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拓海のホルン  作者: 鈴木貴
第3章 吹奏楽部員として
76/132

76.動画が暴く真実/加害と被害の狭間



生活指導室の開いたドアから、生徒たちが入ってきた。


「黒沢!」

「うそ、黒沢、辞めるの? 辞めさせられるの?」

「なんで? 鈴木をかばったんじゃん!」

「被害者は鈴木だろ? なんでクロが責められてんだよ」

「生徒の見分けくらい先生だって分かるだろ! こういう時ぐらい力になれねーのかよ!」

「こんなんじゃ鈴木だって、いたたまれないだろ!」


生徒たちの方が、よく分かっている。

彼らは常に“現場”で生きているのだ。

痛いほど、よく分かる。


――が。


「騒ぐな! 教室に戻れ! 授業を受けろ!」

生活指導の先生が一喝した。


そのとき、生徒の一人が言い放った。


「クロになんかあったら、先生なんか二度と信用しねーからな! デブハゲ!」


「今、なんて言った! 誰だ!」

先生が走り寄ると、生徒たちは一目散に逃げていった。


生活指導の先生は、おそらく自分に悪口を言った生徒を捕まえるべく、そのまま出ていった。


有岡先生はドアを閉め、椅子に戻った。


「黒沢さん……」

そう言うと、黒沢の母は、

「すみません、大丈夫です」

と静かに応じた。


有岡先生は続けた。

「さすがに吹奏楽部の退部というのは……ちょっと、内田先生にも相談して、何か他の方法を考えてみたいと思っています」


すると、黒沢の母が言った。

「祥、もういい加減、顔を上げなさい」


顔を上げた黒沢の表情は――


少し、微笑んでいた。


有岡先生は(黒沢……とうとう壊れてしまったのか)と思った。


そして黒沢の母も、そっと微笑んだ。


二人並んでいる様子を見ると、驚くほどよく似ている。

もし母親が眼鏡をかけたら、そのまま黒沢だった。


黒沢の母は鞄からスマホを取り出し、

「先生、こちらをご覧いただけますか?」

と差し出した。


動画の再生ボタンが押された。


映し出されたのは、不安な表情を浮かべる鈴木と、サッカー部の2人。


---


「不登校上がりでリア充アピールかよ」


「ちょっと通してくれよ」


「先生と学級委員と女子まで味方につけて、イキってんなぁ」

「サッカーから逃げたくせに」

「お前のせいでサッカー部、大変なことになってんだぞ」

「他の部員も迷惑してんだ。何とかしろよ」


「内申下がって高校行けなくなったら、鈴木のせいだからな」

「人生狂わせてるの、わかってんの?」


「サッカー部で他のやつらが辛い思いしてんのに、

肝心の鈴木が今度は調子乗ってるとか、ムカつくんだよ」

「ほんとイラつく。存在が無理」

「あーあ、泣いちゃった〜」

「悪いの、俺らみたいじゃん」


「ちゃんと目見て話そうぜ、鈴木〜」

「お前が不登校とかするから、俺らサッカー部、練習できなかったり、

変なことやらされたりしてんだよ」


その直後、スコア破りと、黒沢による暴行のシーンが動画に映し出されていた。


---


「方法は申し上げられませんが、こちらにもそれなりの手段があります。

本当の被害者は、誰でしょうね」


黒沢の母はそう言って動画を止め、スマホを鞄にしまった。


動画の衝撃に、有岡先生たちは言葉を失った。


黒沢の母は続けた。


「これからどうしましょうか?

謝罪を受け入れてもらえると思いますか?

本日は、もう帰宅させていただいてもよろしいでしょうか?」


有岡先生ははっとしたように言った。

「あ……すみません、少しお待ちいただけますか。

この動画を校長先生にもお見せしたいんです」


「分かりました」と、黒沢の母は笑顔で答えた。


有岡先生は、もう1人の担任に

「誰かにお茶を入れてもらって、その後、校長先生を呼んできてください」

と頼んだ。


やがて、「失礼します」という声とともに、内田先生が茶器を持って現れた。


お茶碗6個と、ペットボトルの冷たいお茶が1本。


黒沢は立ち上がって、

「内田先生、すみません!」

と叫びながら深々と頭を下げ、その勢いで机に頭をぶつけた。


それでも黒沢は頭を下げたままだった。


(痛いだろうに……)


