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拓海のホルン  作者: 鈴木貴
第3章 吹奏楽部員として
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68.バカばっかりの吹部


音出しのあと、チューニングをしていると、左側から白川先輩とすばる先輩の話し声が聞こえてきた。


白川先輩はサックスのマウスピースのねじを回しながら、ぼやいていた。


「またリード割れた……。最近リード、めちゃくちゃ高くなってるんすよ。しかもソプラノとアルト、両方使ってるから、出費も倍。しかも当たり外れあるし、育てなきゃならんし……やっと育ったと思ったら割れるし……。コンクール前で、マジ泣きそう」


それを聞いたすばる先輩が、PCやカメラをセッティングしていたOBの駒井先輩に声をかけた。


「駒井ー、白川がリードなくて困ってる。余ってるのあったら、渡してやってくれないか?」


駒井先輩は軽く振り返って言った。


「サックス棚の奥に、楽器屋のポリ袋に入ったままのがあるはず。なかったらごめん」


「ありがとうございます!」


白川先輩は嬉しそうに準備室へ走っていき、数分後、満面の笑みで戻ってきた。


「ありました〜! ありがとうございます〜!」


その瞬間、駒井先輩が手を出して言った。


「一万円な」


「えーっ!? 金取るんすか?」


「買ったの俺だから。すばる先輩は“渡してやれ”とは言ったけど、“金は取るな”とは言ってない」


「えーっ、かわいい後輩が困ってるんですよぉ〜」


白川先輩は裏声で高く叫びながら、内股になって昭和のぶりっ子ポーズでウインクをした。


それを見た駒井先輩は、顔を引きつらせながら言った。


「わかった、やめろ。気持ち悪い。リードはやるから」


「ありがとうございまぁ〜す♡」


ぶりっ子のまま頭を下げる白川先輩に、駒井先輩は言った。


「昼飯吐きそうになるから、お願い、戻って」


「うす! 先輩、助かります!」


元の口調に戻って敬礼する白川先輩。


その様子を見て、すばる先輩が笑いながら言った。


「駒井、白川。うちのたくみ君がドン引きしてるよ」


俺は思わず背筋を伸ばした。


「あ! 引いてません! 大丈夫です!」


すると白川先輩がニヤニヤしながら言った。


「鈴木もそのうち慣れますよ。“あ、吹部ってバカばっかりじゃん”って気づきますから」


「言っとくけど、頭とか成績の話じゃないよ」と、すばる先輩が続ける。「性格というか、素の状態の話ね」


「だ、大丈夫です。わかります」


そう答えて、俺は再びチューナーに目を落とし、チューニングを続けた。


白川先輩のこと、もっと怖い人かと思ってた。

……色々、誤解してたかもしれない。


するとすばる先輩が、俺と絵馬先輩に声をかけてきた。


「ちょっといい?」


俺たちが顔を上げると、すばる先輩は少し声をひそめて続けた。


「さっき絵馬ちゃんは、“のぞみ先輩が戻ってくる前提”で練習してたけど、万が一のことも考えて、午後は1stを練習しておいたほうがいいと思うんだ」


「わかりました。昨日の時点で、ホルンで全パート吹いてみました」


「え? どういうこと?」


「去年のコンクールで、突然ホルンがトランペットのパートを吹いたり、ユーフォと一緒に同じメロディをやれって言われたことがあって。

だから、今年も何かあるかもって思って、先に全部さらっておいたんです。

完璧じゃないし、読み替えが怪しいところもあるんですけど……」


すばる先輩はしばらく黙ってから、ぽつりと言った。


「……すごいね。たった一年で、そこまでやれるようになるんだね」


「夏コン、新人戦、定演、その他いろんな演奏会がありましたから。

あと……後輩が入ってくると、変わりますよね」


そう言って、絵馬先輩が俺を見た。


「……それもあるかもね。あらためて、たくみ君、ありがとう」


すばる先輩が俺に頭を下げてきたので、慌ててしまう。


「い、いや! そんな、大したことじゃ……!」


そのとき、音楽室の扉が開いた。


内田先生が戻ってきたのだ。


