52.すばる先輩の教えと支え
ちょっと吐いて、楽になった。
朝ごはんはいつもと同じ、 ご飯と味噌汁、弁当の残りの卵焼き……。
多分、原因は朝食ではない。
尋常じゃない緊張感。
こんなことは、今まで一度もなかった。
小学校の演劇や音楽会でも、緊張しなかった。
大きな試合のときも、こんなことにはならなかった。
手を洗って、トイレから出ると、さっきのOBの先輩……。
山田先輩のお兄さん。
元ホルンで、頭のいい山田先輩……。
先輩は俺の顔を見て言った。
「大丈夫じゃなさそうだね。顔に汗かいてる。ちょっと休もうか。」
そう言って、音楽室の上の階の教室に連れていってくれた。
山田(兄)先輩が電気とエアコンのスイッチを入れ、
「座ろう。」
と、声をかけてくれた。
俺は黙って、入口の一番近い席――廊下側、一番前の席に座った。
「はい。」
と、山田(兄)先輩が言って、水のペットボトルをくれた。
「ありがとうございます。」
と、受け取った。
「たくみ君だね。りな……妹から聞いてる。 あの部長の、山田りなね。
ホルン担当になってくれたんだね。ありがとう。」
「あ……いえ……。」
緊張して、うまく答えられなかった。
「水、ゆっくり飲んでね。ハードでしょ?吹奏楽部って。
しかも最近、コンクールに向けて無茶ぶりもあれば、 感情解放レッスンとか、いろんなことがまとめて起こって、 変化が大きかったから……。
疲れもあるだろうし、 いきなり指揮をやれって言われても……。
っていう気持ちだったかな?」
「はい……ほぼそれです。
あんなにみんなが見てくる……。 指揮だから当たり前だって、わかっているんです。
でも、緊張がこんなにあるなんて思ってなかった。
先輩方は、みんな経験してきているんですよね?」
そう聞くと、山田(兄)先輩は少し考えて言った。
「そうだね。でも1年生がやるっていうのは、今年初めての試みかな。
今までは2、3年生がやっていたんだ。
順番は、まず3年生が指揮をやる。 その後、2年生がやる。
『一年生は、来年からこういうのをやるから、心の準備をしておくんだよ』
そうやって、1年生の心の準備期間があったんだ。
それでも、途中で泣きながら振ってた人もいたし、 顔を合わせられなくなって、天井を見ながら指揮してた人もいたよ。
コンクールが終わって、打ち上げのとき、本番の映像を見た後、 指揮練習の映像を上映したんだけど……。
もうみんな、笑っちゃうんだよね。
『必死だったよねー』 って。」
「え……あとからそんなことするんですか?
追い詰められるんですけど……。」
「逆だよ。開放感があって、すっきりするから大丈夫。」
「だといいんですけど……。」
「そういえば、たくみ君。ホルンパートが名前呼びなのは、僕が原因だったんだ。」
俺は少し驚いた顔をした。
「え、そうなんですか?」
「うん。妹も吹奏楽部だからね。
『山田』って言われると、僕なのか妹なのか分からなくなるんだ。
だから、後輩たちに名前で呼んでって言ったの。
妹は『りな』で、僕は『すばる』って呼んでもらうことで、区別しやすくなるでしょ?」
「そういうことだったんですね……。
最初はすっごい恥ずかしいと思ってたんですけど、理由があったんですね。
理解しました、納得です。
これからは先輩の名前呼び、恥ずかしくなくなりました。
合理的だったんですね。」
「うん、そうなんだ。彼女たち、理由を説明してなかったか……。」
「いえ、大丈夫です。」
「あとね、いじめって先生に相談するのももちろんだけど、 学級委員とか部長とか、とりあえず『長』がつく生徒に相談するのも手だよ。」
「え?」
俺は少し驚いた。
「僕、小学校の時、背が低くて、ひ弱だったからね。
体が大きい子によく高圧的に従わされてたんだよね。
いわゆるカースト上位の子たち。 小学校ですでに、そういうのがあってさ。
先生や親に言っても、なかなか解決できなくてね。
だから、今度は僕がカーストの上に行こうって思ったんだ。
それで、生徒会長に立候補して、 『いじめを見逃さない体制を、生徒の手で作りたい』って伝えたんだよ。
そしたら票が集まって、生徒会長になれたんだ。」
「え!マジですか?」
「うん。カースト上位のやつと、小学校も中学も同じだったからね。
