05.音楽室への強制連行
帰り道、黒沢がずっとまとわりついていた。
「ちょっと見るだけでいいからさ~、鈴木ー。」
俺の目の前を器用に後ろスキップしながら言う。
そして続けざまに——
「休んでた間のノート、コピーしてやる。
俺のノートみたら得点確実。
テストでどこがどう出るかなんとなくわかる。
必要なら教えてやる。
これで今日見学こないか?」
……う?!ちょっと助かるかもしれない。
遅れている勉強に不安はあるし、黒沢のノートなら信頼できる。
「今から30分ぐらい、どうよ?」
…黒沢のノートの魅力が強すぎる。
「じゃあ…ちょっと行ってみようかな?30分だけ…」
俺が言い終わるや否や、黒沢は「はいOK!」と満面の笑み。
次の瞬間には腕を組まれ、音楽室へと強制連行された——。
音楽室の異世界。
「山田先輩、見学希望っす。」
黒沢は開口一番、音楽室の奥にいる先輩にそう言った。
その先輩の上履きの色——3年生。部長だろうか?
「黒沢くんと同じクラス?」
落ち着いた声で聞かれ、俺は小さく「…あ、そうっす。」と返す。
その直後——何やらひそひそと相談する黒沢と山田先輩。
そして、二人して親指を立て「グッ!」と笑顔。
……なんか、はめられてる気がする——。
逃げるなら今だ。
そう思って、音楽室のドアを開けようとした瞬間、また黒沢に腕を組まれた。
「はい、中入ろうね。そしてここが今日の特等席」
半ば強引に座らされる。
山田先輩の声が響く。
「この後、合奏体形に並べ、5分で音出し、チューニングをしておいてください。
ミニコンサート用準備、1年は楽器と共に半被と動きの確認をしておいてください。
先生を呼んできます。」
部員全員が一斉に「はい!」と返事する。
——声、揃いすぎじゃないか??
やっぱり音楽やってると何かが違うのか——。
山田先輩がやや小走りで部屋を出ていき、残った部員たちは机を奥へ寄せ、楽器を並べ始めた。
大太鼓、木琴、チャイム——見たことない楽器がずらり。
椅子が並ぶ。
そして、全員が一斉に俺のほうを向いた。
……え?何?
完全に戸惑う俺を察して、黒沢が近づいてきた。
「超特等席」
そう言い残して、楽器を持って自分の席へ——。
この流れ……どうすることもできないじゃん……。
音楽が鳴り始めた瞬間
ドアが開くと、細身で背の高い先生が入ってきた。
茶色がかった黒の肩までのストレートヘア。
無表情。
「内田先生」
黒沢が小声で言う。
先生は台に上がり、静かに本を開く。
「RPG」
部員が一斉にファイルをめくる。
先生の目が俺のほうを向く——。
「今日見学だって?」
「……はい、本当それだけのつもりで……。」
そう言うと、先生はふっと軽く笑い、紙を渡してきた。
「歌詞カード」
そこには、『RPG』の歌詞が載っていた。
部員が楽器を構える。
先生の白い棒が振られる——。
次の瞬間、音楽が始まった。
あ、これは——SEKAI NO OWARIの「RPG」。
歌詞を読みながら音楽を聴くのは、初めてかもしれない。
「空は青く澄み渡り 海を目指して歩く
怖いものなんてない 僕らはもう一人じゃない」
——クレヨンしんちゃんの映画で聞いたことがある。
給食の時間でも流れてたな……。
「大切な何かが壊れたあの夜に
僕は星を探して一人で歩いていた」
……ぐさっと刺さる。
歌詞に音楽がついていたら泣いてたかもしれない——でも、泣かない。
歌詞を先に読んでしまうと、一つ一つが胸に刺さる。
……なんか意図されてたら、すげー嫌なんだけど……。
歌詞カードから目をそらし、演奏している人たちを見る。
まず黒沢——あいつ、めちゃくちゃ楽しそうに演奏してる。
小学校のとき、オーケストラの演奏を聴いたことがあるけど、よくわからなくて寝てた。
でも、こういう曲なら聴ける。
歌詞が聞こえてきそうな演奏に、思わず聞き入ってしまう——。