという事実をこの娘は思いもしないでしょう。



「そうでしょう、"セシリー"」



 わたしは何でも知っているのよ。

 魔法具ラジオの文字盤には【セシリー=ブロン】という名前がしっかりと記されているのだから。

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