84.試される腕
…え?
コンクールまで他の曲を練習するな!
楽器も触るな!って言われてたはずじゃ…!?
混乱している俺とは対照的に、先輩たちは割と冷静にファイルをめくって準備しているように見えた。
これも内田先生あるあるなのか?
絵馬先輩に聞きたいけど、緊張感のある雰囲気で、ちょこっと私語も許されそうにない。
とにかく、あわててファイルをめくり、準備した。
内田先生が部員を見渡し、指揮棒を構えた。
それに合わせて、楽器を構える。
ブレスと同時に指揮棒が上がる。
同じタイミングで音を出す。
…外した!
そんなことを気にする間もなく、次へ進んでいく。
ホルンとサックス、クラリネットと合わせる旋律。 吹けるようになった。
そうだ、これをやりたかったんだ。
すぐ対旋律に切り替わる。 旋律に対抗したいような、合わせたいような、不思議な気持ちになる。
タンギングの課題…。 遅れるし、切れないし…。
16分音符のダブルタンギングが…。
4小節の休符がどれだけありがたいか…。
と思ったのも束の間、すぐに入る。
ここ16分音符だけどスラーで良かった…ごまかせたかな。
リズムからの対旋律、ここ好きだ。 思いっきり音を出せる。
低音と一緒っていうのもいい。
リズム打ちは地味にブレスでずれる。
ずれて、修正するのに一旦音を抜いたりした。
短い4小節の休符の間に呼吸を整える。 深く息を吸う。
今度は高音と一緒に入っていく。
いろんなパートと代わる代わる合わせていく。
この全音符が難しい。 途中で音程がふらつくんだ。
勢いで行けたけど、こういうところで不安になる。
雰囲気がガラッと変わるこの部分も好きだ。
トランペットの旋律にホルンの対旋律。
違うメロディなのに、合わせるとこんなに優しく響くとは…。
この後、和音…俺、合ってるのかな?
…しまった!チューナー置いてないじゃん!
聞いて合わせられないよ…。
もう指使いと口で何とかするしかない。
聞いても、吹いても、合ってるかどうか自信がない。
ホルンが全員同じメロディになると安心する。
同時に、思い切って音を出せる。
その後の鬼の16分音符の刻みは…無理っす…。
左から聞こえる絵馬先輩の綺麗な刻みに、俺はただ8分音符で刻むのがやっとだ…。
その後の和音も不安でしかない。
またテンポが上がっていく。 最初と同じメロディが始まる。
クラリネットとホルンのユニゾンで対旋律。
不思議な感覚だけど、絵馬先輩が船田先輩を見ていることに気がつく。
その後、ホルンだけかと思ったら、他の楽器も同じ対旋律を吹いていることに気づく。
どの楽器かはわからないけど、こんな音色の楽器とも同じ対旋律を吹くんだ。
ここで全部の楽器が同じ音で合わさるのも、勢いが出る。
休符で深呼吸。準備完了。
次は和音からのトランペットとトロンボーンの旋律!
さっきまでトランペットと違うメロディを吹いていたから、 こうやって同じメロディになると、仲間が増えた気がするんだ。
そして、さっきまでできなかったこの刻みが、なぜか今はできる。
フルート、クラリネット、サックス、と同じになり、 トレモロで必死になっての、ダカダカダン・ドン。
…。
指揮棒が下がる。
同時に楽器を下ろす。
静まり返る音楽室。
「出来るんだよな、出せるんだよな、おのれらは。」
内田先生の声が響く。
「これだけ集中できる、これだけ音が出せるんだ。 なのに、コンクールの曲でそれが出来ない、出せないのは何なんだ!」
…言われてみれば…。
「しかも気持ちまでこもっている。
それを!出せ!と言ってるんだ!
課題曲と自由曲でも同じだ!
ほとんど指揮を見ていないものがいたにも関わらず…。」
うっ…!俺だ…。
「それでも、不思議に熱量であわさって聞こえてるんだ。 何なんだ、おのれらは?」
内田先生が不思議そうにぼやく。
続けて言う。
「同じ感覚で没頭し、音楽を奏でることができるように。
すると、気持ちが入ってくるんだ。
それを細かく回数を重ねて、音楽を熱くしたいと思っている。
また、自由曲は、多分色んな意味で初の試みだ。
超絶技巧の曲を精度を高めて仕上げていくことで、今まで金をとれたかもしれない。
そして、それがおのれらには出来る。
が、あえて今回はそれをしなかった。
吉と出るか凶と出るかはわからない。
だが、新しいことに挑戦してみようと思った。
なぜなら、俺自身もおのれらと同じスタートラインに立とうと思ったからだ。
指揮者であり、顧問でもあるが、この試みの意味では、 同じ舞台に立つ仲間だと、頭の片隅に入れておいてほしい。」
そして、先生は最後に言う。
「あと、ここは顧問としての話だ。 どうせおのれらのことだ、課題をこなせた者もそんなにおらんだろ。
この後、1時間各々個人練習、パート練習後、 再度ここに集まって自由曲の合奏をやる。行け。」
「はい。」
部員は返事をし、それぞれのパート練習室へ向かった。