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傷物令嬢は婚約者の気持ちを教えてくれる不思議アイテムで溺愛されていることを知る  作者: 桜枕


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第11話 ほんの少しの勇気を出して

 予想通りの晴天。

 一歩前を歩くケネス様の金髪は日の光を浴びて更に輝いている。


 眩しそうに片手で日を遮っておられる姿は絵画を切り取ったみたいだった。


 では、わたしはどうだ。

 空は青々としているのに、わたしの心はどんよりと曇っていた。

 理由は言わずもがな。紛失したバレッタだ。


 毎日、起床後は着替えを終えてからセラに髪をといてもらい、バレッタで髪を留める。夜はバレッタを必ずドレッサーの上に置いて就寝するようにしている。

 これがルーティンとなっていた。


 一時期はナイトテーブルの上に置いていたけれど、誤って床に落としてしまってから位置を変えたのだ。


 それが無くなったとはどういうことだろう。

 確かに、昨日の夜にはドレッサーの上に置いた記憶がある。

 その事実はセラも確認しているから間違いない。


「……足が生えた?」


 あまりにもひどい推理にため息が出る。

 バレッタが一人で歩き出すなんて。


 でも、待って。

 人の心を話す箱がある世界よ。足の生えたバレッタがあったって不思議ではないわ。


 恥ずかしながらわたしは全然集中できていなかった。

 ケネス様との初めてのお買い物だというのに全力で楽しめていなかった。


「………………」


 ケネス様もお話ししてくださらないから、わたしたちの間には無言の時間が流れている。

 気まずくないかと問われれば、気まずいのだけれど、それよりもバレッタの行方が気がかりで仕方ない。


「その服」


 ケネス様は一歩後ろを歩くわたしの方を振り向くことなく、そう呟かれた。


「はい。ケネス様にいただいたものです。……どうでしょうか」


 思い切って聞いてみる。


 答えは分かりきっているわ。

 本物のケネス様は手放しに褒めてはくれない。

 いいの。夜、じっくりと感想を聞かせてもらうんだから。


「似合っている」


 きょとん。という擬音が今のわたしにはぴったりだと思う。


 あのケネス様が……!

 似合っているって褒めてくださったの!


 昼間よ⁉︎

 お天気雨でも降るのかしら⁉︎


 お世辞かしら、と失礼ながら疑ってしまったけれど、よく見ると耳の先端まで真っ赤に染まっていた。


 これは嘘ではないわ。

 きっとわたしの姿が見えないから少し素直になれた……いいえ。勇気を出されたのでしょう。


「ありがとうございます。お気に入りなので次は特別な日に着ようと思っていました」

「……そうか」


 あとはひたすら無言だった。


 王都は人が多過ぎて歩きにくい。

 田舎育ちのわたしは人混みをかきわけて歩く能力に長けておらず、人の流れに逆らうことが苦手だ。

 だから、どんどん突き進むケネス様を見失ってしまった。


(この年で迷子は恥ずかしいわ)


 そうは思ってもすでにケネス様の背中は見えない。

 王都は道が入り組んでいて自分がどこからやってきたのか、どこに向かっているのかも分からなくなってしまった。


「……ウィリアンヌっ」


 とっさに振り返る。

 と同時に手首を掴まれ、引き寄せられた。


 分厚い胸板に吸い込まれたわたしはどうすることもできず、ケネス様に肩を抱かれたまま、おぼつかない足で歩き大通りを抜けた。


「あ、ありがとうございます」

「……すまん」


 ばっと手を離して距離を取られる。


 そんなに嫌がらなくてもいいのに。 

 ずっと肩を抱かれるのは恥ずかしいけれど、少しの間なら構わないのに。


 なんて思っているとケネス様がじっとわたしを見ていることに気づいた。


「朝から気になっていたのだが、いつもの髪留めはどうした」


 正確にはわたしの髪を見ていたらしい


「無くしてしまって。今、探しているんです。どこに置いたのか忘れてしまうなんて、困った話ですよね」

「本当に無くしたのか」


 その一言は鋭く、的を射ていた。


「えぇ。その内、ちょっこり出てくると思います。さぁ、行きましょう。今日の目的地はどこですか?」

「やめだ」

「え?」

「屋敷に戻るぞ」


 再び、わたしの手首を掴んだケネス様が強引に歩き出す。

 わたしもたどたどしい足取りでケネス様の後に続いた。


「え、どうして。せっかくのお出かけなのに」

「……俺がバカだった。もっと早く聞けばよかった」


 ケネス様は悔しそうに、忌まわしげにそう呟かれた。


「ケネス様?」

「こんなことをしている場合じゃない」


 こんなこと!?

