89.終業式
朝一で体育館に集合。 全校生徒が集まる。
エアコンが微妙なのか、じんわり汗が出る。
長かった1学期。
学校に来ていなかった割には、そう感じるのは、 吹奏楽部に入ってしまったからなのかもしれない。
毎日やることが多すぎて、知らないことだらけで、 そのまま先に進んでしまい、戸惑うことが多かった。
人との関わりに、少し疲れた。
明日からは部活。
コンクールが終わるまでは、夏休みもずっと部活なんだろう。
去年まで小学生だったから、夏休みはプールに行ったり、 校庭開放に遊びに行ったり、たまに旅行や祭りに行ったり、 友達の家でゲームをしたり…。
中学は、変わるんだな。
校長先生の話は、全く聞かないうちに終わっていた。
続いて生活指導の先生から、夏休みの過ごし方について注意があった。
「ゲーセンやカラオケ禁止。 髪を染めるな。 中学生のみでの遠出も禁止。」
そんな決まりが次々と伝えられる。
その後、副校長先生が壇上に立った。
「部活動についてですが、先日、一部には先に伝達済みですが、 サッカー部は廃部になりました。
夏休みの部活動については、顧問の先生の指示に従い、 安全に、健康に活動してください。以上。」
生徒たちがどよめく。
俺は「とうとうか…」と思った。
サッカー部のメンバーとは、あまり顔を合わせたくない。 気まずい。
でも、彼らも同じ気持ちだったようだ。
ちらっと見える、前に見たサッカー部メンバーの表情は、一様に曇っていた。
副校長先生も、詳細な説明やフォローはない。
振り回されて、消耗した。
これで終わるのかな? 恨まれたりするのかな?
気持ちが、まだ揺れる。
ぼーっとしているうちに終業式が終わり、教室へ戻る。
有岡先生が、通知表を配り始めた。
「今から通知表を渡す。これは見せ合ったりするものではない。
今日は受け取ったら、とっとと帰れ。」
念を押すように、続ける。
「くれぐれも見せ合うな。
それでトラブルになったら、処分は厳しいことも合わせて伝えておく。
去年はそれで部活動停止になったり、新学期早々停学になったケースもある。
『自分だけは大丈夫』『相手は信頼できるから』なんて考えは甘い!
成績を見せたことで嫉妬が生まれ、感情が止まらなくなる例は何度もあった。
逆に言えば、トラブルになりたいなら見せればいい。
その場合、学校は『注意したのに聞かなかった』として対応する。
ただ、脅して見せることを強要してくる人間がいたら、学校に報告すること。
絶対に見せないように!」
こう言ってもらえるとありがたい。
正直、見せたくはない。
有岡先生が名前を呼び、 生徒たちは1人ずつ通知表を受け取りに行く。
俺も名前を呼ばれて取りに行く。
先生は「まあ、まあまあ、やってるんじゃないか。」と、微妙な口調で言った。
「はい。」
返事をして受け取り、席に戻る。
隙間から通知表をのぞく。
…オール3。
あれだけ休んだのに、良かった。 安心した。
自分の全力は出したけど、自信はなかった。
平均には行けたんだな。
それだけで十分だ。
通知表をバックにしまい、抱え込む。
10時には終わった。
これから帰って、14時までにまた学校へ登校し、部活だ。
帰り道。
今日は黒沢、高坂、バレー部の奴と一緒。
バレー部の奴が、俺たちに声をかけた。
「鈴木と黒沢、なんかえらい目にあったって聞いたんだけどさ。 大丈夫か?」
俺は黒沢と顔を合わせる。
「何をどこから話せばいいんだか…。」
高坂: 「今日の終業式でサッカー部廃部って言ってたから、 どうせあいつら、また何かやらかしたんだろうなーってことはわかった。」
バレー部: 「俺も思った。結構騒ぎになってたし。 なぜか生活指導の先生が怒り狂ってて、訳がわからなかった。」
黒沢: 「じゃあ、誤解されるのも嫌だから話すわ。
実はたくみんがロッカールームで、最初にサッカー部の2人に絡まれてたの。 結構しつこくね。
で、部活で使う超大事な楽譜を取り上げられて、破き始めたから、 俺が止めようとしたら軽く乱闘になっちゃって。
相手は軽い怪我で済んだけど、俺は肩と首をやっちゃった。 楽器を持つのも演奏するのも、呼吸も影響出て…。
今は病院通ってて、超音波治療してるんだ。 毎日30分~1時間は治療しないといけないから、 この後帰ったら速攻で病院行って、それから部活。」
高坂: 「マジで!?あいつら最低じゃん!」
バレー部: 「どんな怪我?超音波で1週間で治るの?」
黒沢: 「肩甲骨のあたりをグーでゴリッってされたのと、 髪の毛引っ張られたのがやばかった。
最初は頭が痛いと思ってたけど、レントゲン撮ったら首の骨が1個ズレてて、 それが原因で頭痛や突然の眠気が出てたみたい。
リハビリしたら、簡単に治った。 こういう怪我って、早く病院に行けば戻せるらしい。」
高坂:「まじで!あいつら最低じゃん!」
バレー部: 「超音波ってのは?肩のほうか?」
黒沢: 「うん、あざができたから、もしかしたら筋まで痛めてるかもって思って。
筋まではいってなかったんだけど、かなり痛くてさ。 湿布と痛み止め飲んでるけど、効かなくて。
自然に治すなら3週間くらいかかるらしいけど、 それじゃコンクール本番に間に合わない。
だから、学校指定の医師のところに行って、 超音波治療なら回復が早いって言われたんだ。
あと、毎日痛み止めの注射してる。」
高坂: 「ただの暴行じゃん…。なんで黒沢にそこまでするかな?
俺そこにいたら、絶対加勢してたわ。」
黒沢: 「いや、いなくて良かったよ。暴力でこじれてたら、余計に面倒なことになってた。
結果的に、平和決着したから。」
バレー部: 「まあ、問題ばっか起こしてる奴らの集団だったしな。
廃部になって、反省してるんじゃないか?」
高坂: 「鈴木も災難だったな。まあ、これからは安心して過ごせばいいよ。」
俺: 「うん…。」
高坂: 「なんだよ、歯切れ悪いな?」
俺: 「…俺、恨まれたりしないかなって思って。」
高坂: 「だとしたら、逆恨みってやつだろ。」
俺: 「なんか、あいつらの行動、意味わかんなかったし…。
また違うメンバーが絡んできたらどうしようって、ちょっと不安で。」
バレー部: 「何だ、そんなことか。
あいつら、クラスでも冷たい目で見られてるし、 黒沢と鈴木の事件のことも、みんななんとなく知ってるよ。
味方のほうが多数だから、気にすんな。」
高坂: 「そうそう!安心しとけ!」
俺: 「そうなんだ…ありがとう!」
高坂・バレー部: 「おうよ!」
分かれ道で、「また新学期なー」と言って、一人になった。
色んなことがめまぐるしく変わっていく中で、 ついていくだけで精一杯で、視界が狭くなって、不安だった。
でも、こうやって誰かと一緒に帰るだけで気持ちが変わる。
誰かと話して、一緒に歩く時間があるって、やっぱりいいなって思った。