セレッソ
親友アンジェラの婚約者であるアーノルドさまから渡された書類を見て、セレッソは溜息を吐く。
「愚か愚かだと思っていたけど」
ここまで愚かだったか。
セレッソが愚かだというのはアーノルドではない。そして、親友の兄でもなかった。
セレッソには兄がいる。兄は、
『好きな人と結婚したいから義務感で婚約者を決めたくない!!』
と常々宣言していて、そんな意固地になっている兄を貴族の義務だとか家同士の繋がりがと言って何度も説得しようとした両親は言うのも疲れたとばかりに結局婚約者を決めなかった。
そんな兄がいて、妹であるセレッソの婚約者を決めるのも何かおかしい話だと思った両親は、セレッソの婚約者は決めないで保留にすることにした。
セレッソは貴族としての務めも家同士の繋がりも必要なことを理解していたし、かといって兄が決めていないのに自分が決めてしまって、もし兄に何かあったら自分の夫が家を継ぐ可能性も考えて宙ぶらりんになってしまう可能性のある未来の夫――婚約者を決めることは出来ないと理解できた。
せめて兄が結婚したいと思える人物に会えればいいが……。
そんな祈りは通じたが、どうやら祈りを聞いた神とやらはよほど喜劇が大好きな輩のようで、兄が恋に落ちた女性は親友の兄の婚約者――フローレンスさまだった。
これで現実を見ればマシだったのだろうが、兄は事もあろうにフローレンスさまを手に入れるため、アンジェラの兄ロバートさまにより取り見取りの女性を近付けてハニートラップを仕掛けたのだ。
「引っかかる方も問題だけど……」
此度の騒動の裏に兄がいて、兄はここでフローレンスさまが婚約を解消されて傷心している時に慰めて手に入れるつもりだ。
ロバートさまの行動がつぶさに書かれた書類を読みながらショックを受けているアンジェラ。彼女を慰めるように頭を撫でながらずっと膝に乗せているアーノルドさまの冷たい眼差しがこちらに向けられる。
愛するアンジェラを悲しませた存在は一族郎党滅ぼしかねないかの人は、その中にアンジェラの親友が交ざっていてもお構いなしだ。いや、アンジェラとの時間を削る奴が一人減るだけならいいとすら思っていそうだ。
セレッソは溜息を吐く。
たかだか、伯爵家。公爵家に掛かればいつでも消し飛ばせるだろう。清濁併せ呑む必要のある貴族。人の目に触れたくない闇の一つや二つを抱えているからこそ、潰すためだけに冤罪を作る必要性を感じていないだろう。そこを表に出せばいいだけだ。
だけど、消し去った結果。家族が、領民が苦しむかもしれない未来が見えてしまうと、足掻かなければいけないと貴族としての矜持を抱く。
「………………」
なればこそ、引導を渡す必要があって、その役を与えられただけでも感謝しないといけないのだろう。そこはおそらくアンジェラの親友という立場もあって考慮してもらえたと思っておく。
そっと了承と伝えるように頷くと満足げにアーノルドさまは笑う。笑うが、それは愛しい相手に向ける笑みと全く違う冷たい笑み。
(アンジェラの親友だったから命拾いしたわね)
そうじゃなかったらとっくの昔に家ごと潰されていただろう。
取り敢えず、公爵子息の逆鱗に触れた兄にはさっさと退場してもらって、わたくしは家を継いでくれそうな婿を見付けるか。
愚かなことをしでかさない相手ならどんな相手でもいい。とは思うけど、そんな都合のいい人材を今更見つけられるだろうか。
「まあ、いいわ」
兄よりも愚かな人はいないから探しやすいかもしれないわね、とセレッソは冷たく兄を切り捨てる算段を開始したのだった。
お家騒動を起こすので忙しくなります