 わたしとのお買い物を"こんなこと"だなんて。

 先日の夜は、わたしを誘うか悩んでおられたのに……。あんまりです。


「髪留めを探す方が先決だ」

「そんな!? す、すぐに出てきますよ。セラにも探すようにお願いしてありますから」

「ダメだ。気がかりがあっては集中できないだろ」


 はっとさせられた。

 確かにわたしは全然、集中せずに髪留めのことばかりを考えていた。

 せっかくの初めてのお出かけなのに。


 失礼なことをしていたのはケネス様ではなく、わたしだった。

 ケネス様はわたしの胸中も、髪留めが変わったことも全て気づいておられたのだ。


 途端に恥ずかしく、心苦しくて、自分のことが嫌いになりそうだった。


「……申し訳ありません」

「謝罪は不要だ。心に従え」


 ケネス様のおっしゃる通り、まずはバレッタを探し出さないと他のことが手に着かないという事実をしっかり受け止めた。


 再び、「申し訳ありません」と言いそうになる口を閉じ、ケネス様のお言葉に従う。謝罪がダメなら感謝の気持ちを。

 ケネス様は勇気を出して、わたしに「似合っている」と言ってくださったのだから、わたしもそれに応えられる女でありたい。


「ありがとうございます。二度も名前を呼んでいただけて嬉しいです」


 ケネス様が足を止めて、わたしの方を振り向いた。

 その瞳は鋭く、一見すると睨みつけているように思える。


 だけど、わたしは知っているのだ。その瞳の奥に優しさがあることを――


「二度目……」

「はい。二度目です。一度目は《《あの日》》の夜でした。気が動転していましたが、確かに聞こえました。とても嬉しかったです。あの瞬間に感謝の気持ちを伝えられなかったのが心残りでした」


 忘れもしない。わたしが不躾ぶしつけにもケネス様の部屋を訪れた夜だ。

 瞳を閉じれば、あの逢瀬の瞬間が目に浮かぶ。


 魔法具ラジオ越しでは何度も名前を呼ばれているけれど、あの夜はケネス様本人に目の前で名前を呼ばれた。


「嫌ではないのか」

「まさか。この世に婚約者様に名前を呼ばれて嫌がる女がいるとお思いですか?」

「あぁ。特にお前は――」

「お前と呼ばれる方が遺憾いかんです」


 あっ……とケネス様の眉が歪む。


 今この瞬間にケネス様の心の内は聞こえない。だけど、わたしを気遣って、しくじったと思われていることは感じ取れた。


「もう一度、名前を呼んでいただけますか。願わくはこれからずっと」

「ウィリアンヌ」


 いつもはたっぷりの時間を使って思考されてから言葉を発せられるのに今は即答だった。

 それが嬉しくて、尊くて、光栄で。


「はいっ。ウィリアンヌは夢心地にございます」


 少しは心の距離が近づいたと思う。

 それからは無言で屋敷に戻ってきたけれど、町へ向かっている時のような気まずさはなかった。

 むしろ、心地良い無音の空間だった。



◇◆◇◆◇◆



 夜、わたしはまたしても魔法具ラジオを前にして深呼吸した。


 かつてないほどの罪悪感に苛まれている。


 ケネス様はわたしの胸中を言い当てた。

 でも、わたしだけはケネス様の胸中を盗み聞きしている。

 あまりにもみっともない現実を突きつけられて、引け目を感じないわけがない。


 それでもケネス様の真意を確かめたいと思うのだから、わたしは相当、性格が悪い。あるいは臆病な女なのだ。


 魔法具ラジオのダイヤルを回す手がいつもより重い。


 だからでしょう。

 わたしはダイヤルを一つ回し損ねた。



『ふふん。あいつ、別の髪留めをつけて出て行ったわね』



 な、なにこれ!?

 誰の声でお話ししているの!?

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