94.即興の配置、試される対応力
次の午前中—— 遅刻すれすれで音楽室へ滑り込んだ。
なんだか、雰囲気がざわついている。
昨日からなんとなくつるんでいる花火メンバーのところへ向かった。
「どうしたんだ?いつもと空気が違うけど……。」
小松がため息混じりに答える。
「椅子に番号が貼られててさ……。」
合奏用の椅子を見ると、A4の紙が貼られていて、番号が書かれている。
(何これ……?) (嫌な予感しかしない。)
山田先輩が入ってきた。 手には、見覚えのある箱を持っている。
その顔には、縦線が入っている——。
「……くじ引き……席替え……。」
とだけ、ぽつりと呟いた。
(何だとー!?)
いや、確かに昨日のブレストで席替えの話は出た、けども!
あの箱は、指揮練の時に使っていた、くじ引きの箱だ——! 早くもプレッシャーと緊張がこみ上げてくる。
音楽室の空気がざわざわと動揺している。
そこへ、内田先生が入ってきた。
「昨日、リストにあった席替えをやってみる。 くじを引いて、番号の書かれた椅子に座れ。
悪いが、打楽器パートはそのままで。」
打楽器メンバーがほっとした表情を見せる。
「また、譜面台はこれまで通り、見やすい位置と角度で構わない。 音楽室の譜面台は、特に音響を考えて配置されているわけではないからな。
練習しながら、頭と体に位置を覚えさせろ。 精神で演奏していくんだ。
頭と体が無意識に動く領域まで持っていってほしい。 一刻も早く——。
席替えでどんな効果があるのかはまだ分からんが、 午前中に何度か試してみる。」
「くじを引いたら、まず開かずに持っておけ。 私がOKの合図を出したら、開いてその番号の椅子に座ること。
確認したら、楽器を出して、そこで譜面、チューナーなどをセットしろ。」
「トロンボーンなどは、場所によっては演奏しづらくなるかもしれない。 角度などは自分で調整しろ。
チューバも前の方になった場合、後ろの席が見づらくなるかもしれない。 それも含め、席を動かすなどして、できるだけ調整していけ。
与えられた席で、ベストを尽くせ。」
そう言って、内田先生は山田先輩の持っていた箱を受け取る。 軽く振ると——
「誰でもいいから、全員引きに来い。」
部員たちは、なんとなく列を作りながら順番にくじを引いた。
全員が引き終わると、内田先生が合図を出す。
「開け。」
俺が引いたのは——
普段、船田先輩が座っているクラリネット1stの位置だった。
となりには北野先輩、その隣に昨日の江口先輩。
後ろの列には花火メンバー、オーボエの斉藤。
ぐるっと見渡すと、上の段の端から——
黒沢、白川先輩、山田先輩、船田先輩、田中先輩……。
(なんかこの配置……くじ引きにしては、不思議な感じだな……。)
内田先生は、くじ引きの結果を見て何か考えた様子だった。
「くじ引きとは、人間の頭脳なんかより、 よっぽど色んなものを見通しているような感覚になるな。面白い……。」
ふっと笑った後——
「全員、合奏準備。」
部員たちは「はい!」と返事をし、準備を始めた。
ホルンを準備しながら、絵馬先輩の姿を探す。
いつもと同じ場所に座っている。
(俺、やっぱりあの隣がいい……。)
隣を見ると、クラスの女子2人が間にいる。
(えー……。)
(オセロみたいに、あんまりそっち側にひっくり返らないでほしいな……。)
しかも、指揮台にめっちゃ近いし。
(教卓の真ん前の席になったときの絶望感に近いもんがあるわ……。)
あーあ……。
緊張で固くなった首や肩を無意識に動かしていたら——
後頭部に、ガン!と何かが当たった。
痛い……。
頭を押さえたとき、後ろから声が聞こえた。
「鈴木、スライド当たるから、頭、右に傾けないで。」
上履きを見ると——2年生のようだ。 どうやら当たったのは、スライドの先端らしい。
「当たると曲がるんだよ。 曲がったら、スライドの動きがひっかかるんだ。
今、そんなことになったら修理もできないし、予備の楽器もないからな。」
(えーー……。) (痛いんだけど……。)
「トロンボーンの前にいるってことは、 スライドの邪魔にならないようにするってことだよ。
こっちは演奏に集中してるんだから、配慮できない。 横か前にずれてくれ。」
淡々と言われたが、いまいち腑に落ちない。
「まず、痛い思いさせてごめんよ、 当たるから、ずれて。」
じゃないのか?
(もやっとする……。) (圧に負けて、前と左に椅子をずらす。)
「これで大丈夫ですか?」
と確認すると、「うん。」という短い返事だけ。
(もやっ……イラッ……。) (飲み込むしかない。)
(嫌だわー、嫌いだわー、マジでなんなんこいつ。)
先輩だし、上手いんだろうけど、好かんわー!
そのとき——
トランペットの音出しと、チューニングの音が鳴った。
(はっと我に返る。)
合奏中に一番響いていた音は、やっぱり江口先輩だということが分かった。
慌てて音出しをし、チューニングをする。
いつもの先輩が隣にいない不安の中で、合奏がスタートする——。