95.響きに潜む知らない感覚
内田先生が指揮棒を上げる。
楽器を構え、息を揃えて吸い込む。
そして——音を出す。
いつもとは全く違う音が聞こえてきた。
意識していなかった音が、真後ろから響いてくる。
いつも聞いていた音が離れてしまったり、遮られたりして——不安になる。
覚えられない。頼っていたんだ。
ただ…… ホルンだけのパートになると、後ろから絵馬先輩の音が聞こえてきて——
自然と合わせられる。
この感覚は、何だろう……?
オブリガートで他のパートと一緒になる時、 もともと散らばっていた音が、いつもと違う場所で聞こえると——
聞こえ方まで違って感じる。
なぜなんだろう。
隣に座る、ほぼ話したこともない先輩たち。
音を間近で聞くと、印象が変わる。
遠くでぼんやりしていた音が—— いざ隣で聞くと、
あ、俺が吹いている時、こんなことをやってたのか、 と気づく瞬間がある。
もっとスコアを読んでいたら——
今日のこの練習を、もっと深く捉えられていたのかもしれない。
ただ、その前の段階で——自分がちゃんと吹けるようになれるのだろうか?
という不安しかない。
正直、これまで他のパートまで気を回す余裕はなかった。
しかし、こうやって席替えをすると、 強制的に聞こえてくる音がある。
それでようやく、認識できた。
独特の緊張感があるが、悪くはないかもしれない。
知らなかった音の動きを知れたから——。
最後になって、ようやく指揮を見る。
そういえば、内田先生は、どうやって指揮をしていたんだろう?
環境に慣れようと、必死に自分の音を出そうとしただけで—— 合奏が終わってしまった。
……なんか疲れた。神経の疲れだ……。
内田先生は
「はい、2回目。」
と言い、事前に用意してあったであろうくじの紙を 箱の中にどさっと入れ、箱を揺らした。
またですか……?
楽器を椅子に置き、くじを引く。
当たった席は—— いつもトロンボーンの1st、山田先輩が座っている席。
台の上だから、だいぶ見晴らしが——良すぎて緊張する。
左には、知らないクラリネットの先輩。 右には、ファゴットの先輩。
絵馬先輩は……チューバのところにいる。
聞こえないかもしれないじゃん——。
もう泣く。
右側に座る、まったく知らない人に、俺のホルンの不安定な音を聞かれるのか。
嫌な汗が出てくる。
内田先生が指揮棒を上げる。
音を出す——。
気のせいかもしれないけど、右のファゴットの先輩の頭がよく動いている。
おそらく俺の音に反応して、思わず見ている——。
間違えてるのかな……?
緊張で音が出しにくくなる。
息が詰まる感じがしてきた。
こんなに楽器に息が通らないことってある?っていうぐらい、音が出にくい。
指揮を見ると、内田先生はいつも通りに見える。
色んな楽器が、ばらばらに座っているのに——
合奏の流れは、全く変わらない。
どういうことだろう。
大体、パートごとに合図を出していると思っていたんだけど——。
課題曲と自由曲を通し終わった後——
ファゴットの先輩が、ふとつぶやいた。
「ホルンって、こんな音だったんだ……。」
「どういうことですか?」
と聞くと
「 ちゃんと聞いたことがなかったかもしれないなって思った。」
と言った。
確かに、普段の合奏では、 ファゴットはホルンから見て右前の位置。
ホルンのベルは左向き。
合奏中に聞く音と、こうやって隣で聞く音は—— 全く違うのかもしれない。
それとも——。
「君の出してる音は、ホルン本来の音じゃないよ。」
っていう遠回しの注意?
そんなことはあるんだろうか?
考えすぎかもしれない。
あまりストレートに物事を言うと角が立つっていうから、 配慮してくれているようで、実は嫌味になっていたり……?
人間関係が築けていないと、本意がつかめない——。