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拓海のホルン  作者: 鈴木貴
第3章 吹奏楽部員として
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81.紅茶とともに、ほぐれる心

「どうぞ、座ってください。」


そう言われ、テーブルへと促される。


さっきまで黒沢とお茶を飲んだり、クッキーを食べたり、寝たりしていた場所。


何もなかったかのようにきれいに片付けられている。


この人がやってくれたのかな?


そんなことを考えていると、


「紅茶を入れるけど、飲む?」


と聞かれ、

「はい。」

と答えた。


紅茶セットもあったんだ…。

よく見ると、軽いキッチンのようなスペースも備えられている。


ティーカップに紅茶を注ぎ、目の前に砂糖、ミルク、レモンの輪切りを添えて、「どうぞ」と出してくれた。


「ありがとうございます。」


そう言うと、その人はにこやかに座った。

「僕はスクールカウンセラーの太田と申します。」


身長は180cmくらいあると思ったが、座ると目線が同じだった。

丸顔で、耳までのサラサラの黒髪。


そういえば、以前「保健だより」的なものにカウンセラーについて書かれていたような気がする。

予約が必要とか、校長先生に伝えるとか…実際は相談しづらいなと思ったり、以前母に勧められたな、と思い出した。


太田さんは微笑みながら言った。

「カウンセリングって、ちょっとハードル高く感じるかもしれないね。

でも、友達や家族に話すノリで気軽に話してもらえたらいいんだ。

モヤッとしたこと、怒ってること、何でもいい。

ここで話したことは先生にも家族にも誰にも伝えられないよ。

守秘義務があるからね。」


俺は少し考えた後、正直に言った。


「俺、担任の先生に行ってみたら?って言われて…。

でも今日、大掃除だし、ちょっとサボりたくて。

給食までの時間つぶしって感じで来たんです。」


太田さんはクスっと笑いながら言う。

「じゃあ、それでもいいよ。」


俺はふと思い出して言った。

「さっき、ここで休ませてもらったんです。

クッキーとか、お茶とかそのままにしてしまって…。

すみません。」


すると、太田さんはあっさりと答えた。

「ここはそういう場所だから、大丈夫だよ。」


俺は意外に思いながら聞いた。

「え?いいんですか?」


「うん、そういうところだから。」


「そういうところ?」


「うん、お菓子がある時もあれば、ない時もある。 予約があれば、用意するよ。

アレルギーとかない?好きなのはクッキー?」


「アレルギーはないです。さっきのクッキー、美味しかったです。」


「よかった。ケーキとかでもいいよ。 それ目的で来てもらっても構わない。」


「そんなのアリなんですか?」


「いいよ。たまにピザっていう子もいるから。」


…ええ!?