中学に入って生徒会をやろうと思って、 票を集めるために1年生のときから生徒会に入っていたの。
勉強と部活で実績を作って、色んな人の話を聞くようにしてた。
演説で訴えるより、普段の行動のほうが票につながるんだよね。」
穏やかに、にこにこと話をしている。
「生徒会長になってから、一番最初に取り組んだのは、 各クラスの学級委員、生活委員、その他の委員長、部活の部長たちを一同に集めて、いじめや、それにつながる雰囲気について調査してもらった。
その後、要因を潰し、連携を取る。
先生に報告し、必要があれば親にも報告。 先生に介入してもらう。
そういう体制作りをしたんだ。
りなに聞いたら、今もその活動は続いているけど、 一部が暴走していて、生徒だけで対応できなくなり、先生に頼ることになったらしい。
いじめの該当者が部長にいたこともあって、 先生がかなり深く介入する事態になったみたいだ。」
色んなことがつながった。
不登校明け、やたら黒沢が絡んできたこと。
山田先輩と黒沢が妙に連携していること。
北野先輩に対する先生の配慮。
この目の前のOBの先輩が作ったことなんだ……。
尊敬……。
「あ、そんなにじっと見られると照れるわ。」
はっと気づくと、話を聞いて考えている間、ずっと先輩の顔を見ていた。
「ちょっと、色々びっくりして……。
いじめられてたんだ、ってみんなが見てると思うと、 なんか、いたたまれない……。」
「気持ちはそうなっちゃうよね。
ただ、いじめられる方に原因を押し付けるんじゃなくて、 いじめる方の認識を変えさせるように持っていくことをしたかったんだ。
途中で任期が終わったから、引き継がれたと思っていたんだけど……。
人が変わるとなかなか、うまく引き継ぎができないこともあるんだよね。
他の問題が起これば、それを解決できる人や、 新しいことを提案する人が生徒会に入るから、 そっちに労力が注がれることになる。
ただ、学級委員、部長、各委員の委員長が、 いじめの見張りと報告をする仕組みは今も続いているみたいだ。
それだけでも、続いていて良かったと思ってたけど……。
たくみ君、結構メンタルに来てたんじゃない?」
「……自分では立ち直ったと思ったんですけど……。」
「気が向いたら、スクールカウンセラーに話を聞いてもらって、 気持ちを整理するといいよ。
普通に精神科とかを受診すると高いお金がかかるけど、 公立の学校なら無料だし。
カウンセラーさんのお仕事にもつながるから、 恥ずかしいとか悪いとか思わずに、気負わず、 一度行ってみるといいかもしれないね。」
「……なんか、カウンセリングを受けよう、っていうところまでが遠い感じで……。」
「確かになぁ。
まあ、そんな手段が学校にはあるってことを、 頭の片隅に入れておくといいよ。」
「はい、ありがとうございます。
今、すばる先輩の話を聞いて思ったんですけど……。
もしかしたら、小学校で自分がカースト上で、 知らないうちに人を抑圧していたのかもしれなくて……。
自分が気づけなかっただけで。
アホだったし、サッカーのことしか考えてなかったし、 同じ友達とつるんでいたし……。
授業中も、あまり真面目に受けてなかったし……。」
「まあ、それがあったとしても、集団で一人を狙うってなったら、いじめだよね。 誰かをいじめた記憶はある?」
「よく、いじめた側は覚えてないって言うじゃないですか? 俺……覚えてないだけかもしれない。
仕返しされたのかな? ブーメランだったのかな?って思う時があるんです。」
「そうかもしれないけど、だったら……。
もう、たくみ君がたくみ君を許してあげていいんじゃないかな。」
「どういうことですか?」
「もし、誰かに『いじめられて辛かった』って言われたら……。
今のたくみ君なら、その辛さが分かるだろうから、謝罪するよね?」
「はい。」
「それで、相手が謝罪を受け入れるかどうかは、別の問題として考える。 そこから先は、相手の気持ち次第だと思って。
何か解決策を提案されて、それが可能なら応じればいいし、 あまりにも理不尽な要求なら、いろんな人に相談するんだよ。
先生、親、僕らみたいな先輩でもいい。
あとは、勇気を出して弁護士に相談するっていう手もあるからね。」
「えっ!?」
「ってなるよね。」
「自分が知らずにいじめをしてしまって、法律相談ですか?」
