表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
拓海のホルン  作者: 鈴木貴
第3章 吹奏楽部員として
54/132

54.衝突する意志—求められる「何か」

ep.51/51.立っていられないほどの緊張 の続き


指揮練の終わりと、重い空気

残りの一年生二名の指揮練が終わった。


課題曲を二回。


色々と弱っているうえに、技術も未熟なため、ほとんど演奏できなかった。


まだ11時過ぎだったが、内田先生は言った。


「お昼休憩とする。始めるのは13時から。

次は2年生からだ。途中休憩や換気を挟むが、今日は一日これをやる。

18時まで続ける。」


返事も聞かず、音楽室を出ていった。


ホルンOBのすばる先輩と、サックスOBの駒井先輩が近づいてきた。


すばる先輩が提案する。


「ホルンのパート練習の部屋、さっきたくみ君と休憩してたときにエアコンを入れたから、まだ涼しいはずなんだ。

そこでホルンとサックスのメンバーで昼食をとりながら話してみないか?

この後の指揮練では、課題曲と自由曲、両方通すでしょ?

一緒に演奏する部分について、午後の合奏前に解釈や表現をすり合わせたり、 ブレスをずらして取るなら、誰がどこで取るか細かい部分を詰めておくのもいいんじゃないか?

午後の指揮練は合奏練習でありながら、個人練習でもあると思ってやってみたらどうかな?」


すると、のぞみ先輩が言った。

「ホルンだけじゃダメなんですか?」


駒井先輩が少し冗談めかして返す。

「えー、俺がいるから?」


しかし、のぞみ先輩は真剣な表情で言った。

「どっちかっていうと、今日は白川と話すのはしんどい。」


その言葉を聞いた白川先輩は、無言のまま額に血管が浮き出ていた。

……白川先輩は、言い返すことすらしなくなったな……。


気を使ってくれているんだろうか。

居づらい。 やりづらい。

こんな空気の中にいるくらいなら、俺は1人で階段とかで食べたいんだけどな……。


午後は、できる限り音を出す。

それに、みんなの音を聴きながら、自分の音を出して混ざっていく感覚をつかむというのも、 考えてみれば贅沢な練習かもしれない。


この前みたいに先生のいる合奏で、 「1小節でみんなを待たせる」 なんてことはないから、気楽っちゃ気楽だ。

できれば今日のうちに、なんとなくつかめたらいいな……。

そんな気持ちの変化が出てきたのが不思議だ。


食事をめぐる衝突。

すばる先輩が、やんわりと場をまとめようとする。


「まあまあ、ホルンとサックスはよく一緒に演奏するから、 昼食を共にするのも、コミュニケーションの一環としてありだと思ったんだけど……。」


しかし、のぞみ先輩はきっぱりと言い放った。

「ごはんぐらいは楽しく食べたいです。 ホルンパートだけで話をしたいです。」


いつも柔和なのぞみ先輩が、ここまで厳しい態度になってしまうとは……。

駒井先輩が切り込むように話し始めた。

「サックスパートだったから白川に味方してるって思われても仕方ないけど、言うわ。

せっかくホルンパートに入った後輩が、精神的に追い込まれてることに、そろそろ気づけ。

『自分ができるから、頑張ればできる』って押し付けるな。

頑張ることと、無理を飲ませることは違うだろ?」


のぞみ先輩は譲らなかった。

「最初から低めの天井を作ってしまうのは、成長を妨げると思うんです。」


ここから、駒井先輩とのぞみ先輩の言い合いが続いた。

「お前も分かんねーやつだな! 3年間続けているやつと、入って1か月そこそこのやつが、同じように吹ける譜面じゃねえだろ。

冷静になれよ。

頑張ってどうにかなるとか、個人の理想とかで金賞や全国は行けねえよ。

もし審査員のコメントに『ホルンパートのグズグズが気になりました』ってあったら、お前の責任だぞ。」


「分かってます。」


「いや、分かってねえ。」


「たくみんは、ホルンの音がきれいだって入部してくれました。 スタートラインのマウスピースを鳴らすことも、比較的スムーズにできました。

松下さんが指導してくれたおかげ、というのもありますが。

基礎練習も長時間集中して、唇が紫色に腫れ上がるくらいまでやっていますし、 指使いも頭に叩き込もうと努力しています。

毎日毎日、音が伸びやかになって、響くようになっていくのを感じています。

今回の自由曲の譜面は、とても素敵なメロディをホルンが与えられています。

ゆっくり練習を積み重ねれば、間に合います。

それを一緒にコンクールで演奏して、全国へ行きたい。

それは無茶でしょうか?」


「無茶だよ。あと1か月程度でできる譜面じゃない。」


「編曲はホルンの松下さんです。 松下さんは、最初にたくみんの指導をされています。

ホルンでは演奏不可能な楽譜ではありません。」


「自由曲が決まったのは、新入部員が入る前だろう。

一年初心者を巻き込むなら、できるところはやらせて、 できないところは演奏でも精神面でもフォローしていくのが先輩の役割だ。

少なくとも、うちの中学はな!」


割って入るように――

「3小節目から練習番号1まで、ホルン、サックスはカット。 その部分をオーボエに変更。 オーボエは午後の指揮練から、その形で演奏すること。」

内田先生の声だった。


いつの間に……。


それに、いきなりオーボエって……。

「えっ?」 という声が漏れたり、顔が青ざめたり、ショックを受けたり、凍りついたり――

それぞれのリアクションを、なぜか冷静に見ている自分がいた。


本音を言うと、俺はだいぶホッとしてしまった。


オーボエパートの人が、はっと気づいたように――

開きかけたお弁当を途中で置き、あわててスコアを見たり、

「コピー、パート譜!譜読み!