内田先生は、

「まあ、座りなさい」

と言った。


黒沢は「はい!」と吹奏楽部特有の返事をした。


あまりの変わりように、有岡先生と黒沢の母は思わず苦笑した。


黒沢は背筋を伸ばし、緊張した表情になった。


内田先生はペットボトルを開け、お茶碗にお茶を注いで

黒沢、黒沢の母、有岡先生と自分用にお茶を配った。


有岡先生は内田先生に、内容をまとめて事件発生から、

先程の話し合いがこじれたことと、動画がある事を話した。


内田先生もその動画を見たいとのことで、再度黒沢の母は動画を再生した。


内田先生は動画を見終え、目を見開いた。


「これは……」


そうつぶやくと、黒沢の母は静かに言った。


「方法は申し上げません。そして、自分の子どもと、本当の被害者を守るためなら、手段は選びません。お相手も、本気のようですし」


そう言って、一口お茶を飲んだ。


そのとき、もう一人の担任が戻ってきた。

職員室から校長先生に連絡を取ろうとしたが、校長室から着信音が聞こえたため、校長が戻ってくるのはいつになるかわからないという。


有岡先生は、ふうっと深いため息をついた。

しばらく考え込んだ後、黒沢の母に向き直った。


「すみません……先ほどの動画、いただくことは可能でしょうか?」


「その意図をお伺いしてもよろしいですか?」


「はい。これ以上お引き止めするのも気が引けまして……。

校長先生に真実をお伝えして、本来あるべき処分を検討していただきたいと思っています。

また、黒沢と鈴木を守る手段が得られたと感じました。これは教師としてというより、一人の人間として、行動したいと思ったんです」


黒沢の母はしばらく無言で考えたあと、こう言った。


「先生のスマートフォンにAirDropで送信、という形なら」


「ありがとうございます!」


有岡先生は頭を下げ、スマホを取りに更衣室へ向かった。

バッグからスマホを取り出し、再び生活指導室へ戻ると、黒沢の母から動画を受け取った。


放課後、生徒たちが下校した後――

黒沢とその母、有岡先生の3人で、教室に荷物を取りに戻った。


吹奏楽部の一年生たちが、いつもの女子たちに加えて、何人かまだ残っていた。


「黒沢!」

「クロ、お前、辞めんなよ!」

「あいつら、まとめて締めてやろうか!」


――外に敵ができると、団結力が強まるとはこのことだろうか。

吹奏楽部 vs サッカー部――そんな構図になってしまっていた。


黒沢はひょうひょうとした口調で答えた。


「うーん……まあ、理由はどうあれ、俺、サッカー部の2人、蹴っちゃったじゃん?

処分待ちなのよ。謝罪はしたけど、許してもらえるかは相手次第だしさ。

受け入れられなかったら、それなりの処分が下されるんだろうね、きっと」


「そんな……」


吹奏楽部のメンバーたちは、言葉を失ったように立ち尽くしていた。


有岡先生は声を張った。


「お前らは、さっさと帰れ。黒沢は、まだやることがある」


生徒たちは校門を出て、しばらく歩いていった。

それを見届けると、黒沢は帰り支度を整え、ロッカーの荷物も持ってきた。


あと3日で夏休み。

その前にロッカーの荷物を持ち帰ることになっている。


「ちょうど母さんが自転車で来てるから、ある程度は持ち帰れるし。よかった」


そう言いながら、黒沢は持ってきた水色のエコバッグに、今学期もう使わない教材を詰め込んだ。

ロッカーは空っぽになっていた。


有岡先生は言った。


「黒沢……先生、できる限りのことはするから、明日も学校に来るんだよ」


黒沢は少し驚いたように答えた。


「え? 処分が決まるまではダメでしょ?