「なんでですか?」


太田さんはゆっくりと答えた。

「僕の方針だからね。

それに、食べながらだと話しやすいっていう子もいるし、 食欲がなかった子が話した後、急に食欲が出たりすることもある。

話すことも、結構エネルギー使うんだよ。」


確かに…。



太田: 「本当に疲れたり、悩んだりしていると、話せなくなるよね。

そのまま負のループに入って、抜け出せなくなる。

だから、その前に頼ってもらえたらなって思うんだ。」


確かに…思い当たる節はある。


太田: 「単語だけでも、ヒントがあれば心の整理はできたりする。

話すだけで気持ちが楽になったり、頭が整理されることもあるかもしれない。

せっかくだし、何か気になってること、話してみる?」


俺: 「色々ありすぎて…。」


太田: 「じゃあ、今すぐ思い浮かぶことは?」


俺: 「友達が俺を守ろうとして怪我してしまったんだ。

その後、生活指導があって…先生は大丈夫って言ってたのに、 今日の朝、昨日怪我させたやつが『逮捕だ』って笑ってて…。

すごい不安になった。 結局、悪かったのはそいつらだってなったけど…俺、どうしたら良かったのかな?」


説明がまとまりきっていない気がする。 うまく言葉にできない。


太田: 「怪我をした友達、どんな風に見えた?」


俺: 「すごく怒ってて…全力だった。」


太田: 「それが君の気持ちなのかもしれないね。

友達は、おそらくだけど、無意識に君の気持ちを感じ取れる子なんじゃないかな?」


俺: 「だとしたらすごいんだけど。」


太田: 「だとしたら、君もすごいんだよ。」


俺: 「ん?どういうこと?」


太田: 「自分の中にあるものが、人を通して見えるんだ。

もし自分の中に全くないものだったら、それを目にしても気づかない。

例えば、 『あいつ、おしゃれだな』って思う時は、自分の中にも 『おしゃれとはどういうことか』っていう知識や感覚がある。 だから反応するんだ。

でも、全く興味がなかったり、知識がなかったら、反応しない。 例えば、ちょっと質問するけど… 『必須アミノ酸』って何種類ある?」


俺: 「え、何それ?知らない。」


太田: 「興味ある?」


俺: 「ない。」


太田: 「じゃあ、好きな選手は?」


俺: 「三苫。」


太田: 「ってことは、サッカーか。

今、『選手』って言っただけで、君は興味のあるもの、好きなものに反応した。

もし、『好きな選手は?』って聞かれて、 野球やバスケ、バレーの選手を答える子もいるだろう。

それは、その子がそのスポーツに興味を持っているからだ。」


…なるほど、なんとなく言いたいことは分かった。


俺: 「じゃあ、友達をすごいと思った俺も、すごいって思っていいんすか?」


太田: 「そういうこと。 友達を通さずに、『俺すごい』って認めていいんだよ。」


俺: 「…なんか恥ずかしいんだけど。」


太田: 「心の中で思うだけでいいよ。

それに、実際すごいんだと思う。

友達のことをそこまで思えるっていうのは。」


俺: 「そんな風には…。」


太田: 「心の中で言えばいいんだ。 今、自分に言ってみて。

誰もバカにしないし、僕にも聞こえないから。」


俺: 「…はい。」

…「俺はすごい。」


太田: 「いつも言うようにしてみるといいよ。

不思議と、友達を通さなくても見えるようになってくるから。」


俺: 「逆に、嫌な奴が嫌なことをしてくる時も同じですか?」


太田: 「うん。」


俺: 「うわー、それ嫌なんですけど…。」


太田: 「そうだよね。 じゃあ、その行動をした自分を許してみるっていうのはどう?」


俺: 「許す?」


太田: 「いや、その友達を許す必要はないよ。 だって、傷つけられたんだから。

でも、自分の中にある『嫌なことをする嫌な奴』を受け入れるだけでいい。

心の中で否定するから、目の前でそれを見せつけてくる奴が現れる。

今度、嫌なことがあったら 『あー俺の中の嫌な奴、よしよし、いてOK』って言ってみて。」


俺: 「そんなもんですか?」


太田: 「不思議とね。

今度また嫌な奴とか嫌なことがあったら、 自分の中にいる嫌なやつにOKって言ってやるといいよ。

忘れないようにね。 できなかったり、行き詰まったりしたら、またここに来ればいい。

そういう手助けは得意だから。」


へえ…。


俺: 「なんか魔法か宗教みたいなんだけど…。」


太田: 「そっか、それでもいいよ。」


俺: 「本当は何なんですか?」


太田: 「心理学。 心理学は統計学でもあるから、根拠があって言ってるよ。

あと、精神系のいろんな勉強をしてるんだ。」


俺: 「心理学…。」


太田: 「興味があれば検索してみるといいよ。 色んな切り口の心理学がある。


恋愛、児童、思春期、親子、教育… 部活関係の心理学もあるし、結果を出せる心理学もある。」


俺: 「知らなかったわー。」


太田: 「心理オタクだから、興味があればいくらでも教えるよ。」


俺: 「緊張で吐く、とかも心理学で解決できるんですか?」


太田: 「全部じゃないけど、表面的な部分なら対応できるかもね。」


俺: 「部活…吹奏楽部なんですけど、 最近、いきなり指揮をやれって言われて、指揮台に上がったんです。 みんなの目を見た瞬間、それだけで気持ち悪くなって…。」


太田: 「指揮とか、やったことあるの?」


俺: 「ないです。」


太田: 「心理学以前の問題で、ただの無茶振りだよ、それ。」


俺: 「あー、部活のOBも同じこと言ってました。」


太田: 「心理学を使うまでもないね。」


俺: 「なんかわかりましたわ。」


太田: 「よかった。吹奏楽部って、そんなことするんだね。」


俺: 「うちの学校だけなのか、吹奏楽部全体がそうなのかは分からないです。」


太田: 「『指揮をやるのが夢だった』なら、 緊張も、嬉しさでカバーできるかもしれないけど、 いきなりは無理だよ。

例え話だけど、いきなりリングに上げられて、 プロレスしろって言われて、できる?」


俺: 「…確かに、それぐらい無茶ですね。」


太田: 「でしょ?だから、吐く程度で済んでよかったね。」


俺: 「ですよね…。」


太田: 「うん、無茶振りを受け止めました、終わり。でいいよ。」


俺: 「よかった。でも、無茶振りって気がつけなかったら…。」


太田: 「きっと体に反応が出るよ、今回みたいに。」


俺: 「あ、そっか。」


太田: 「そしたら、『無茶振りすんなや』って心の中で言ってもいいし、 ぼやいてもいいし、本人に伝えてもいいし、 僕のところで話すのもアリだよ。」


俺: 「そういうもんなんですね…。」


太田: 「ぐるぐる考え込むのも悪くないけど、 たまにこうやって吐き出すといいよ。健康のためにね。」


俺: 「健康…。」


太田: 「特に心のね。知らないうちに疲れてしまうから。」


チャイムが鳴った。


太田: 「お、待望の給食タイムかな?」


もう少し話してみたかった。 でも、時間だしな。


俺: 「予約って、校長先生に言えばいいんですか?」


太田: 「確か、担任の先生や保健室の先生に言っても大丈夫だよ。」


俺: 「わかりました。もしかしたら、また来るかもしれません。」


太田: 「待ってるよ。」


俺: 「ありがとうございました。」


そう言って、カウンセリングルームを出て教室へ戻っていった。


特に何が変わったというわけではないけれど、 すっきりしたような気がした。

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