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拓海のホルン  作者: 鈴木貴
第3章 吹奏楽部員として
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75.代弁者の守りたいもの

有岡先生は黒沢の母親に電話をかけた。


「息子さんの祥さんが、2人の生徒に暴力を振るってしまいまして…。

幸い怪我はそれほどひどくないのですが、色々お話したいことがあるので、学校へ来ていただけますか?」


そう伝えると、黒沢の母親は淡々と


「申し訳ございません。すぐに伺います。」


と言い、電話を切った。


有岡先生は考えていた。


黒沢がいきなり暴力を振るうはずがない。

おそらく問題があるのは、サッカー部の2人だろう。

スコアはわざと破られたものだ。


だが、手を出してしまった以上、学校としてはこの対応しかできない。

手を出さなければ、こんなことにはならなかった。

黒沢もそれを理解し、言い訳せず謝罪したのだろう。


現在、サッカー部は問題を起こし、校長直轄で活動が制限されている。

だが、黒沢の暴力がその制限の緩和につながるだろうか。

それで問題が収まるのだろうか。


どう考えても、鈴木にサッカー部の2人が絡んでいたのは明らかだ。


20分後、黒沢の母親が職員室に来た。


「1年2組の黒沢祥の母です。有岡先生はいらっしゃいますか?」


肩までの髪を後ろで一本に結び、すっぴんのまま黒の半袖カットソーとパンツスタイルで現れた。

無表情だった。


有岡先生が彼女の前に行くと、


「この度は息子の祥が大変申し訳ございません。」


と深々と頭を下げて謝罪した。


「いえ、色々事情がありまして。こちらへどうぞ。」


そう言って生活指導室へ案内した。


中には黒沢が一人で本を読んでいた。

黒沢は本を閉じて本棚に戻し、席に座った。


「おかけください。」


黒沢の隣に母親を案内し、彼女は「失礼します」と言って椅子に座った。


黒沢の母親は、


「この度は、息子が暴力を振るってしまい大変申し訳ございません。

相手のお子さんの怪我はいかがでしょうか?」


と尋ねた。


有岡先生は


「いや、男の子同士のちょっとした小競り合いで、特に怪我はありません。

学校としては指導をしたという形を取っています。」


と答えた。


黒沢の母親は


「そうですか。では、お相手の親御さんへ謝罪したいのですが、ご連絡いただけますか?」


と言った。


正直、黒沢に非は少なく、相手側に問題があると予測していた有岡先生は、形式的に対応しているだけだった。


「生徒同士のことですので、学校内で指導し、息子さんも真摯に謝罪しています。

親御さんへの連絡は不要です。」


そう言うと、黒沢の母親は首をかしげ、


「もし逆にうちの息子が暴力を受けたら、相手に指導したからで済まされるのですか?」


と尋ねた。


痛いところを突かれた。

有岡先生は言葉を詰まらせた。


「私なら、大切な子が傷つけられたら相手の親御さんに何か言いたいし、謝罪も必要だと思います。」


と言い切った。


「それは…そうですよね。」


有岡先生は困惑した。


正直に言いたい気持ちもあった。

「サッカー部の2人が鈴木に絡んでいたのを助けただけだ」と。

だが、それは決めつけてしまうことになる。


「もし被害者のお子さんが、家でうちの息子に暴力を振るわれたと言ったら、親御さんが学校に乗り込んでくるでしょう。

そうなればこじれる。最初に話し合うのがよいと思います。」


そう言うと、黒沢の母親も納得した様子だった。


「少々お待ちください。」


有岡先生は校長室で事の次第を話し、校長はサッカー部の2人の親に直接電話し、親がすぐに来ることになった。


有岡先生は鈴木の破れたスコアを持ち、内田先生にも相談した。


「サッカー部の2人に鈴木のスコアが破られたようです。」


内田先生はそれを手に取って見た。


「今、鈴木と黒沢は?」


「鈴木は保健室で休んでいます。黒沢は生活指導室で親と一緒です。」


「わかった。スコアは新しいものを用意します。黒沢は?」


「サッカー部の2人に暴力を振るったので、被害生徒の親に謝罪する流れです。」


内田先生はこめかみに手を当て、


「あいつらめ…。」


とつぶやいた。


有岡先生は説明した。


「黒沢は正義感からやったと思いますが、今回は相手が悪くて。

相手はふざけていたり、からかったり、うらやましがったりしていました。

友達がやられていたら止めるでしょう、と言われて、もう…。」


2人の先生はため息をついた。


その時、職員室に向かって走ってくる足音が聞こえた。


「ちょっと!うちの子が暴力を受けたってどういうことですか!怪我は?!」


2人の母親は息切れしながら焦りと怒りを見せていた。


サッカー部の1人は別のクラスのため、その担任も来た。


サッカー部の2人と母親達は生活指導室に入った。


有岡先生、生活指導の先生、担任、校長が同席した。


校長は話し始めた。


「お忙しいところお越しいただきありがとうございます。

先ほど生徒同士で話し合いは済みましたが、暴力があったため、

黒沢さんのお母さまが謝罪したいと強く希望され、この場を設けました。」


サッカー部の2人は神妙な顔を装うが、心の中は得意げだ。


母親2人は目を吊り上げた。


そのうちの1人が


「黒沢くん、なぜうちの息子に暴力を振るったのですか?何をしたんですか?」


と厳しい口調で詰め寄った。


黒沢は緊張しながら


「僕の友達が2人に絡まれ、大事なスコアを破られたのを見て、蹴ってしまいました。ごめんなさい。」


と謝罪した。


母親2人は息を飲んだ。


