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拓海のホルン  作者: 鈴木貴
第3章 吹奏楽部員として
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66.ホルン三重奏、欠けたままで

全体でのスケール練習が終わっても、

内田先生が音楽室に入ってくる気配はなかった。


山田先輩が「ちょっと呼んできます」と言って音楽室を出て行った。

俺は気になって、その後を追った。


「山田先輩!」


呼び止めると、山田先輩は立ち止まり、振り返った。


「どうしたの?」

不思議そうにこちらを見る。


「もしかしたら、内田先生、のぞみ先輩のことで動いているかもしれません。」


「どういうこと?」


「俺、絵馬先輩から事情を聞いたんです。

のぞみ先輩は自分の口から話したいって思ってるみたいで、

たぶん山田先輩にはそのうち話すつもりだったんじゃないかと…。

でも、俺じゃ助けられないと思ったし、大人の手が必要だと感じたから、

内田先生に話しました。そしたら、急いで対応するって言ってたんです。」


「……うーん。なるほど。

のぞみちゃんは、まずホルンパートに話して、

そのあとで私に伝える予定だったのかもしれないね?」


「たぶん、そうだと思います。

でも、その前に体調崩してお休みされたみたいで…。」


それ以上、どこまで伝えるべきか悩んだ。


「わかった。ありがとう。

内田先生にはこのことは触れずに、練習のことだけ確認してくるね。

音楽室で待ってて。」


「はい。」


山田先輩は職員室へ向かい、俺は音楽室に戻った。


音楽室では、みんながそれぞれに個人練習やパートごとの練習をしていた。

いろんな音が混ざって聞こえる。


改めて見ると、本当にいろんな人がいる。

いろんな楽器があって、それぞれの音がある。

それらを一つに合わせていくのが合奏なんだな、としみじみ感じた。


ふと、思った。

ホルン、人数少ないな。

どうしてもう一人くらい、ホルンを選んだ人がいなかったんだろう。

たぶん、「なんとなく」で吹奏楽部に入った人もいると思うけど、

そういう人がホルンを選んでいても良かったのに。


そんなことを考えながら、楽器を構えて、

まだ覚えきれていない譜面や、できない部分を軽く音出ししてみた。


不思議なことに、昨日より「できてる気」がしていた。


一晩寝たからかな。


そういえば、サッカーの時もそうだった。

練習した日はうまくいかなくても、次の日にはなぜかできたりすることがあった。

あれと同じなのかもしれない。


音も、昨日より出しやすい気がした。


「練習は裏切らない」って、楽器でも同じなんだな。

もちろん限界はあるだろうけど。


昨日切った唇も、まだ少し痛いけど、回復してきてる。


でも、絵馬先輩と俺だけじゃ不安だ。

絵馬先輩が頼りないわけじゃない。ただ、人数が少なすぎる。


実質、ホルンは絵馬先輩ひとり。

俺はまだ吹けるところだけしか吹けていない。

本当は全部吹けなきゃいけないのに、どこまでできるようになるだろうか。


こういう悩みって、いつか消えるのかな――

そんなことを考えながら、音を出し続けた。


しばらくして、内田先生と、昨日のOBであるすばる先輩と駒井先輩が音楽室に入ってきた。


内田先生はいつも通りの表情で、


「これから昨日の続きとして、3年生の指揮で合奏を行う。3年生は前に出てくれ。」


と言いながら、くじを引かせて順番をホワイトボードに記入していく。


一方で、すばる先輩と駒井先輩は、昨日と同じようにカメラとPCのセッティングをしていた。


そのカメラ、よく見ると「内田」と名前のシールが貼ってある。

内田先生の私物なんだろうか。


そういえば、スマホで録ってる時に着信があったらどうするんだろう。

最初からカメラを使えばよかったのに、と思ったが――まあ、別にいいか。


セッティングが終わった後、すばる先輩が俺たちに近づいてきた。


「たくみ君、絵馬ちゃん。昨日は色々とごめん。

僕の配慮が足りなくて、問題を大きくしてしまったよね。」


絵馬先輩は、


「いえ、すばる先輩が謝ることではありません。

おっしゃっていたことは当然ですし、

あとは内田先生にお任せして、私たちは私たちにできることをやるだけです。」


と、しっかりした口調で答えた。


「俺も、同じ気持ちです。」


俺がそう言うと、すばる先輩は小さくうなずいて、


「ありがとう。のぞみちゃんにも今度、謝らないとな……

きつい言い方をしちゃったんだ。」


と、少し声を落として言った。


知らなかったんだから、仕方ないと思う。

すばる先輩は続けて尋ねてきた。


「今日さ、助っ人で入った方がいい? それとも、いない方がいい?」


俺と絵馬先輩は顔を見合わせ、「うーん…」と悩んだ。


のぞみ先輩が1stを吹く前提で練習している。

だから今日は、その代わりとしてすばる先輩に演奏してもらうことで、

本番に向けた練習になる。


でも、もしのぞみ先輩が出られなかったら――

そのときはどうなる? ホルンの1stなしで演奏なんて…あり得るのか?

絵馬先輩が1stを吹くことになるのか?


絵馬先輩が口を開いた。


「すばる先輩、助っ人お願いできますか?

色々と備えておかないと不安で…。

私とたくみんは、のぞみ先輩と一緒にコンクールに出る前提で練習するつもりです。

内田先生にのぞみ先輩のことをお願いしたので、

今後、先生から変更の指示があれば、その都度対応していきます。」


「OK。」


すばる先輩はそう言って、音楽準備室からホルンを持ち出し、1stの位置に座った。


今日も、長い一日が始まる――。


---


1人目の3年生の先輩が、指揮台に立った。


なんとなくだけど、昨日より少し余裕がある気がする。

周りの部員たちも、指揮を執る3年生たちも。


慣れのせいかもしれない。


それに加えて――やっぱり3年生の指揮は、分かりやすい。


出るタイミング、クレッシェンドやデクレッシェンドのニュアンス。

譜面を見ているかのように伝わってくる。


特に、サックスの白川先輩の指揮はすごかった。


指揮棒だけじゃない。手、目、表情、肩、ひじ、足までも使って合図を出してくる。

まるでダンスをしているようだった。


「一緒に来い!」と体で語っているようで、自然と引き込まれていく。


気がつけば、部員たちも体を揺らして指揮に応えていた。


楽しい。

思わず、指揮に見入ってしまう。


他の先輩たちの指揮も、それぞれに個性があって、

どうしてほしいかがしっかり伝わってくる。


かっこいいなと思った。


2年の差って、大きい。


3年生になったとき、自分もこんなふうになれるのだろうか。


いまは、ついていくだけで精一杯だ。

あの指揮台に立つなんて――俺には、まだトラウマでしかない。


5回の合奏を通したところで、昼休みになった。

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