しかも、警察って話も出てるし。

ぶっちゃけ、先生ができる範囲って意外と狭いでしょ。

だからさ、先生って行き詰まって、悩んで辞めちゃう人多いじゃん。

先生こそ、俺ができることはやるから、あんまり考え込まないでよ」


――ちょっと大人びている。


子どものようでいて、大人のような。


「じゃあ今日は帰りまーす。処分決まったら連絡くださーい」


3人が教室を出ようとしたそのとき、校長先生が姿を現した。























「これは…。」

内田先生が言うと、黒沢の母は

「方法は言いません。

そして自分の子供と本当の被害者を守るために手段は選びません。

お相手も本気のようですし。」

と冷静に言い、お茶を一口飲んだ。


もう1人の担任の先生が戻って来た。

職員室から校長先生のスマホに連絡を取ろうとしたら、

校長室から音が鳴ったので、戻ってくるのはいつになるかわからない、と言った。


有岡先生は、はぁーっと溜息をついた。

少し考えた後、黒沢の母に

「すみません、先程の動画をいただくことは可能でしょうか?」

と言った。


「その意図をお伺いしても?」


「はい、これ以上お引止めするのも…というのがありまして。

校長先生に真実をお知らせして本来の処分を決めることを進言したいのと…

黒沢と、鈴木を守る手段を見つけられたというのがあります。

これは教師として、というより、一人間として、行動したいと思いました。」


黒沢の母は無言で少し考えた後、

「先生のスマホにエアドロで送るということでしたら。」

と答えた。


有岡先生は、ありがとうございます!と言って、

自分のスマホを取りに更衣室へ行き、バックから取り出して、

生徒指導室へ戻った。

そして先程の動画を送ってもらった。


他の生徒が下校した後、黒沢と黒沢の母と一緒に、

鞄や勉強道具を取りに教室へ戻った。

吹部の1年がいつもの女子の他に、何人かまだ残っていた。


「黒沢!」

「クロ!おま、辞めんなよ!」

「あいつら、まとめて締めてあげたろか!」


外に敵が出来ると団結するというが…。


吹部vsサッカー部という構図になってしまった。


黒沢はひょうひょうと

「うーん…。まあ理由はどうあれ、俺、サッカー部2人、蹴っちゃったじゃん?

処分待ちなのよ。

謝罪はしたけど、許してもらえるかどうかって相手次第だしさ。

受け入れないってなったら、それなりのもんが課されるんだよね、きっと。」

と答えた。


「そんな…。」

その場にいた吹部員達は立ち尽くした。


有岡先生は

「お前らはさっさと帰れ、黒沢はまだやることがある。」

と言って、部員達を帰らせた。

校門を出てしばらく歩いていくのを見送った。


そして、教室で帰り支度をした黒沢は、他にもロッカーの荷物を持って来た。


あと3日で夏休み。

その前にロッカーに置いてある荷物を持ち帰ることになっている。


「ちょうど母さんが自転車で来てるから、ある程度持って帰れるし。

良かった。」

黒沢はそう言って、持って来た水色のエコバックに、今学期はもう使わない教材類をまとめて詰め込んだ。

空っぽになっている。


有岡先生は

「黒沢…先生、出来るだけの事はするから、明日も学校は来るんだよ。」

と言うと黒沢は

「え?処分決まるまでダメでしょ。しかも警察って話出てるんだから。

ぶっちゃけ、先生が出来る範囲って意外に狭いでしょ。

だから、すぐ行き詰って、苦しんで辞めてく人多いじゃん。

先生こそ、俺、できるだけの事するから、あんまり考え込んじゃダメだよ。」

と言った。


ちょっと大人びている奴だ。

子供のようで、大人のようで。


「じゃあ、今日は帰りまーす。処分決まったら連絡くださーい。」


3人で教室を出ようとした時、校長先生が来た。


「あー、いたいた、有岡先生…。

大変なことになって、黒沢君が…ちょっと色々と…。

さっきの2人が病院に行って診断書を取って、もう警察に行ったみたいで…。

警察から電話があって、明日には学校に来ると言っていました…」


校長先生は言葉に詰まり、混乱している様子だった。


黒沢の母は有岡先生にだけ聞こえる声でささやいた。

「有岡先生、動画を持っていることは、今は黙っていてください」


有岡先生は黙ってうなずいた。


黒沢の母は校長先生の前に進み出てスマホを取り出し、

「ちょっとこれ、ご覧いただけますか?」

と言い、先ほどの動画を再生した。


動画を見終えた校長先生は

「あの2人とその母親……被害者は鈴木君じゃないか!