「こじれたら、最終的にそれも選択肢に入るってことだよ。」
「俺、サッカー部でレギュラーに慣れたんですけど、それで調子乗っちゃって……。
怪我してレギュラーから外れて、 小学校からの親友がそのポジションに入ったんです。
その後、LINEで『お前の態度がなってなかった』的な指摘がたくさんきて、 気づいたらグループLINEから外されてました。
次の日には、そのグループごと消えてて……。
誰に何をどう言っていいかわからなかったんですよね。」
「今、言えたじゃん。」
「あ、それは時間が経ったのと、先に先生とか親とかが動いてくれて……。」
「結構、大型案件だったな……それは。
多分、たくみ君が悪いわけじゃなさそうだ。
おそらくだけど、僻みや妬みの部類かな。」
「え?すぐ怪我して、すぐレギュラー外れたんですよ?」
「あんまり関係ないかな。
きっと、たくみ君の存在感がピカピカしていて、 勝手に『負けた』って卑屈になるやつらだったんだよ。」
「仲良かったんですけどね……。」
「今のたくみ君は、吹奏楽部で初めてのことばかりだし、 いろんなことを飲み込む過程で、いっぱいいっぱいになってるよね。
多分これは僕の予想だけど、 サッカーのときもサッカーのことに夢中になって、 いっぱいいっぱいだったでしょ?」
「はい。」
「夢中になって何かに取り組める、そういう子はね……光るんだよ。」
「光る……。」
「光と影はセットだから、たくみ君が光ると影もできる。
光れば光るほど、影は濃く大きくなる。 影が僻みや妬みだと思っていればいい。
たくみ君の心から生まれた闇じゃなくて、良かったよ。 周りが勝手に影になっちゃったんだな。」
「そういうもんですか?」
「僕がそうだったから。」
「え?」
「カースト上位って、なんか力とか圧があるけど……。
それと同時に、自分にはない魅力があって、『勝てない』って思ったんだ。
それが僕の影。暗黒時代というか、黒歴史時代というか……。
だから、夢中で勉強に力を注いだんだよ。
そのうち、生徒会長になれたぐらいだから、 自分の妬みや嫉みを超えられたのかなって思う。」
「全然そんなふうに見えないっすけど。」
「すごく醜いやつだったんだよ。
まだ気が付いていない醜い自分と、 これからもしかしたら出会うのかもしれないなぁ……。
そしたら、どうしようかな。」
そう言って、先輩は笑っていた。
「なんか楽になりました。ありがとうございます。」
「あとは……内田先生の無茶ぶりを少し控えてもらうよう、言ってみるよ。
まあ、今日のたくみ君の様子を見たら、言わなくても考えるだろうけど。」
「え、そうですか?
戻ったら、もう一回指揮台に立たされるかと……。」
「ないない!心配? そっか、音楽室に戻れなくなっちゃうよね?
ちょっと聞いてくるから、待ってて。」
「あっ。いや、体調が戻ったら、やるつもりで……。」
と言いかけたところで、山田(兄)先輩は教室を出て、音楽室へ向かった。
この学校、すごいな。
生徒会が、いじめの対策を考えて行動してたのか。
確かに、先生が気づくよりも、生徒のほうが先に異変を感じることが多いよな……。
それに、山田(兄)先輩が生徒会長だったのか……。
生徒会長の兄と、吹奏楽部の部長の妹。
よくもこんな、リーダーシップの取れる兄妹がいるものだ。
体調もちょっと落ち着いてきたかも。
水を飲んで、少しすっきりした。
山田(兄)先輩が戻ってきた。
「今、内田先生に話してきた。
指揮はやらなくていいって。
他にも泣いてできなかった子がいたし、 あと、人間メトロノームになってた子もいたらしい。
もっと言うとね……。
誰一人、ちゃんとできてないらしいんだよね。
今日は、『できないことを認識する日』らしい。
指揮ができなくても、そのためのコンマスが頑張っているから。」
「船田先輩、すか?」
「そうだね。
指揮を素早く解釈して、演奏とか姿勢とかで合図を送ってるから、 意外と何とかなるもんなんだよ。」
「あ、それ……先に知りたかったわ……。」
「まあ、だから、気にしなくていいよ。
この後は、地獄の通し練習連発。
今日は体調崩したし、早退してもいいと思うし、本当はこういうこと言ったらよくないんだけど……。
手を抜いて演奏してもいいと思う。
にんげんだもの。」
そう言って、先輩はにこにこしていた。