部員たちが「お願いします!」と声をそろえる。


先生は言った。


「続きをやる。換気のタイミングで休憩を取る。

換気計の数値が正常に戻り次第、合奏に入る」


今日の合奏は、3年生9人が順番に指揮を振る。

一人約15分として――135分、約2時間半だ。


トップバッターは田中先輩だった。


田中先輩の指揮は、いつもの優しい空気そのままだ。

むしろ余裕すら感じる。


指揮のブレスが深い。

吹いてるわけじゃないのに、まるでチューバを吹いてるときのようなアンブシュアと呼吸。

そのせいか、リズムが妙に安定して感じられる。


テンポの変わり目、リタルダンドのかけ方も的確だ。

振りが細かくて確実なので、とにかく安心できる。


……安心して音が出せる、って、こんなに楽なんだ。


もちろん、緊張感も大事だと分かっている。

でも、緊張しすぎて息が吸えなかったり、アンブシュアが崩れたりするよりは、よっぽどいい。


これが、内田先生になると話は別だ。


ちょっとでも音程がズレると、鬼のような目で睨まれる。

あの目、マジでピストルの弾が出てると思う。


でも、それが好成績を残してきた理由でもあるんだ。


緊張しながらも、何とか田中先輩の指揮で1曲通した。


これが本番だったら、終わってたかもしれない。

ていうか、本当に間に合うのか?

口、もうヘタってきた。まだ1人目なのに……。


続いて、山田先輩が指揮台に上がった。


全員と目を合わせる。その時間が長い。

緊張がじわじわ迫ってくる。


その顔は、いつもの部長の顔でもなく、演奏中の表情でもない。

無機質な――どこか、内田先生に似た表情だった。


そして、指揮棒を構える。

その構え方も、どこか先生に似ている。


テンポは速い。

ついていくだけで必死。音を抜いてしまった箇所もあった。


一瞬目が合ったとき、ビリッとくるような鋭さを感じた。


怖い……。


課題曲から自由曲へ切り替える間も、棒を構えるのが早かった。


でも、振り始めるまでに少し時間がかかった。


睨むように視線を巡らせているようだった。


メインメロディは指揮棒と体で、リズムや対旋律は左手で示している――そんな感じがした。


自分の演奏する箇所で、山田先輩の合図が必ず出ているのを感じる。


山田先輩を見ることで、聞こえないパートが何をしているかも、なんとなくわかる気がした。


指揮者って、そういう役割なんだろうか。


「指揮者って、何のためにいるんだろう」とずっと思ってたけど、昨日今日で少しわかってきた気がする。


簡単なことじゃない。

あの指揮台は、晒される場所だ。


前には奏者、後ろには観客。

両方に責任を負う。


演奏をまとめ、観客に届ける役割。


コンクールなら、さらに審査員もいる。


自分が指揮台に立ったとき、体調不良もあったけど、無意識に「そんなことできるわけないじゃん!」と泣いていた気がする。


四方八方から見られ、聴かれる。

責任はすべて自分にかかる。


内田先生だけじゃなく、他校の顧問もすごい人たちなんだと思った。


次の指揮は、コンマスの船田先輩。


内田先生とはまた違った緊張感が漂う。


内田先生が雷のような恐怖なら、船田先輩は冷たい吹雪のようだ。


間違えると、冷たく突き放されそうな緊張感。


期待に応えると頷く。

音程が合わなければ、細めた目が冷たくなる。


怖い……。

普段は優しい先輩が、指揮台に立つとこんなにも違うのか。


指揮台も怖いけど、先輩たちも怖い。


息も浅くしか吸えず、緊張で音は揺れる。


あの優しい先輩たちは仮面をかぶってるのか?


息苦しくなったところで、二酸化炭素濃度アラームが鳴った。


駒井先輩がアラーム音を止める。


自由曲が終わり、船田先輩が指揮台を降りたところで、内田先生が言った。


「休憩。窓全開」


部員たちは一斉に窓を開け、休憩に入った。


苦しかったのは、緊張と酸素不足だったのか。


船田先輩のせいにして、ごめんなさい。


心の中でそっと謝った。

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