74.破れたスコア、黒沢の怒り
連休の課題をようやく提出した。
忘れていたが、その課題の小テストが今日だった…。
軽い作業のつもりでこなしただけで、本気で勉強モードではなかったし、
吹部の宿題も早々に諦めて…寝てしまった。
終わった…。
机に伏せていると、
「どうした?具合悪いのか?」
という声がして顔を上げると、黒沢と吹部の女子2人が立っていた。
俺:「いや…昨日テスト勉強してなくて、もう答えられなくて終わったって思ってた。」
ポニーテール:「あー、それ、テスト点数取る人のあるあるの言い訳じゃん!
『昨日寝ちゃったよ』とか言いながら、実は超勉強してて点数取る奴!」
俺:「いや、まじなんだって。課題のテストのこと忘れてて。」
ツインテール:「はい絶対嘘!たくみん黒沢に似てきた。超残念なんだけど!」
黒沢:「俺は課題の範囲なんかとっくに終わって、先の勉強してるわ。」
ポニーテール:「うわ、マウント?」
黒沢:「本当のこと言ったんだけど。お前ら変な絡み方するから分かるように、
黙るようにスパッと伝えてやらねばな、と思って。
それにたくみん、嘘つく顔かよ。授業中に先生に向かって寝顔さらしてんだぞ。
吹部の練習中に倒れてんの見てただろ?」
女子2人:「あ…そうだったね…ごめん、たくみん。」
俺:「…うん、本当に寝たんだ。寝ても寝ても眠くて。
課題はやったけど、吹部の課題のほうが気になってさ。
わからなくて、それも10分程度しかできなかった。」
黒沢:「何かあったっけ?」
俺:「内田先生が言ってた、全パートの譜面を読んでってあれ。
フルートは見たけど、ホルンと同じ音なのに譜面が違うのはなぜかとか、
クラリネットはパートで吹くというより、1st、2nd、3rdで違うことやってて、
それを理解した瞬間に眠くなったっていうか…
この作業、全パート・ポジションでやるのか?って思ったら、寝てた。」
黒沢:「2人、出番だぞ。」
女子2人:「なんだぁー、そんなことかあ!」「聞いてくれればいいのに!」
黒沢:「勉強してないってわかった途端に手のひら返しか。」
ポニーテール:「たくみん、スコア持ってる?」
俺:「あ、バックにある。ちょっと取ってくる。」
ツインテール:「昼休み、それやろうよ!」
俺:「ありがとう。助かる。」
ロッカールームへ行き、バックの中からスコアを取り出した。
鍵をかけて振り向いた時、人の肩にぶつかった。
俺:「あ、ごめん。」
顔を見ると…
サッカー部の1年2人だった。
1人は同じクラスだ。
「不登校上がりでリア充アピールかよ。」
ロッカー側に俺、出入り口に2人。
俺:「ちょっと通してくれ。」
スルーして2人は通ろうとするが、俺の前に立った。
よけようとしても通れない。
「先生と学級委員と女子まで味方につけてイキってんなぁ?」
「サッカーから逃げたくせに。」
「お前のせいでサッカー部、大変なことになってんだけど。」
「お前のせいで他の部員まで面倒くらってんだぞ。何とかしろよ。」
そんな…俺が悪いのか?
「内申悪くなって高校行けなくなったら鈴木のせいだからな。」
「人生狂わせてるの、わかってる?」
怖くなって黙り込んだ。
仲間だったのに裏切られて辛かったのに、
今度は責任を取らないといけないのか?
「サッカー部で他のやつらが辛い思いしてるのに、
肝心の鈴木が今度は調子に乗ってるの見るとムカついてやり切れねぇんだわ。」
「ほんとイラつく、存在が無理。」
俺が抜けたから他の奴がレギュラーになれるとか、
先輩との付き合いがどうのってLINEで言ってたじゃん。
喜んでいたじゃん。
なんでまたそんなこと言われるんだ?