「体力と集中力を鍛えるための練習ではあるんだけど……。
今のたくみ君だと、消耗しすぎて、回復に時間がかかるかもしれない。
無理は禁物。 特にメンタルはね。」
この人、外見だけじゃなく、内面までイケメンじゃん。
こんな人になれたらいいな。
……絶対無理だけど。
山田(兄)先輩と話したからだろうか。
ちょっと、すっきりしたような気がする。
何なら、元気になったぐらいの。
こんこんとノックが聞こえた。
内田先生だ。
「鈴木、どうだ?」
相変わらずの棒読みだが、なんとなく心配しているのはわかった。
「大丈夫です。すみません。この後参加します。」
と答えた。
内田先生が、ふと付け加える。
「今休憩中だ。二酸化炭素濃度が高くなって、換気してる。」
すると、山田(兄)先輩が言った。
「あー、今もそんなんやってるんですね。 一回絶望したからな。楽器できねえって。」
「コロナ禍のことですか?」
と聞くと、先輩は静かに答えた。
「うん、先が見えなかった。」
新型コロナウイルスの影響で、吹奏楽部は活動できなくなった。
コンクールもなくなった。
その時期の吹部の中学生は、絶望するしかなかったという。
活動自体、感染の危険が高かった。
当時は、症状も激しく、感染力も強かった。
だから、密閉された空間で呼吸をすることや、 楽器からつばを出すなどの行為は危険すぎて、 活動を停止せざるを得なかった。
失われた一年間。
卒業した先輩たちの無念。
俺にはまだ、浅い部分しかわからないけど……。
その頃、俺はサッカーができなくなって、 家で小さくリフティングをしていたような気がする。
ようやくアフターコロナの流れで、学校に行けるようになったときは嬉しかった。
「ようやく活動できるようになったと思ったんだけど……。」
山田(兄)先輩が続ける。
「まず、手袋とシールドとマスクをつけて、 全身アルコール消毒してから、音楽準備室を消毒したね。
こまめに消毒しなくちゃいけなかったから、 ものを出しっぱなしにしてると消毒しにくかったし。」
その頃から、中学吹部の音楽室が整理されていったという。
消毒のため、ものを片付ける習慣がついたかららしい。
「そうだよな……。」
内田先生が、若干ぼやいた。
「なのに今は……。」
俺が初めて見た音楽準備室は、 整理された面影はなく、
楽譜やオイル、リード、教則本、 先輩たちの私物などで、ごちゃごちゃになっていた。
「僕、整理整頓するよう、りなに言いましょうか?」
そう言うと、内田先生が急に話し始めた。
「……あいつ……準備室に私物のバッグを置いて、 そこに漫画……鬼滅を隠してたぞ。」
「え?ないと思って探してたら、そんなところにあったんですか! 持って帰ります!」
「クラリネットの棚の右奥の紺のバッグにあった。」
「わかりました。すみません。持ち帰ります。」
「今度、10巻から先を持ってこい。」
「え?読んだんですか? だったら、学校図書室や図書館にありますよね?
予約すればいいんじゃないですか?無料ですよね?」
「ずーーーっと待ってるが、まだ当分先になる。」
「電子コミックにすればいいじゃないですか。」
「この年齢になると、光で目がやられる……。」
「ダークモードで黒地に白文字で読めばいいじゃないですか。」
「それだと霞むんだ。」
「てか、大人なんだから、大人買いすればいいじゃないですか。」
「一回、最後まで読めればそれでいい。」
「違います。何度でも読みたくなりますよ。 手元に置いておいたほうがいいです。 特に後半は……」
「あと、転スラもあるか?」
「ありますけど……。」
「じゃあ、それも一緒に。」
「あれは、設定が複雑なので、何度か読み返すと思います。 だから、買ったほうがいいですよ。
それに、動画サイトでアニメもあるので、そっちのほうが面白いですよ。」
山田(兄)先輩がふと思い出したように話し始めた。
「聞いてくれる、たくみ君。
昔、部活で、文化祭に『紅蓮華』を演奏しようって話になったんだけど……。
内田先生、譜面と歌詞だけで指揮しようとしたんだよね。
だから、『せめてアニメ見てください』って言ったの。
そしたら、次の日、部活休んで……。
その翌日、いきなり指揮が変わったんだよね。
最初から見るべきじゃない?」
「黙れ。おのれらがあの世界観を演奏する覚悟があったか?
