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拓海のホルン  作者: 鈴木貴
第4章 吹奏楽コンクールへ練習と準備の日々
93/132

93.知恵を絞れ!アイデアが飛び交う音楽室

白川先輩は、深く息を吐きながら言った。


「もう、ただ水を飲んで、落ち着いて戻って来たっていう体で音楽室に入ろう。

さっき聞いたことは一切忘れる、いいな?」


1年男子5人は黙って目を合わせ、深くうなずいた。


そして、白川先輩はわざと上ずった声で——

「あちぃー。」

と言いながら音楽室へ入っていった。

その後ろを、1年男子5人が固まってついていく。


山田先輩:「やっと戻ってきた。 白川、お前、怒りすぎだろ。

1年生を困らせるなよ。 今、そんなことに時間と労力を使うな!」


山田先輩は苛立った様子だった。


白川先輩は申し訳なさそうに——

「はーい……すみませんでした。」

と謝ると、山田先輩は驚いた様子で、眉をひそめた。

「ん?なんか、いつもの白川とは違うな?どうした?」

白川先輩は焦って答える。

「さっきのサイトを見て……色々考えて、反省しました。 大人って、すごいなって思ったので……。」


山田先輩は、納得した様子で言った。

「あ、そうなのね。良かった。

これ以上拗らせられたら、私のメンタルも限界だったから、本当に助かったわ。」


そのまま、ミーティングに切り替えた。

(……バレてない。)

少し、安心した。


さっき先生や千葉さんたちが話していたことは、 吹奏楽部の顧問の先生が抱えがちな仕事を外注する場合、 300万円の価値があるということなのだろうか?

先生の月収って、いくらなんだろう?

本来、先生が受け取るべき金額は、 部活の顧問として、例えばコンクールの指導、出演、 そして受賞までを考えた場合—— 300万円ぐらいの給料があって然るべき、ということなのか?

それを、内田先生は自腹で50万円負担している。 千葉さんたちは、今日の費用は経費程度だと—— 黒沢がさっき言っていたな。

さっきの厳しい説教も、あえてのものだった——。

それを知っているからこそ、 泣いているメンバーを見ていると——


(あれ、演技だよ。)


と伝えたくなるけれど……。

さっき正座で「喋ったら停学」と言われた。


不登校からの停学は、さすがに気まずいし—— 黙っておこう。

それに、指摘された内容は、すべて納得できるものしかない。


——それよりも、暗譜できるのか?

まだ感覚でしかない。

他のパートまで覚えるのも大変だし……。

しかも、2曲。


そのうちの1曲は、お手本の音源が吹奏楽ではない。


音と楽譜を追って、どのパートがどの楽器を演奏しているのか確認しながら——

ホルンの音を聴いていると、いろんな和楽器の音を表現していて、 どれがどこなのか、わけがわからなくなる。

(……いや、それどころじゃない。)


それに、この周囲の落ち込みよう——。

パートの席に着くと、絵馬先輩の顔が目に入る。

おそらく、相当泣いたんだな。

目だけじゃなく、顔全体が腫れていて、肩も丸まっている。


(「あれは単なる脅しです!」)

って言えたら…… 言ったところで説得力はないんだが。


絵馬先輩越しに、その隣の白川先輩と目が合った。

ジェスチャーと口パクで——

(絵馬先輩に喋ってもいいか?)

と聞いてみると、白川先輩はあわてて指でバツをした。

そして、すぐに人差し指を立て——

「しーっ!」

という顔をする。

その目は、完全に死んでいた——。

3年生だし、受験もある。

停学になんてなったら、大変なことになる——。



山田先輩が口を開いた。

「今日の体育館練習で、いろいろ課題が見つかったと思います。 演奏面、行動面、普段の意識づけなど、気づいたことについて、 30分間ブレストします。」


(……ブレスト?)


絵馬先輩に聞こうと思ったが、泣いているから聞けない。

それを察したのか、山田先輩が続ける。

「あ、1年生は初めて聞く言葉かもしれないね。

『ブレスト』は『ブレインストーミング』の略で、 会議でアイデアを出したり、課題を認識して解決策を考えるために使われる方法だ。

1年生だから、とか、初心者だから、とか関係なく、 どんどん意見や感じたことを言ってほしい。

ルールは4つ。

アイデアに対して批判・否定・反論をしないこと

変なアイデア大歓迎!

質より量!