涙が出てくる。
「あーあ、泣いちゃったー。」
「悪いの俺らみたいじゃん。」
恥ずかしくて、怖くて、足がすくんで動けない。
スコアで顔を隠す。
涙が止まらない。
「ちゃーんと目を見て話そうぜ、鈴木ー。」
「お前が不登校とかするから、俺らサッカー部、練習できなかったり、
変なことやらされたりしてんだよ。」
俺は…もう頭が真っ白になった。
隠していたスコアを取られた。
「へぇ~。こんなの大事に抱えてるの?」
「お高くなっちゃってるのかな?」
そう言っていきなりスコアを2つに破いた。
ショックだった。
俺にとって、今とても大事なものだ。
声にならずに涙しか出ない。
2人の笑い声。
2人に背を向けて泣いてしまった。
「いいなあ、吹部かあ。」
「評価高い部活に入れて良かったよな、お前。」
後ろから肩を叩かれる。
もう顔も見たくないし、見られたくない。
泣く声も殺していた。
ガン!と何かがぶつかった音がした。
「痛ってぇ…。」
2人が横に転んでいた。
目の前に立っていたのは黒沢だった。
「やっていいことと悪いことの区別もつかねえのか!」
黒沢がキレていた。
「てめ、黒沢、何すんだよ!」
サッカー部の1人が黒沢のポロシャツの襟をつかんでパンチをくらわせようとした瞬間、
黒沢の足がサッカー部のみぞおちを蹴った。
うっ、といううめき声とともにうずくまる1人。
もう1人が後ろから黒沢の髪をつかんだ。
一瞬痛みに顔を歪めたが、次の瞬間にもう一人は股間を押さえてうずくまった。
後ろに蹴った足がちょうど当たってしまったようだ。
そこに
「お前ら!何してんだ!」
という男性の先生の声。
他の生徒が集まってきた。
泣いてる俺、
倒れてる男子生徒2人、
頭ぼさぼさの黒沢、
破かれ散らかっているスコア。
「全員、生活指導室!」
生活指導の先生の怒鳴り声が響いた。
生徒の野次馬の中から聞こえる「たくみん!どうしたの!」「黒沢!」という女子2人の声の方を見ることができなかった。
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生活指導室には俺、黒沢、サッカー部の2人、有岡先生、生活指導の先生がいた。
奥の方で生徒は一列に立たされた。
先生は2人、椅子に座った。
有岡先生が、
「何があったんだ?」
と問いかけた。
誰も口を開かない。
生活指導の先生が話し始めた。
「この2人が倒れていたな。倒れた原因はなんだ?」
「黒沢にみぞおちを蹴られました。」
「黒沢に股間を蹴られました。」
と言った。
有岡先生は、
「黒沢、お前は今、部活で大事な大会を控えている。
それに学級委員としてクラスをまとめ、手本となる役目がある。
こんな問題行動を起こす前に、別の方法を取れなかったか?」
と聞いていた。
黒沢は、
「すみませんでした。」
と謝罪した。
黒沢はただ、俺を助けようとしたんだ。
方法はどうあれ、このままでは黒沢が悪い立場になってしまう。
「先生、この2人が俺のスコアを破いたから黒沢が…。」
話しているうちにまた涙が出てきて、話せなくなった。
それを聞いた有岡先生はサッカー部2人に対して、
「それは本当か?」
と聞くと、
「違います、わざとじゃないです。」
「スコアとか知らないし。」
とぼけるなよ!
色々言ってきただろ!
それでスコア取り上げて破いただろ!
思っているのに全く声に出せない。
「それなのに、黒沢くん、俺のおなか蹴りました。ほら、足跡!」
そう言ってポロシャツについた足跡を先生に見せた。
「僕も黒沢くんに股間蹴られて動けなくて…すごい辛いです。」
もう1人もそんなことを言った。
ここで黙ってたら黒沢が悪者になるんだろうか?
また俺は人の内申を落としてしまうのだろうか?
有岡先生は、
「黒沢、言いたいことあるだろう。」
と言うと黒沢は、
「暴力を振るってしまい、申し訳ございませんでした。」
と深々と謝罪した。
黒沢をこんな風にさせたくない。
「先生、違います。この2人が俺に先に絡んできたんです。」
やっと声を出せた。
それを遮るようにサッカー部の2人が、
「楽しそうじゃん、って思って話しかけたんです。」
「不登校で心配してたから。」
と言った。
絶対そんなことじゃなかった。
「先生、違います。調子に乗るなとか、リア充とか…。」
と言うと、サッカー部の2人は、
「ふざけて絡んでみたんです。」
「うらやましいな、って思ったんです。」
としおらしく答えた。
これでは…黒沢がただ暴力を振るった状態になってしまう…。
「股間蹴られる前に、あいつが黒沢の髪の毛引っ張ってました。
痛がっている黒沢を見ました。
今、髪の毛乱れてるのが証拠です。つかまれてたからです。
つい動きがおかしくなったんだと思います!先に手を出したの、あいつです。」
精一杯話した声が震える。
有岡先生が「それは本当か?」と聞くと、あいつは、
「目の前で友達が蹴られてたら、つい止めるじゃないですか。」
と言った。
違うだろ!
どう考えても黒沢は悪くない!
だけど話は、
「黒沢…お前、親呼び出しになる。ここで待て。」
という有岡先生の話に、黒沢は
「はい。」
と冷静に返事をした。
俺は保健室で休むように言われ、サッカー部の2人は教室へ戻された。
保健室へ行くと、保健の先生が既に状況を知っているようで、顔を洗ってベッドで休むように言われた。
冷やしたタオルを目に当ててくれた。
それだけで、また泣いてしまった。
黒沢はどうなるんだろう…。
俺のために、俺のせいで…。
こんなところで泣いているだけでいいのだろうか?
あいつら2人には何のお咎めもないのか?
大会前にって先生が言ってたけど、部活にも影響出るのか?