化け石の男
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
へええ、「化石」てもともと骨だった部分が、石に置き換わった状態にならないといけないようですね。
いや、字面からして「石化」すればなんでも「化石」だと思っていたんですけどね。どちらも「石に化ける」な意味合いですし。
よくファンタジーで見かける石化。あれ、私的には石メッキみたいなものだと思ってるんですよね。
魔力などが途絶えると、かかった人が元に戻るのなんかは特にこのパターンなんだと思います。
メッキし続けるための力がなくなったために、その状態からまぬがれることができるようになる。本当に石と化してしまったなら、かえって永遠にそのままな気がするのですよ。
身体の芯まで石と変える、という点だけで見れば石化を超えた、化石化というべきでしょうか。化を二つ使うのは妙ですがね。
実は少し前に、この化石化させる存在についてちょっと不思議な話を耳にしたんです。聞いてみませんか?
花粉症などは、様々に嫌われる症状であるのは疑いようがないでしょう。
個々の人間には身体が許容できる花粉量が決まっていて、それを上回ると症状が出てくる、なんて話を聞いたことがありますね。
人によっては、一生涯出会うことなく終えることができるかもしれません。
母としてはみんながブタクサやヨモギの花粉に悩まされると、自分もまた咳がひどくなる傾向にあったものですから、てっきり自分も花粉症なるものだと思っていたんです。
しかし、みんなと共有していないことが一点。
母は咳き込むと、ときおり「石」を一緒に吐いてしまうことがあったらしいんですね。
砂利の上で転んだりした拍子に、口へ石が入ったりする線はなくもないでしょう。けれど、そのような無様なマネをした覚えもないのに、勝手に出てくるとなれば怖いですよね。
大きさもまちまちでした。
BB弾ほどのものから、板ガムのように細長い形状をしたものまであり、吐き出す数も場合によって差があります。
人前では、これらを見られないためにハンカチやティッシュで、欠かさずおさえていたと話していましたね。
不思議とこれは家の中だと起こりません。ハウスダストの線は、とても薄いといわざるを得ないでしょう。
となれば原因は花粉……。
そう考えるのが、石を吐くことを踏まえても、まだ現実的な気がしたんです。
咳が止まらないまま、母は3週間ほどを過ごします。
この週は、これまでに比べて吐く石の量が増加傾向にありました。
病院嫌いな母は、このことを家族に話さずにいます。これまでは時間さえたてば、勝手に落ち着いてきた症状でしたから。
自分が我慢さえすれば、おおごとにならずに済むと、これまで過ごしていましたからね。
その日も学校からの帰り際、少しせき込みながらも、横断歩道で信号待ちをしていたのですが。
ふと、車道をはさんで向こう側。
右手から、こちらの横断歩道へ向かってふらつきながら歩いてくる男が痛そうです。
ここから見ても、身に着ける黒色のトレンチコートはくたびれきって、歩くたびに下にある白いシャツがのぞくほど、大きな切り傷が何か所もあったそうです。
左右へ、足ごと大きく身体を振るその様は、酔っ払いの千鳥足を思わせました。
その彼が横切っていくのは一軒家の並び。そのやや母親よりのところに一匹、道路に面した犬小屋から顔を出している犬がいます。
きつね色の毛を持つ柴犬ですが、ここまで聞こえてくるほどの声を出し、先ほどからくしゃみをしているようだったとか。
母が目を見張ったのは、その幾度めかのくしゃみの直後。
犬がごろりと、口から石を吐き出す様子を見たからでした。
小屋の下に敷いてあるシーツの上へ、ころりと転がり出たのは、自分の口からしばしば出てくるものとよく似ていたのです。
それだけじゃありません。
千鳥足をし続けていたあの男が、石の出てくるのを見るや、ぴたりと動きを止めます。
そして軍隊の行進を思わせるような姿勢の正しさでもって、犬のもとへ直行したんです。
男が犬小屋の前でかがみこみ、何をしていたのかは、彼の背中ごしに見届けることしかできなかった母に、満足には分からなかったそうです。
しかし彼が立ち上がった時、犬小屋の中に柴犬の姿はありませんでした。首輪を外された犬は、彼の腕の中へ移されていたのですから。
他人に抱かれているというのに、犬はおとなしくしています。声ひとつあげず、微動だにしないのです。
そう、ほんのわずかも動かない。
小屋の中で寝そべり、くしゃみをしていたあの犬はいま、そのくしゃみを仕掛けたポーズのまま、まったく動かなかったとか。
顔のみならず、その尾に至るまでの身体も、まったく。
――なんか、石になっちゃったみたい。
再び千鳥足をはじめる男を眺めながら、母はまたゴホゴホと咳き込んでしまいます。
とっさに当てたハンカチ。そこへまぶされる唾液まじりの小石たち。そして何より、この直後に千鳥足をやめる視界端にうつっていた例の男。
顔をあげました。
犬を抱えた男は、すでに横断歩道の向こう側で、じっと母と向き合っていたんです。
まっすぐ、母を見据えて。
そこから母は、夢中で逃げたといいます。
もし、石を出すところをこれ以上見せようものなら、まずいことになる。
そう背中がせっつくまま、帰り道を特定させまいと、本来の道のりの5倍近くもめちゃくちゃに駆け回ったそうです。
ひとしきりかく乱して、振り返ったときにはもう、あの男の姿はありませんでした。
けれどもその日以来、母はまたどこからか男が現れるんじゃないかと警戒を続け、咳が出そうになるのも無理やりこらえる時間が続いたのだとか。