アイデアをまとめる(ただ、まとまらないこともあるけど、それはそれでOK)

まずは、思ったことをどんどん言っていこう!」


3年生の先輩が、タブレットとプロジェクターをつないだ。

真っ白な画面が映る。

すると、誰かが——

「暗譜する!」

と言った途端、画面に「暗譜する」と入力され、丸い形でぽこっと表示された。


次々にアイデアが出る。

「打楽器運びの効率化」

「一度、プロに吹奏楽バージョンで音源化してもらう」

「松下さんに来てもらう」

「元気になる方法を探す」

「アイスを食う時間を設ける」

「吹部用冷蔵庫設置」

「筋力トレーニング」

「1stだけ集まっての練習」

「合宿」

「譜面台の効果検証をOBOGに依頼する」

「昼寝の時間延長」

「1回私服で学校で練習する」

「踊る」


とんでもないアイデアもあるけれど—— それも画面にどんどんポコポコと表示されていく。

アイデアが増えていくのを見ていると——

(俺って、まだまだ凝り固まった考え方だったんだな……。)

そんな気持ちになった。

(なんか言っておいたほうがいいかもしれない。)

「サッカーをやる。手使わないから。」

画面にそのまま表示された。


次々と意見が飛び出す。

「憂さ晴らしに、クレしんに出てくるでっかいウサギのぬいぐるみ設置。 ムカついたら、準備室で、ドスドスって殴る。手怪我しないから。」


「癒しのカメをペットとして置く」

「アロマを焚く」

「Mrs. GREEN APPLEの曲をやる」

「てか、来てくれねえかな?」

「1回指揮とか振ってくれねえかな?」

「青と夏、やってみたい」

「一回三味線と箏をやってみる。これならアンブシャー狂わないし、原曲の雰囲気つかめるかもだし。」

「席替え」

「1回譜面台なしでやってみる」

「全員立ってやるか。チューバはスーザフォンで」

「自由曲とか、ちょっと速足で歩くぐらいのテンポだろ」

「作曲家ストーキング!」


しばらく沈黙が続くと、山田先輩が「一旦ストップ」をかけた。

意見を入力していた先輩にOKを伝えると、 先輩は「まとめ」というボタンを押した。


すると、表示が変わる。


・練習・演奏関連

打楽器運びの効率化

松下さんに来てもらう

一度、プロに吹奏楽バージョンで音源化してもらう

1stだけ集まっての練習

合宿

今日の譜面台といつもの譜面台でどれだけ演奏が変わるかの効果検証をOBOGに依頼する

一回三味線と箏をやってみる(これならアンブシャー狂わないし、原曲の雰囲気つかめるかも)

1回譜面台なしでやってみる

全員立ってやるか(チューバはスーザフォンで)

自由曲とか、ちょっと速足で歩くぐらいのテンポだろ


・健康・リフレッシュ

元気になる方法を探す

アイスを食う時間を設ける

吹部用冷蔵庫設置

筋力トレーニング

サッカーをやる(手を使わないから)

昼寝の時間延長

踊る

クレしんのウサギのぬいぐるみ設置(ムカついたら準備室でドスドス殴る)

癒しのカメをペットとして置く

アロマを焚く


・その他

青と夏、やってみたい

Mrs. GREEN APPLEの曲をやる

1回指揮を振ってもらえないか?

てか、来てくれねえかな?

席替え

作曲家ストーキング!

1回私服で学校で練習する


「おおっ!まとまった!何だこれ!」


山田先輩は、満足そうにうなずきながら言った。

「いったん、これをタイミングを見て、内田先生に相談します。」


(……すぐにじゃないんだ。)


確かに、コンクール前のこのタイミングで出せる話かというと—— 怒られるか、呆れられるかだろう。

でも、これは少し楽しみだな。


音楽室に内田先生が入ってきた。

先輩は冷静にプロジェクターの電源を切り、 何事もなかったかのようにタブレットを閉じた。


内田先生は部員を見渡し、静かに言った。

「気持ちが切り替わったようだな。」


そして、タブレットを隠した先輩に向かい——

「タブレットとプロジェクターの電源を入れろ。」

と言った。


先輩は何を思ったのか、とっさにタブレットを持ち上げると、 後ろの出口から走り去っていった。

「あのやろ……」

内田先生が前の出口から駆け出す。


(……え?何が起こってるんだ?)


