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拓海のホルン  作者: 鈴木貴
第3章 吹奏楽部員として
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73.夕暮れカレーと吹部の課題

「夕食、食べられそう?」

母さんの声で目が覚めた。

カレーのにおいで飛び起きた。


「カレーじゃん!食べるよ!」


カレーだったら、明日も食べるつもりだ。


カレーにはトマトの輪切りが添えてある。

それと牛乳。

この組み合わせは元気になる。


久実は今、塾に行っている。


「いただきます」と言って、すぐに一皿たいらげ、二皿目へ。


母さんが

「拓海…父さんが半泣きで連絡してきたよ。

拓海は言葉が足りない!もうちょっと考えて話しなさい。」

と、だいぶ怒っていた。


「ごめんごめん。」

と謝って、食べ続ける。


母:「ずいぶん謝罪が軽いわね。父さん泣いてたわよ。」

俺:「かわいそうに。」

母:「あんたのせいでしょ!」

俺:「ごめんて。」

母:「あのね…父さん、会社から海外赴任の話を聞いたとき、すごく悩んでいたのよ。

拓海と久実のそばを離れるくらいなら転職も考えたみたい。

でもね、仕事を続けることを選んだのは、好きな仕事だからというのもあるけど、

子ども二人に不自由な思いをさせたくなかったからなの。

収入で子どもの選択を制限したくないって思いから頑張ってるのよ。

海外赴任前に英語の集中特訓を受けている時なんか、

寝言で英語を言いながら涙を流していたんだから。」

俺:「お疲れっすー。」


気持ちの中では「マジかあ…本当にごめんなさい。

サッカーを続けられたのも、吹奏楽部で活動できるようになったのも、

実質的に金銭面で支えてくれているからだし、

もちろん母さんが普段ユニフォームの洗濯やお弁当の準備、

学校の先生との話し合いで全力を尽くしてくれているのも知ってるし、ありがとう」と思っている。

だけど、言葉が軽くなってしまうのは、まだそこまで言える勇気が出ないからだ。


母さんはふーっと溜息をつき、諦めたような表情になった。


母:「で、先輩の状況は?」

俺:「わかんない。内田先生がやってくれるって。」

母:「そう…まあ内田先生なら、うまくやってくれるでしょうしね。」

俺:「うん。」


俺が不登校になった時も復帰のきっかけを作ってくれたし、

北野先輩の対応も柔軟にやってくれている。

のぞみ先輩のことも、任せよう。


吹部って、学校内だけど別空間なんだよな。


あ、そうだ。


「今週の土曜日、花火大会なんだけどさ。

吹部の友達の家から見えるらしいんだ。

そこにお邪魔してみんなでご飯食べるから、お金くれる?

コンビニで弁当買って、友達の家で食べながら花火を見るんだ。」


俺がそう言うと、母さんは一瞬驚いた顔をしたが、

黙って千円札を渡してきた。

「あざっす」と言って、ポケットに入れた。


母:「人のおうちにお邪魔するなら、手土産用意しなきゃね。

アレルギーとかあるか、知ってる?」

俺:「知らない、ないんじゃない?」

母:「聞いてきなさい!せっかく持たせても食べられなかったり、

触っただけでアレルギー反応が出たら命にかかわるのよ!

そういうことも知らないで…」

俺:「あー、そいつのお父さんとお母さん、お酒好きで、

毎年、花火見ながら夫婦でお酒飲むんだって。」


そう言うと、母さんは黙って棚の奥から何かを取り出し、紙袋に入れて渡してきた。


母:「当日、これをそのお宅のお母さまに、

『お邪魔します。つまらないものですが。』って渡しなさい。」


俺:「つまらないものを渡すって、大人としてどうなの?」

母:「謙遜とご挨拶文よ!

