78.男二人、涙の後のお茶タイム
※今度は拓海視点
ペーパータオルを持って、黒沢とトイレで顔を洗い、カウンセリングルームに戻った。
男二人で泣くなんて……。
かっこ悪い。
俺が
「黒沢、ごめんな……」
と謝ると、黒沢は
「たくみんが謝ることじゃないよ。悪いのはあいつらだし、それに開き直って警察とか言って大事にしたから、これからは逆に問い詰められる番だ。大丈夫だよ」
と笑った。
良かった、いつもの黒沢だ。
「てか、たくみん、せっかくだからお茶しようよ。ペットボトルのお茶と、多分そこの工場でのセールのクッキーだけど、美味しいよ」
「マジか!」
食べてみると、バニラとチョコのクッキーはサクッとしていて、口の中でふわっと溶けるから、いくらでも食べられそうだった。
「初めて食ったけど、超うまいじゃん」
「でしょ?あそこ、障害者採用してるんだ。その人たちが作ってる。味の評判も良くて、ネット通販もしてるから、これからもっと事業展開するらしい」
「そうなん?この地域でそんなのあるなんて知らなかった……」
「最近、外資系企業が協賛してるプロの演奏会に行ってきたんだ。その時、軽く『障害者雇用とその現実』っていう講演もあってさ。全く興味なかったんだけど、演奏を聞くには……って思って座ってたら、給料めっちゃ低くて生活できないって話でさ。そこでその企業は、障害者の自立支援プログラムや就労支援をしてるんだって。寮を用意したり、スキルアップセミナーをしたり、雇用先を探したりしてて。演奏はその広報活動とか運営資金に充てるためだったらしい。その時に近くにこの施設があるって知ったんだよ。障害者とか関係なく、うまいもんはうまいんだよな」
「うん」
お茶を飲み、クッキーを頬張り、本当にそう思った。
まったりした空気の中、ノックの音が聞こえた。
内田先生が入ってきた。
俺も黒沢も、顔がムンクの叫びになった。
「いや、そのまま休んでていい」
と言われて、少し力が抜けた。
内田先生は
「黒沢、肩は大丈夫なのか?」
と聞いた。
肩?何?
「うーん、楽器を持ってみないとなんともだけど、リュックを背負った時に少しズキズキしたんです。ブレスも素早くするにはちょっと痛むので、痛み止め飲んでます」
と答えた。
「黒沢……肩、あいつらにやられてたのか?」
と聞くと、
「うーん、多分ね。髪の毛引っ張られた時に、肩甲骨のあたりをゴン!ってやられたのよ。手か足かわかんないけど。だから思わず、かかとで後ろ蹴りしたんだ」
「え……全然見えてなかった……」
「あいつら、そういう奴らじゃん。背後を油断したわー」
軽く言ってるけど、コンクール前に練習しにくくなってるのって……。
内田先生は
「コンクール前に怪我をするとは……まさか黒沢が事件を起こすとは……」
とため息をつき、
「いやー。手を怪我したら先生ブチ切れるじゃん?パンチとかして指怪我したら演奏に支障きたすって。だから足を使ったんだよ。まあ、正面の腹は狙ったけど、後ろのかかとでのキックが股間に当たったのは、たまたまなんですよ、たまだけに?」
と言うと、内田先生の目が吊り上がった。
「つまんないこと言ってんじゃない!」
「はい!すみません!」
俺は、思わず笑いそうになるのをこらえた。
重大事態ってこともわかってる。
内田先生は紙を机にバン!と置いた。
「今日は部活休んでここに行け。必要に応じて通え。費用は請求書を学校宛てにもらってこい。電話はしてある。保険証を持って行くように」
と言い、カウンセリングルームから出て行った。
『鶴整形外科クリニック』
チラシには超音波治療の案内が書いてあった。詳しくはクリニックまで、と……。
「まあ、内田先生が言うなら行ってくるよ。なんか考えがあるんだろうし」
そう言って、黒沢はチラシを折りたたみ、ズボンのポケットに入れた。
「朝練でもないのに、7時半から警察と話すとかって……もう、別の意味で地獄。眠い……ちょっと寝る」
そう言って、黒沢はカウンセリングルームのマットに寝転んだ。
「黒沢」
「なんだ?」
「ありがとう」
「おう……」
1分もたたないうちに、黒沢のグォーッといういびきが聞こえてきた。
俺も食べて眠くなって、テーブルの上に伏せて少し眠ることにした。