それで提案してきたのかと思ってたが……。」
内田先生がぼそりと言う。
「おっと、すみません。実力不足ってことっすよね?てか、逆ギレ……。」
「鬼滅と転スラ、よろしく。」
そう言い残し、内田先生は教室を出ていった。
「長年教員やってるなら、それくらい買えるでしょうが……。」
内田先生の背中に向かって、山田(兄)先輩がぼやく。
漫画好きなのか? それとも、ゲーム?アニメ?
「じゃあ、戻ろうか。具合悪くなったら、抜けていいからね。
あと、僕のことは、『すばる先輩』でね。 『山田』だと、りなと混同するからさ。」
「わかりました。」
返事をして、音楽室へ向かった。
音楽室のドアを開けると――。
床一面に、部員たちが寝転がっていた。
「お、戻ってきた。」
もう一人のOBの先輩が近寄ってきた。
駒井先輩――元サックスで、今はバレー部の人。
「大丈夫なん?」
「はい、すみませんでした。」
と答えると、駒井先輩が言った。
「OKOK。 まあ、今回はうっちーの無茶ぶりだから、気にしなくていいよ。」
この先輩も「無茶ぶり」って言った。
誰が見ても、無茶ぶりだったのか。
知らないと、気づけない。
すばる先輩が尋ねる。
「今、どのあたり?」
「一1年生が、あと2人。でも、もう部員がグロッキーな感じだから……。
この2人が終わったら、昼休憩にするって。」
駒井先輩が答えた。
あー……。
みんな、見たことない顔をしている……。
のぞみ先輩と絵馬先輩―― ホルンを置いた別の椅子に、伏せって寝ている。
窓が開いているから、室内は少し蒸し暑くなってきた。
二酸化炭素濃度は、低くなった。
OGの宮田先輩が、窓を閉めた。
内田先生が言った。
「そろそろ再開するぞ。」
その言葉に、一部の部員が目を覚ます。
続けて、内田先生が指示する。
「まだ目が覚めていない部員に、声をかけて。」
いびきをかいて寝ている先輩もいる。
すばる先輩が、のぞみ先輩と絵馬先輩のところへ近づいた。
「はじまるよ。」
と声をかけると、二人はむくっと起き上がった。
すばる先輩に気づき、
「あ、おはようございます!」
と、あいさつした。
あ、テンパってる……。
すばる先輩は、穏やかに言った。
「ごめんね、驚かせて。また、再開するって。
あと、たくみ君、復活したけど……。
練習は、体調次第でね。」
ようやく俺の存在に気がついた。
背の高いすばる先輩の影になっていたからだ。
のぞみ先輩と絵馬先輩が、慌てた様子で声をかける。
「たくみん!大丈夫?」
「無理しなくていいよ!」
ホルンの二人の先輩がおろおろしている。
「本当にすみません。もう大丈夫です。頑張ります。」
そう伝えると、すばる先輩が言った。
「ほんと、無理しないで。具合悪くなったら、すぐ手を上げて。
家まで送っていくから。」
こんなスマートな先輩、いる?
ホルンの二人の先輩が頼むように言った。
「すばる先輩、もうちょっと学校来てもらえると……。」
「教えてもらえたら嬉しいんですけど……。」
すばる先輩は、少し考えてから言った。
「考えとくね。」
すると、ホルンの二人の先輩はすぐに反応する。
「絶対来ない返事のやつ。」
すねた様子で言った。
すばる先輩は笑いながら答えた。
「……あー……。りなに聞いて、予定合わせてくるよ。 行けそうだったら、りなに言うから。」
「ほんと、来てくださいね。待ってますから。」
少し間を置いて、すばる先輩がつぶやく。
「OBが来るのって、うざくないのか?」
のぞみ先輩が即答する。
「すばる先輩は来てほしいです。」
すばる先輩は、冷静に言った。
「来てほしくない人もいるよな。
僕のことも、そう思ってる人がいるかもしれない。
ホルンメンバー以外でね。
そっちに配慮しないと、ホルンが嫌がられちゃうじゃん。」
「えー、そんなの無視無視。」
のぞみ先輩と絵馬先輩が即座に返す。
俺も、とにかくこの先輩に来てほしい。