53.衝突後の後輩ご意見(拓海以外)
※ep.50/50.足りない実力と広がる焦燥感 の黒沢視点
帰りのミーティングのぎりぎりで音楽室に戻ってきた。
そこで、たくみんの目がうつろになっていることに気が付いた。
すぐにミーティングが始まったから黙っていたけれど、ちょっと気になる。
やっぱり合奏の集中砲火は、堪えたのだろうか?
1小節1時間、1つのパートだけで終わるとか、ザラだったりすること。
話してなかったしな……。
「1人ずつで」のえげつない緊張感とかね。
個人練もパート練もほとんどなくて、いきなり合奏。 しかもコンクール曲。
そりゃ、ああなるな。
俺も入ったばかりの頃、運動会での演奏―― いきなりファンファーレの部分で戸惑ったし。
開会式演奏の運動会メドレー。
「タマシイレボリューション」→「ウルトラソウル」→「全力少年」
ついていくのが精一杯だった。
あれで少しは慣れた部分もあったけど……。
今だって自信はない。不安と必死の連続だ。
ちょっと話しながら帰ろうか。
共有したら、楽になるかもしれないし。
いつもの女子二人には、離れてもらおう。
そんなことを考えていたら、ミーティングの内容を丸ごと聞き逃していた。
あとでたくみんと話したときに聞けばいいか。
ミーティングの終わりの挨拶をした後――
たくみんのそばに行こうとした瞬間、
たくみんは音楽室の後ろのドアから、びゅっと走り去った。
え?
……なんか、重症か?
すると、後ろのほうで――
高橋のぞみ先輩と白川先輩が話をしているのが聞こえた。
「……たくみん……どうしよう……。」
「あれは、心折れてる……。」
気になって、近づいて聞いた。
「なんか、あったんすか?」
「黒沢君……。」
「あー、くろ!ちょっと鈴木のことでさ……。」
合奏中に指摘された、ホルンとサックスのTutti。
その練習方針について、本人の目の前で揉めたことを黒沢に話した。
黒沢は、あちゃ~……と声を出した後――
「なんつー、気の毒なことを……。
「せんぱーい、1年の立場からするとー……。
やる気なくなるし、合奏が恐怖になるし……。
『あー俺、邪魔してんだな……。足引っ張ってる……。でもできないし……。』
って思っちゃうし。
顔合わせるのが嫌になったんだと思います。
自分、「後輩」ってこと一旦置いてから言いますね。
(真剣な顔と低い声で)『マジで配慮して。』
(の後、笑顔とおちゃらけ顔で)って思いましたわ。」
のぞみ先輩と白川先輩は、たくみんと同じようなどんよりした顔になった。
「だよね……。」
二人はさらに落ち込む。
途中から、山田先輩が入ってきた。
「なんか、あったの?」
黒沢が、ざっくり説明すると、山田先輩が静かに言った。
「どっちも正解なんだよな……きっと。
ただ、内田先生がどう判断するか?っていう肝心なところ、抜けてない?」
すると、白川先輩が少し気弱な口調で
「次の先生の合奏までに何とか固める手段として――
現状と、金賞の後の全国大会を見据えての戦略のつもりだったんだけどな……。
都大会に間に合わなくても、全国大会の時には吹けるようになってるだろうから――
それまで、高橋と藤村(絵馬)で装飾音符をフォローすればいいんじゃないかって……。
俺も鈴木はできるって思ってるよ。
体験で、ホルンのマウスピース鳴らすやつなんて、そういないって思ってたからな。」
と、一気に話した。
「おのれら!いつまで音楽室にいるんだ。とっとと帰れ!」
後ろから、若干キレ気味の内田先生の声が響いた。
黙り込んだ四人が、じっと先生を見た。
「ほら、早く帰れ!もう完全下校時刻だろうが!」
と言う先生に向かって、黒沢が本日二度目の説明をした。
内田先生は腕を組み、少し黙って考え込んだ後
「この件は私が預かる。さっさと帰れ。
明日も練習あるからな。」
と言って、音楽室の戸を開け、部員に出るよう促した。
山田先輩から音楽室の鍵を受け取り、内田先生は鍵をかけて職員室へ向かった。
下駄箱で靴を履き替え、黒沢、白川、山田、高橋の4人は、 なんとなく無言のまま歩き始めた。
「明日、たくみん来るよね……?」
高橋が不安そうに問いかける。
「来るとは思いますけど……相当ストレスですよ。」
黒沢は冷静に答えた。
「だよなぁ……ちょっとしくじったな……。」
白川は、少し悔しそうにため息をつく。
山田が提案する。
「何もなかったように、普通に振る舞えばいいんじゃない?
明日はパート練もないし、ただひたすら合奏。
先生に注意されるようなこともないから、実質、全員でやる個人練みたいなものだし。
スタミナをつける目的のトレーニングみたいなもんだからさ。
ちょっと時間を置けば、落ち着くかもしれないし。」
白川がふと思い出すように言った。
「鈴木、不登校だったんだろ?
多分、めっちゃメンタル繊細なやつだと思うんだよな……。
大丈夫かなぁ……。」
4人は、それぞれ考え込んだまま、黙って歩く。
そのうち分かれ道になり、4人はそれぞれの家の方面へ歩いていった。
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山田りなの家。
手を洗い、リビングへ向かう。
ご飯とお味噌汁、おかずは母が作り置きしているタッパーに入っているものを、 適当に皿に出して食事をする。
共働きのため、両親の帰宅は大体19時から21時くらい。 遅いときは夜中になることもある。
その間に食事を済ませ、自分の分だけ食器を洗い、 お風呂に入って勉強し、寝る――これがいつものルーティンだ。
食事をしながら、りなは考える。
内田先生は「預かる」って言ってたけど……どうするのかな?
鈴木君に、明日どう声をかければいいんだろう?
「頑張れ」じゃ、追い詰めるだろうし。
てか、追い込まれてるような状況だったって聞いたしな……。
うーん……。
そこへ、兄が帰宅した。
「りな、明日、俺、吹部に行くから。」
「さっき内田先生から電話があったんだけど、 ホルンに入った男の子がちょっとピンチだから、来れないか?って。」
「ちょうど、明日のバイトは他の人がいるから抜けられそうだし。」
「まじ?兄ちゃん神。 てか、考えながら食べてたら全く味しなくてさ。」
「前に話してた、途中入部の男の子だよね?
サッカー部にいたけど、不登校からの吹部でホルンっていう。
ホルンとサックスで揉めたから、駒井君も呼んだって。」
「駒井先輩は……正直どうなんだ?」
「まあまあ、ホルンのOBだけの圧で、 サックス押しちゃうと白川君がかわいそうじゃん。」
「駒井先輩も、なかなかの圧あるしな。 そういうことね。」
「駒井君にも、ざっくりと内田先生から話が行ったみたいだから、 話をするときに同席すれば、圧が公平になるじゃん。」
「そういうことね。ちょっと助かった。
あ、味がしてきた。兄ちゃん、ありがとう。明日よろしくね。」
「うん、やれるだけのことはしてみるよ。」
りなは、ようやく頭から部活のことを切り離すことができた。
お風呂に入り、宿題をして、安心して眠りについた。
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PVもいきなり増えて驚いております。
決して上手な文章ではないことを自覚しております。
それでも気にかけてくれる方がいてくれて、嬉しく思います。
いつか登場人物の音が、音楽が伝えられる機会があるといいなあと夢見てます。
もうすぐ、コンクールの順番の抽選会ですね。ドキドキ…。