こちらで考えていいものを選んだとしても、

相手がどう受け取るかわからないでしょ。」

俺:「あー、ハードル下げておくって話ね!」

母:「なんか疲れるな…。

まあ、中学生ならそれくらいの挨拶はできるようにしておきなさい。」

俺:「わかったー。」


中を見ると、小魚入りミックスナッツの大袋と、いかそうめんが入っていた。

とりあえず部屋の机の上に置く。

ポケットの千円札も入れておいた。


三皿目を平らげ、ごちそうさまを言って皿をキッチンに下げ、

冷蔵庫から麦茶をコップに注いで自分の部屋へ向かった。


まずは…宿題だ。


漢字ノートと英単語リスト、数学の問題集2ページ。

勉強というより、ほぼ作業で片付ける。


そして部活の方の宿題、というより活動か。


いつもなら放課後から6時半まで、約2〜3時間を使うところだけど、

ほぼ課題で費やしている。


学校のタブレットPCを立ち上げ、

吹部roomに上がっている演奏動画を再生した。


指揮は1年生から始まっている。


俺の音はほとんどない…。

出したかと思えば全く外れている…。


…聞きたくない。

無理だ。


ちょっと飛ばして、俺の様子は映っているんだろうか?


合わせてみると…情けない姿が…。途中で切れてるけど。


見なかったことにする。


黒沢は?いつもの女子2人は?

あったあった。

3人とも最初から最後まで4拍子をきっちり振っていた。


…できるじゃん。


その後は確かに、人間メトロノームになっている人が何人も。

立ち尽くして、ただ指揮棒を縦横に振っているだけの人もいた。


俺にしてみれば、最後まで指揮台に立てるだけで凄いことだ。


俺は改めてお豆腐メンタルをどうにかしないとな、と思った。


後半、すばる先輩が入ってきたあたりから、ホルンは少しずつ変わり始めた。


音が入ると違うのね。当たり前なんだろうけど。


お手本の演奏とは程遠いが、それでも「お?!」と思った。


俺があまり音を出せず、実質すばる先輩と絵馬先輩が音を出しているだけで十分なのではないかと思ったのだ。


これ、どれか1曲でも聞いたら精神えぐられる…

自分の駄目さで潰れてしまう。


ほぼ自分らの演奏は聞かないことにして、

お手本の演奏とスコアを見ながら、他のパートの演奏を聞くことにした。

まずは課題曲だ。


一番上のフルートを聞いてみるか。


再生。


頭は同じ演奏をしていたのか…全く聞いていなかったし気付かなかった。

でも譜面に書かれている音は違うのに、何で同じ音なんだ?

どういうこと?


と思ったら、どこを演奏しているのかわからなくなり、ホルンのところを見てヒントを探し、

見つけたところで指先を確認しながらフルートのところへ戻る。


「tr~」の記号で音が揺れているのはなんだ?


一時停止して少し戻してみると、指を細かく動かしているのが見えた。


薬指であんなに細かく動かすとか、いろいろ腕の筋が炎症を起こしそうだ。


言い方に問題あるかもしれないけど、あれ、軽く鉄パイプだよな?

鉄パイプを親指だけで支えて、息を吹き込み、薬指をこれだけの速度で動かすって…。

絶対、敵に回しちゃいけない人だ。

すごく音も演奏姿も優雅に見えるけど、強い人なんだろう。


と思ったら、またどこを演奏しているかわからなくなり、ホルンのところを見てヒントを探し、

見つけたところで指先確認でフルートのところへ戻る。2回目。


16分音符の細かい音が連続している。


もうどこの音をどう出しているのか理解できなくなった…。


ピッコロもあるけど、とりあえず次はクラリネット行ってみようか。


クラリネットって1st、2nd、3rdで譜面が全く違う感じがするけど…。

1st、2ndは似ているけど、3rdは少し違うような?

BassClって何?

全然違うみたいだけど…。


これか!

内田先生が言ってた、パートごとじゃなくて、

そのポジションで聞いてこいっていうのは…

ようやくわかったけど、わからないことがわかっただけで、大した進歩ではない。


むしろ絶望に近い。


開始5分程度、1つのパートでいきなり詰んだ感じがする…。


麦茶を飲んで、一旦ベッドに転がる。


まじかあ。

これ、全ポジション聞いて、その後自由曲聞くのかぁ?


頭がついていかない…。


そのまま知らないうちに寝て、朝になる。



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