97.夏休み、花火の夜に降る雨、宿題と過ごす時間
家に帰って、軽くシャワーを浴びて着替えた。
前に母さんがくれた手土産とスマホ、Switch、財布、スコア、ペンケース、 タブレット、課題一覧表のプリント、課題セットの袋などをまとめてリュックに入れた。
藤井にもらった住所メモをスマホの地図アプリに入力する。 歩いて15分程度か——。
課題一覧表を見て、青ざめる。
5教科それぞれにワークブックが付いている。
技術:プログラミングで何かゲームを作成。
家庭科:オリジナルレシピを作成。
体育:2学期に柔道があるため、そのルールを勉強。
保健:教科書の中から気になったテーマを調べる。
音楽:学芸会に向けて歌唱練習、歌詞暗記。
国語:読書感想文、小論文、コンテスト系作文など、どれか1つは提出。 (全部でも可。)
美術:コンテストのリストが20ほど並んでおり、最低1つは選んで提出。
……ほぼ学校じゃん。こんなん、できねえ。
黒沢でさえ、音を上げたんだ。
どうにか切り抜ける方法を——。
もう、どうやって手を抜くかしか考えられない。
全部真面目にやろうとしたら、 体も心もおかしくなるんじゃないか。
先輩たちも大変なのに——どうしてるんだろう?
家を出発した。
コンビニに近づくと、人が多くなる。
店内に入ると、棚がだいぶ空いている。
花火大会に備えて買い込んでいる人が多いらしい。
昼と夜の分と思って、 鮭弁、カツカレー弁当、パック1リットルのお茶、 みんなで食べられるポテトチップスをかごに入れた。
ペットボトルのお茶の棚は、すっかり空になっている。
(暑いから、みんな買いに来たんだな。)
確かにこの状況なら、学校に来ている生徒が巻き込まれるのも納得できる。
黒沢への宿題手伝いの袖の下——どうするかな?
何が好きかも知らない。
この炎天下、15分歩くのも危険かもしれない。
弁当も大丈夫か? お茶で冷やして持ち歩くとして——。
ミックス果実入りフルーツゼリーにした。
多少ぬるくても食べられないことはないし、 密封されているから衛生面も問題ないだろう。
人が集まってくる。
流れの合間を縫って、藤井の家へ向かった。
藤井のマンションのオートロックで、 部屋番号を入力し、呼び出しボタンを押す。
「はーい。」
という返事とともに、自動ドアが開いた。
エレベーターで部屋の前まで行き、再度インターホンを押す。
ドアが開いて、藤井が出迎えてくれた。
靴を脱ぐと、奥から声が聞こえた。
藤井は「他のみんなはもう来てるよ。」と言った。
俺はリュックから、母さんが渡してくれたピーナッツの缶を取り出し、藤井に渡す。
「お邪魔するから、お父さんとお母さんに。 お酒のおつまみになるかもって、母さんがくれた。」
藤井はそれを持って、奥へ声をかける。
「吹部の友達の鈴木、おつまみだって。」
お邪魔します、と挨拶すると——
「ありがとう!」 「君、いいねえ! ゆっくりしていきな!」
すでに少し酔って、ご機嫌の様子だった。
ダイニングの横の戸を開けると—— すでに黒沢、小松、斎藤が寝ころんでいた。
「鈴木、やっと来たか。飯食うぞ。」
小松が待ちわびたように、起き上がる。
藤井が、「夕飯分は冷蔵庫に入れておくから、マジックで名前を書いてくれ。」 と言うので、鮭弁のほうに「鈴木」と書いて渡した。
冷蔵庫に入れ、戻ってきた藤井と一緒に—— みんなでベランダから下を見てみる。
ビニールシートがたくさん敷かれている。
藤井のマンションの下は土手が近い。 子供たちの声が賑やかだった。
「おー民が喜んでおるよ。」
「民とか言うな。」
「お前も民!」
軽口を交わしながら、笑い合う。
部屋に戻り、弁当を開けた時——
俺は黒沢に
「これで宿題……手伝ってください。」
言い、ゼリーを差し出した。
すると、他の3人も慌てて——
「クロ、これ!」
と言いながら、 アーモンドチョコ、B5ノート、ジャンプを次々に差し出した。
黒沢は満面の笑顔で受け取る。
「分かった! 全力サポートするわ。
てか、やってやるよ。
絵は……俺、無理だから、おのれらで頑張ってね。」
少し安心したところで、弁当を食べ始めた。
花火までは、だいぶ時間がある。
ほんとにどうでもいい話をしていた。
黒沢は
「何気に俺は、少年ジャンプというものを初めて読むわ。
単行本はたまに図書館で読んだりしてたけどさ。」
と言いながらページをめくる。
藤井が自慢げに言った。
「読みたくなったら、うち来いよ。
うち、父ちゃんも母ちゃんも兄ちゃんも、みんな読むから買ってあるんだ。」
藤井一家、楽しそうだな。兄ちゃんか。 いいなあ。
斎藤がふと聞いてくる。
「なあ、クロ、ワーク系は答えを写してやった感出そうと思ってるんだけど、 文章系がもう……手が打てなくてさ。 小論文とかレポートって言われても無理なんだわ……どうすればいい?」
黒沢:「手っ取り早いのが感想文かも。 なんか読んだ本ある?」
斎藤:「もう、本を読もうという気すらない。」
黒沢:「わかるけどよ……。じゃあ、原作が小説や実用書のものを マンガで読んで、それでさも読んだように書くっていう手があるぞ。」
この後も黒沢の手際の良いサポートで、課題は次々と片付いていった。
その時——
バン!バン! という音が響いた。
藤井は「おー! 今日やるって合図だな!」と盛り上がる。
ベランダからゆっくり見れるって、贅沢だな。
しかし——だんだん雲が出てくる。
遠くのほうで雷の音が聞こえる。
どうなるんだ?
スマホで公式サイトを確認すると——
『中止となりました。』
そんなことってある?
雨が土砂降りになってきた。
小松がぽつりと呟く。
「まじかあ……こんなことってあるんだ……。」
みんな同じ気持ちだったようだ。
藤井がベランダから下をのぞく。
「あー、民が去っていく……。」
俺たちも一緒に覗いてみると——
さっきまで集まっていた人たちが、若干悲鳴をあげながら、 子供たちもさっきとは違う声色で騒ぎながら、 慌ててその場を後にしていた。
ビニールシートは置きっぱなし。
ごみが散乱している。
せっかくの場所が、こんなになるなんて……。
なんだか、やるせない気持ちになった。