すぐに内田先生と先輩が戻ってきた。

タブレットは、内田先生の手の中。

後ろからついてきた先輩は、手を合わせ、口パクで——

「ごめん。」

と言っているのが見えた。


「今、私の権限で、お前のタブレットを遠隔で使用停止にできる。

その場合、夏休みの課題や部活の連絡はすべてアナログ対応になるが、それでいいか?」

「解除するには、教育委員会の書式に則った反省文と親のコメントを提出し、 改めて誓約書にサインしてもらう。

それとも、自分でPCを用意して、すべての設定をやり直す方法もあるが……どうする?」


先輩は無表情で凍りついている。 顔じゅうから汗が流れていた。

山田先輩:「えぐっちゃん、全面降伏しよう。 内田先生、申し訳ございません。」


「江口、言う通りに動け。 まず、タブレットをプロジェクターにつないで電源を入れろ。

その後、タブレットを立ち上げる。

今の手順でのみ動け。

それ以外のことをしたら、さっき言った通りだ。」


(……江口先輩っていうのか。)


江口先輩は、内田先生からタブレットを受け取ると、 プロジェクターに接続し、電源を入れ、タブレットの電源ボタンを押した。


先ほどの画面が映し出される。

内田先生はすかさず、それをスマホで撮影した。

江口先輩は声にならない「あー……」という声を漏らす。

(おそらく、消去しようとしたけど、間に合わなかったってことか。)

内田先生はそれも見抜いて、すぐにスマホを構えていたのだろう。


(……なんという駆け引き。)


不謹慎だけど、面白すぎる。

その画面を見ながら、内田先生は問いかけた。


「おのれら、アイスを用意したら、演奏の質は上がるのか?」


(いや、そういうわけじゃない……たぶん。)


音楽室が静まり返る。


すると、内田先生は続けて——


「来週、コンクールまでの間、冷蔵庫をレンタルして音楽準備室に設置する。

アイスは入れるので、後ほど、アレルギーのある者は個別に申請しに来い。」


と言った瞬間、音楽室が歓声で湧いた。


「松下は、コンクール前に来る。日程が決まり次第、連絡がある。

全体のレッスンとホルンのレッスンをお願いしてある。


カメは置くな。生物室か近所の公園の池に繁殖しているから、それを見てこい。

アロマは好みやアレルギーがあるから禁止。


サッカーはサッカー部が廃部になった関係で、学校が敏感になっている。

ウサギのぬいぐるみは、持ってる奴が持ってこい。


私服登校はトラブルの元だから禁止。


Mrs. GREEN APPLEは、すさまじく忙しいから来る暇はない。」


一気に回答が続く。 その都度、部員たちの間に笑いがこぼれた。


ちょっと緊張感がほどけてきたように思う。


「練習・演奏関連は検討の余地があるが、何せ時間がない。 できることが限られる。

これについては、一旦預からせてもらう。」


怒られると思っていた。

「おのれら、ふざけてんのか!」

って言われるかと思っていたのに——。


(……学校でアイスが食べられるのか。)

それは、ちょっと嬉しい。


「明日は午前中のみ練習。 その次の日は日曜で、学校や関係機関から休みにするよう通達があったため、 日曜は休みになる。


ただし、譜読みは進めておくように。

以上。今日はこれをもって帰りのミーティングとする。 楽器を片付けたら、すぐ帰ること。」


山田先輩の号令で、部員全員が

「ありがとうございました!」

と挨拶し、 内田先生は音楽室を出ていった。


空気は、いつものような、わいわいとした感じへと戻っていく。

さっきまで泣いていたり、落ち込んでいた人たちも笑顔を取り戻していた。

(……だいぶほっとした。)

江口先輩のところへ、黒沢と山田先輩が近づいてきた。


黒沢:「先輩、大丈夫っすか?」


江口先輩:「ああ、うん……。」


山田先輩:「えぐっちゃん、ごめんね。よくやってくれた。」


江口先輩:「ああ、うん……。」


黒沢:「先輩の楽器、片付け手伝いましょうか?」


江口先輩:「だ、大丈夫……。やれる……。」


そこへ、白川先輩が加わってくる。


「江口、判断力と行動力すげーな。俺、あれはできないわ。」


江口先輩:「ああ、うん……大丈夫。」


山田先輩:「ダメだ、受け答えバグってる。えぐっちゃんはここで休んで。

黒沢君はえぐっちゃんの楽器、白川はプロジェクターの片付け、 私はタブレットの処理をするわ。」


(江口先輩、トランペットだったのか。)


あのよく響く音の人か?


黒沢は「はーい」と返事をして、トランペットパートのほうへ向かった。


ぱっと見、ショートヘアで、トランペットって—— 活動的で、パッと明るいイメージになりそうなものだけど、 どうやら真逆のようだ。


相当シャイで、真面目で、繊細で、全力な——。

今は椅子の上で、ぐったりと仰向けに倒れている。

その横で、指をさして爆笑する白川先輩と山田先輩。


(吹部って、個性強い人ばっかりだな。)

ホルンの管を抜きながら、そんなことを思った。

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