黒沢の母も立ち上がり、


「息子が大事なお子さんに暴力を振るってしまい、深くお詫び申し上げます。

どんな場合も暴力は犯罪になることを息子に言い聞かせます。

重ねて申し訳ありません。」


黒沢も立ち上がり謝罪した。


もう1人の母親が


「頭を上げて座ってください。どのようなことをしたのですか?」


と怒り口調で問うた。


黒沢は説明した。


「最初に2人を横から突き飛ばしました。

その後、お腹を蹴って後ろに転ばせました。

そしたら後ろから髪の毛を引っ張られ、その時に股間を蹴ってしまいました。

これはわざとではありません。」


「髪の毛を引っ張られてつい、ですか?」


母親2人は息子を心配そうに見た後、黒沢をにらんだ。


サッカー部の2人はポロシャツのお腹やズボンの股間に付いた足跡や泥を母親に見せて神妙な表情をした。


先生たちは大げさな演技だと薄々感じていた。


だが、母親たちには伝わらないだろうと諦めていた。


サッカー部の母親の1人が詰め寄った。


「サッカー部はいじめで活動が大幅縮小されていますよね?

今回の黒沢くんの暴力はイジメですよね?

黒沢くんの部活には何の処分もないのですか?」


校長は


「今回は部活動中ではなく学校活動中のことなので、部活は関係ありません。」


そう答えた。


母親はさらに


「スコアが破られたそうですが、黒沢くんの部活は何ですか?」


黒沢は


「吹奏楽部です。」


と答えた。


母親は


「なら部活も関係しているじゃないですか!

なのにサッカー部は活動縮小、吹奏楽部は何もないのは不公平です!」


と怒り出した。


黒沢は震えながら下を向いた。


校長は


「吹奏楽部はこれから大事な大会があるため…」


と言った。


有岡先生は内心で校長を睨みつけ、


「吹奏楽部は特別扱いでサッカー部はそうではない、と言っているのと同じ。火に油を注ぐだけだ!」


と思った。


母親2人は


「どういうことですか!サッカー部にも大会がありましたよ!」「吹奏楽部が実績あるからですか?不公平です!」


と怒鳴った。


黒沢はさらに下を向き、表情が見えなかった。


母親たちの怒りは増していった。


「これは生徒の暴力行為です。謝罪しても被害生徒の心の傷は消えません。責任はどう取るのですか?」


「暴力のきっかけとなった部活があるのに、なぜ活動を続けさせるのですか?公平に考えれば活動停止が当然、廃部でもおかしくありません!」


「昔と違い、暴力は犯罪です。納得できる処分ができないなら、私は警察に相談します!」


「こんな状態で大会出場させるのですか?暴力があっても出場させるなら公表します!」


黒沢はさらにうつむき、小さくなっていった。


怒鳴る母親たちの声は生活指導室前に集まった1年2組の生徒にも聞こえ、特に女子2人がおろおろしていた。


聞こえるのは部活停止、大会出場阻止、警察沙汰などの言葉ばかり。


黒沢の母親は


「申し訳ありません。息子一人の責任です。

息子は吹奏楽部を退部し帰宅部にします。内申等は不利になりますが、それで手を打ってください。」


と言った。


黒沢は椅子の上で丸く縮こまった。


サッカー部の2人は口元を引き締め、真剣な表情をしていた。


サッカー部の母親2人は


「そんな1人だけの処分で活動を続けさせるのは許されません!」


「もう話になりません!病院へ行き、警察に相談します!早退します!」


と言い、息子たちに荷物を取りに行くよう命じた。


2人は教室に戻った。


有岡先生は慌てて


「学校でもできることを検討する時間をください!」


と言うと、母親たちは


「学校は問題をもみ消し、実績あるほうを守るだけですよね?」


「被害者の未来を奪うなんて絶対許しません!」


とさらに激怒した。


「あなたたちも黙っていないで何か言いませんか?」


と強く言うと、黒沢の母親は


「謝罪するしかありません。」


と答えた




沈黙が流れた。


校長が


「改めて生徒、保護者の皆様には指導を徹底し、部活動も適切に運営します。」


と言った。


「それで納得できるのですか?」


母親たちは


「許しません!」


と声を揃えた。



「被害に遭った方は、絶対にずっと覚えているから。」


と、母親の一人が叫んだ。


校長先生は真剣な表情で応えた。


「お怒りはごもっともです。病院を受診されて、もしお怪我がありましたら、学校で治療費は全額負担いたします。その他にも、できる限りの対応を検討いたします。」


しかし、母親2人はなお声を荒げる。


「お金の問題じゃないんです!」


「それで、サッカー部の復活も検討してもらえるということですか?」


と問い詰めた。


校長先生は困惑しながら答えた。


「そうですね……今すぐ結論を出すことはできませんが……。」


その言葉に、母親たちは声を強めた。


「やっぱりもう話にならない。

加害生徒をかばう学校として、私たちは警察に相談しますから!」


そう言い切ると、校長先生が「ちょっと待ってください!」と必死に止めようとしたが、母親たちは振り切り、サッカー部の2人と共に生活指導室を出て行った。


校長先生は慌ててその4人を追いかけたが、彼らは揃って校門を出て行ってしまった。


生活指導室には、黒沢、黒沢の母、有岡先生、もう一人の担任の先生、生活指導の先生が残った。


部屋の空気は張り詰め、沈黙が続いた。


有岡先生が小声で言った。


「……これから、どう対応するか、よく考えないといけませんね。」


黒沢の母は、息子の肩にそっと手を置いた。


黒沢はうつむいたまま、何も答えなかった。

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