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拓海のホルン  作者: 鈴木貴
第3章 吹奏楽部員として
70/132

70.譜面に書かれていないもの

二酸化炭素濃度が正常に戻ったのを察したかのように、

内田先生が音楽室に戻ってきた。


「続き」

と言うと、3年の先輩が前に出て行った。


すばる先輩は楽器を椅子の上に置き、

PCとカメラを操作している駒井先輩のそばに行って座った。


ホルンは絵馬先輩と俺の二人だけ。


絵馬先輩の

「やるよ、たくみん。」

の声に、俺は「はい!」と答えた。


昨日に比べて、絵馬先輩についていけるようになった気がする。

意図しているタイミング、構え、ブレス、音の切り方、

メロディや対旋律のニュアンスなど、

すべて絵馬先輩が意思を持って音を出している。

俺はそれにできるだけ合わせるようにしている。


それと指揮。


指揮に合わせるというのも、まだつかみ慣れない。


目が合えば、自分に振られているのだと自信を持って受け止められる。


だが、微妙な表現だと読み切れない時がある。


指揮には約束事や決まり、ルールがあるのだろうか?


もしあるなら、事前に教えてもらえないだろうか…。


1回目が終わって、俺は絵馬先輩に

「指揮って何か読み方とか考え方とかルールとかあります?」

と聞いたら、

「あんなん、ないよ。」

とあっさり答えられた。


「じゃあ、どうやって指揮を見て演奏するんすか?」


「フィーリング。」


「フィーリング…?」


「そう、フィーリングゥー!」

と言って絵馬先輩は笑顔で親指を立ててきた。


…えっ?

…何それ?


絵馬先輩はすぐに真顔に戻り、

「さっ、やるよ、たくみん。」


「はっ、はい!」


…今のは一体なんだったんだ?


船田先輩や山田先輩ほどではないが、3年生はみんな指揮ができる。


どうやってそんな風になったんだろう。


内田先生の合奏も、そんなに指揮を振っているわけじゃなかった。


見ていなかっただけか。

譜面にかじりついてばかりで、指揮について考えてもいなかったんだ。


---


何度やっても、ここは合わない、ここは出せない、ついていけていない、が多すぎて、

焦りと疲労でどんどんできなくなっていった。


無我夢中でやって、最後の先輩の指揮が終わると16時になっていた。


疲労困憊なのは俺だけじゃなく、

部員全員がそんな感じだった。


内田先生は言った。

「この後はミーティングをする。

楽器を片付けて、譜面だけ持ってくるように。

一通り、合奏で気付いたところを伝える。

休憩も兼ねて20分後に開始する。」


楽器の片付けでほぼ時間がかかるのに、休憩を兼ねる意味がわからない。


ホルンの全部の管のつば抜き、オイル差し、磨き終えたら、あっという間に10分経った。

譜面と鉛筆だけ持って席についた。


隣の絵馬先輩は

「やっぱりのぞみ先輩の音がないと困るんだよな…」

とぼやいていた。


本当にそうだ。


示してくれる人が急にいなくなると、気持ちが不安になる。


絵馬先輩が頼りないわけではない。


俺は嫌な予感がして、

「のぞみ先輩、いなくなったりしませんよね?」

と絵馬先輩に聞いた。


「…わかんない。」

と落ち込んでいた。


事情が重いのだろうか?

大人の事情に中学生は従わなければならないのか?

せめて、のぞみ先輩が高校生になるまでは親は待ってくれないのか?


寂しさと少しの苛立ちが混ざった。


何でのぞみ先輩がそんなことで振り回されなきゃならないんだろう?


疲れもあって、音楽室は静かだ。


ミーティングが始まった。

内田先生は少しキレ気味に言った。

「コンクールまで2週間ちょっとで、まだこの出来では金は取れない。

おのれら、もっと気持ちを前に向けることが必要だ。」


疲れているところに、そんな追い打ちはやめてくれ…。

もう限界超えてるんだけど。

2日続けて無茶振りだ。


内田先生は続けて言った。

「火曜は学校の電気設備点検、

水曜は職員会議が入っているため、

生徒は完全下校となる。

したがって学校での部活は休みだが、家でできることをしておくように。

学校で部活がないから、楽器がないからといって休みだと思うな。

コンクールまで部活はあると思え。」


…えぇ?

うまく言えないけど、違和感というか、言葉にできないモヤモヤがある。


内田先生のお説教は続いた。


「まず、お手本の合奏を聴いた後、今日のおのれらの合奏を後でPCで聴け。

先ほどの合奏の録音をアップしてある。

どこがどう違うか、自分たちで考えろ。

あと、お手本の音源を聴くときは他のパートになりきって聴くこともやっておけ。

例えば、1回目はフルート、2回目はクラリネット、3回目はサックス、

というように全パート聴いて頭に入れろ。

1st、2ndも細かく聴け。

これは楽器を持たなくても、音楽室に来なくてもできることだ。」


…ひぇぇぇぇ…。

宿題とか無視ですか?

寝る時間なくなるんですけど…。


「それができた前提で、

木曜からの練習は合奏をメインに音楽を作り込む。

聴いていない、覚えていないでは次に進められない。

全体の足を引っ張ることになるから、覚悟して時間を作れ。

一刻たりとも遊んでいる場合ではない!」


完全にキレてるじゃん…。

怖いよ。


「言いたいことは山ほどあるが、言っていたら明日になりそうだからやめておく。

2日もある。自分たちで気付いて修正し、実行しろ。

あえて言うなら…音色のバリエーションをつけてほしい。」


…音色?

そんなのできたら苦労しないよ。

無茶振りだよ、無茶苦茶。


「この譜面の音が光の音なのか影の音なのか。

喜怒哀楽のどの感情なのか。

それが全くわからない。

楽器に息を吹き込んで、指使いとアンブシャーでコントロールして音を出しているだけ。

だからおのれらの音は騒音でしかない。

音楽になっていない。」


…もう泣きそう…。


「せめて自分のパートを歌えるようにしろ。

そして全パートも歌えるように。

1st、2ndも細かく歌えるように。

自分のパートが歌えないのに楽器だけ歌わせるのは、どれだけ楽器に失礼か。

自分の歌いたい気持ちを楽器に伝える努力をしろ。」


…意味不明。

楽器に気持ちを伝えるって何?

告白しろってこと?

それが失礼ってどういうこと?

本当に何言ってるの?


「あるいは気持ちを作る努力をしろ。

譜面にある気持ちは何か?自分に置き換えたら?

それを感じた状態で音を出しているか?」


…ああ、感情解放のやつか。


「もう一度考えて、譜面に書き込んでおけ。

以上!帰りのミーティングは山田。」


部員は「はい」と返事をして、

山田先輩が前に出て連絡事項を伝えた。


「木曜はいつもの時間に練習開始です。

変更があれば吹部roomで連絡します。

朝と18時には確認をお願いします。

以上です。」


その後、「ありがとうございました」の挨拶で部活は終わった。


長かった…。


そしてしんどかった…。


俺は楽譜のファイルをバッグに入れた。


もう帰ろう…。

しんどい、まじでしんどい。


帰り道の記憶はほとんどない。

色々ありすぎて、限界を超えていた。


帰ってすぐ寝た。



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