3人で同じメロディなんだな?

ホルンがF管でアルト(サックス)がE♭管? 何度変えればいいんだ?!完全5度?」


と、相当パニックになりながら、タスクを書き出していた。


「先生、すみません!

何度上げ下げしたらいいかわからないんですが、どうしたらいいですか!?」


と、オーボエ担当の先輩が尋ねると――

内田先生は、短く言った。

「原曲のスコアを見て。」


オーボエの先輩は、慌てて音楽準備室に入り、スコアを持ってくる。

「先生、コピーさせてください。

その後、切ってパート譜を作成するので、 それを再度コピーお願いします。」

「職員室へ行って、『内田の許可あり』と、 中にいる先生へ伝えて、許可を取ってからコピーする。」


「はい!」


そのまま、走って出ていった。


内田先生は、ホルンとサックスパートのところまで歩いてきた。


「議論も、パート練も、セクション練も、大いに結構。

だが、時間が限られている。

お前らで最適解を出せることを期待していたが、これ以上は待てない。

裏で喧嘩しようが、言い合いしようが、合奏がまとまっているならそれでいい。

だが、音楽はまとまらず、人間関係まで壊れるとなれば、話は別だ。

音楽全体にまで悪影響が広がる前に、手を打たせてもらう。

コンクールはな、曲は出来て当たり前。


それ以上の『何か』が、大きく評価されるんだ。

今のままだと、その『何か』が消える。」


……『何か』って何だろう?

今の空気では、とても聞けない。


この前の感情解放の「喜怒哀楽」ってことか?

ショックを受けている先輩たちの前では、聞けなかった。

すばる先輩なら答えを知っているだろうか?

顔を見ると、うーん……と腕を組んで考えている。


内田先生は、

「以上。」

とだけ言った。


そして、再度音楽室から出ていった。


白川先輩は、力なく言った。

「マジかよ……。」

サックスを膝に置き、うなだれる。


のぞみ先輩は、何も言わず音楽室から出ていった。

すばる先輩が、後から追っていく。


絵馬先輩の顔を見ると、呆然としていた。

「絵馬先輩、俺……」

思わず声をかけると、はっとした様子で――

「たくみんのせいではないよ。」

と言った。


俺、何も言ってないけど――

そういう言葉が欲しそうな顔をしてしまっていたんだろうか?


『何か』ってなんですか?

それは俺が吹けたら、出せるものだったんでしょうか?


考えても、わからない。

そして、音楽室の空気が重い。



「はーい、お弁当を少しは食べようねー!」

元コンマスのOG、宮田先輩が呼びかける。


「緊張して食べられない、吐いちゃうかも……。

そういう人もいるかもしれないから、無理には言わないけど。

でも、胃液が逆流して楽器に入ったら、楽器は終わるよ。

胃液は、食べて下に消化させること。

食べられるものでいいから、軽めのパンとかおにぎりとか。

それでも無理なら、ゼリーとかね。

お弁当は、自分で用意したり買ってきたりする人もいるかもしれないけど、 お父さんやお母さんが作ってくれた、買ってくれた、 用意するお金をくれたなら、それが愛情とかパワー。

そのパワーをイメージして、一緒に体に入れるんだよ。

そして、そのパワーを午後の音楽に込める。

イメージを音に乗せるってことかな。

はい、食べて食べて。 あと休憩して寝る!その後音出し!

オーボエはパート譜を準備して、譜読みしながら食べて。 その後は個人練、それから合奏!」



そう言うと、宮田先輩は続けた。

「駒井ー!全然成長してねえ!からあげ弁当な。」

そう言いながら、駅前のお弁当屋さんの袋を出す。


駒井先輩は、ため息をつきながら黙って受け取った。

宮田先輩がふと思い出したように言った。

「すばるの分は……冷蔵庫入れさせてもらうか。」


すると、駒井先輩が聞く。

「え、あいつの弁当何?」


「生姜焼きだって。私はカルビ焼肉。」


「え、そんな選択肢あったの?」


「内田先生、希望あるか?って聞いてたじゃん!覚えてないの?

『俺からあげー』って、バカの子みたいな返事で。 一口もやらないし、交換もしない。」


駒井先輩がぼやく。

「一切れ、くれよ。」


宮田先輩は、淡々と答える。

「そこまで仲良くはない。」


「三年間一緒で、冷たくね?」


「妥当だよ。何なら、お弁当受け取ってここまで持ってきたことに感謝しろって。」


「え?うっちーがUberしたんだろ?それを回してきただけじゃん?」


「お弁当いらないみたいだね。やった、唐揚げとカルビ焼肉。」


「ごめんて、ありがとうございます!宮田様。」


「わかった。次はないよ。色々と。」


宮田先輩の笑顔の後ろから、なんとなくゴゴゴゴ……という音が聞こえるのは気のせいだろうか?


なんとなく、お弁当を食べ始められるような空気になった。


肩をとんとんと叩かれた。


「よっ。」


振り向くと、久しぶりの黒沢だ。


「食おーぜ。」


「おう。」


午前中の吐き気が消え、空腹を感じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