しかも鈴木君はようやく復帰したばかりなのに……!」

と、怒りに満ちた顔になった。


その時、黒沢の声が聞こえた。

「あ、そういえばたくみんは?」


有岡先生ははっと気づき、

「あー!保健室に寝かせたままだ!」

と叫んだ。


「まあ、いいんじゃない?俺が帰ったあとで起こして帰らせてあげなよ。

今、顔を合わせるのは多分気まずいし。俺も、きっとたくみんも」


黒沢の声のトーンが落ちた。


黒沢の母が言った。

「明日、警察の方が学校にいらっしゃいますよね。

私も同行しましょうか。

動画は公的な証拠にはなりませんが、参考にはなると思いますので」


校長先生は頭を下げて、

「ぜひお願いします!」と答えた。


そして校長先生は黒沢にも言った。

「黒沢君、君も明日は登校しなさい」


黒沢は安心した様子で、

「わかりました」

と答えた。


翌日、学校が本格的に始まる前の7時半頃に警察が来ることになっており、

黒沢と母親もその時間に学校に来ることになった。


黒沢親子が門から出るのを確認し、有岡先生は職員室に戻り、

内田先生の元へ向かった。


「鈴木を……保健室に置いたままにしていました」


そう言うと、内田先生はがたっと立ち上がり、スコアを手にした。


有岡先生が

「一緒に行きましょうか」

と声をかけると、内田先生は

「ありがとうございます」

と言って保健室へ向かった。


保健室のドアを小さくノックして入ると、保健室の先生によれば、鈴木は最初泣いていたが、しばらくして眠ったという。


そっと覗くと、目が腫れている。


中学生になったとはいえ、つい最近まで小学生だったのに……。


いじめにあってなかなか学校に来られなくなり、やっと来られたのに、また同じ相手にいじめられるなんて……。


先生たちは自分たちを責めていた。


そろそろ職員会議が始まる時間になり、有岡先生は鈴木を起こした。


「鈴木ー。そろそろ起きてくれー」


声をかけると、目を開けてぼんやりとした。


「あー、先生……。すみません、今何時ですか?」


「15時半くらいかな」


「そんなに!」


あわてて飛び起き、カーテンを開けて外に出ると内田先生がいて、その様子を見て驚いていた。


内田先生は黙ってスコアを差し出した。


鈴木は無言で驚いていた。


しばらくして言葉を発すると、


「怒ってないんですか?」


内田先生は

「破いたのは鈴木じゃないだろ?」

と言った。






そして続けて、内田先生が言った。

「フルートまでは聴いたみたいだな」


鈴木の顔には、

「なぜバレた?」

と書いてあるようだった。


「わからないところに?マークやコメントが書かれている。

クラリネットのところで、そもそもパートで分かれていることが理解できないってところで止まったな?」


内田先生がそう言うと、鈴木は慌てて聞いた。

「あー…バレるもんですね。

っていうか、黒沢は!?」


有岡先生は答えた。

「まあ、形式上は処分待ちってところかな。

指導はしたけど、実際は何もないよ」


鈴木がさらに聞く。

「何もないのに形式上待つって、何を待たされるんですか?」


この年代特有の鋭さと、ズバッと核心を突くところは強いなと思う。


有岡先生は説明した。

「指導したという詳細な記録を残して、職員会議で共有し、事務処理が終わってから改めて生徒に伝えるんだ。

先生たちも公務員だから、法律に則って進める必要があるんだよ」


鈴木は感心したように言った。

「へー。よくわかんないけど、そうなんすね。

黒沢が大丈夫ならいいです。良かった」


鈴木の顔には安心が浮かんでいた。


明日、始業前に絶対に決着をつけなければ。

有岡先生は密かに強い決心をしていた。


鈴木は教室へバックを取りに行き、

「先生、さよーならー」

と小学生のような挨拶をして帰っていった。


その後、有岡先生は内田先生に報告した。

「さっき、黒沢の母親に『動画を校長先生に渡したことは黙っていてほしい』と言われました」


内田先生は少し考え込み、

「前から事情を知っていて、何か思うところがあったから、あのような手段を取ったんでしょうね……」


いずれにしても、こんな理由で黒沢を逃がすわけにはいかない。

鈴木だって自分を責めてしまうだろう。

それに、加害者側が被害者面したり、逃げ得にならないことを伝えなければならない。


吹奏楽部もクラス運営もめちゃくちゃになってしまう。


どんな教育的指導をしようか……。


明日が決戦だ。





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