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拓海のホルン  作者: 鈴木貴
第3章 吹奏楽部員として
49/132

49.音で結ばれるチームワーク

初参加…。

緊張しかない。


内田先生が「頭から」と言うと、俺は「はい」と返事をし、 ホルン、サックス、前のクラリネットが楽器を構えた。


先生が指揮棒を振ると、クラリネットが息を吸い、演奏を始めた。


三小節目から入ろうと息を吸った瞬間、先生が「ストップ」と言った。


「クラリネットだけ、頭二小節。」


ホルンとサックスは楽器をいったん下ろした。


クラリネットのメンバーだけが先生の合図で演奏を始める。


二小節を吹くと、またストップがかかる。


「原曲では箏がピチカートで演奏している。そのイメージを持って。 音ひとつひとつはきっちり切るが、柔らかさを持たせるように。」


クラリネットのメンバーは「はい」と返事をし、もう一度構えた。


再び先生の合図で二小節演奏してストップ。


「音の切り方が雑だ。舌を柔らかくはねさせるように吹け。もう一回。」


先生の合図で二小節演奏してストップ。これが延々と続く。


「タイの後がスラーになっている。そんな記号は譜面にはない。もう一回。」 「クレッシェンドとデクレシェンドの区別がついていない。小節の変わり目で強弱をつけろ。」 「サードクラリネット、お前らが少しでもずれると上のリズムが狂う。指揮のリズムをとらえろ。」 「クレッシェンドを意識したら音がつながってしまった?さっき言ったことも同様にやれ。」 「メゾピアノはただ小さく吹けばいいわけじゃない。繊細さを意識しろ。息を弱めるだけの演奏ではダメだ。」


クラリネットのメンバーは、その都度譜面に先生の言葉を書き込み、 演奏し、注意を書き込み、また演奏を繰り返す。


怖い、帰りたい。


合奏ってこんな感じなのか?


気づけば二十分が過ぎていた。


「ほぼクラリネットのパート練では……」などと考えた瞬間、 先生の「頭から全員で」という声が響いた。


俺以外の全員の返事が聞こえ、慌てて楽器を構える。


クラリネットの二小節の終わりに息を吸い、吹いた。


二小節でストップがかかる。


今度は俺の番か……?


先生は低い声で言った。


「ホルン、サックス……どこから突っ込んだらいい?」


……すみません、すみません、すみません。


俺はもう、無理かもしれない。 心が折れそうだ。 クラリネットのメンバーでさえ、あんなにボコボコにされているのに、 それにすら及ばない俺が混ざっていいとは到底思えない。


わかっている、でもできないんだ……。


心の中で泣きながら土下座している。 でも緊張しすぎて涙すら出ない。


「ホルン、サックス、三小節目から。」


先生はハーモニーディレクターのメトロノームのスイッチを押した。 実際のテンポよりだいぶ遅い速度に設定される。


「このテンポで、縦のラインを各々合わせろ。」


先生は手だけで指揮をする。


吹き始めると、すぐに止められた。


「出だしがばらついている。 それに、装飾音符は装飾音符。 五線の中に書かれている音符ではない。 実際には五線に書かれた音符の直前にさらっと入れるんだ。 音の出だしは少し早めに意識しろ。」


たった一音で、これだけの指摘……。


「装飾音符でも音程は同じ。当たり前のことを言わせるな。」 「スラーとスラーの間はタンギングを入れろ。」 「休符は休むな。次の音のために息とエネルギーを瞬時にためろ。」 「デクレシェンドは音を消すんじゃない。静かに響かせろ。」 「気の抜けた音になってる!静かでも音の最後まで力を入れろ!」 「クレッシェンドを意識しすぎてアクセントがついてしまっている!スラーだ、なめらかに音を上げろ!」


先生の注意と返事と書き込み、演奏が繰り返される。


たった九小節なのに……。


実質、サックスとホルンの合同パート練習状態だった。


そんな一瞬の隙を、先生は見逃さなかったらしい。


「ホルン、ファーストから一人ずつ。」


……心がムンクの叫びになった。


両隣の先輩にも緊張が走ったのがわかった。


一人目、ファーストののぞみ先輩。 先生の合図で九小節のお手本のような演奏。


先生は何も言わず、「次」とだけ言った。


二番目、セカンドの俺。 お手本とは程遠い、ただの雑音。 一人で吹くと、こんなにもひどいものになるのか……。


次、サードの絵馬先輩が完璧な演奏を披露する。


両隣の先輩の演奏をぶち壊していることを痛感する。


……申し訳ない。


「次、サックス。」


白川先輩だ。


彼の演奏を聞いた瞬間、思わず顔を上げた。 気持ちが持っていかれた。


この尺八の演奏がサックスに変わると、こんな感じになるのか? 尺八とサックスがイコールなのに、サックスの響きで……。


他のサックス担当も、一人ずつ演奏していく。


聞いているだけでも緊張が走る。


先生は言った。


「今聞いて分かったように、全員吹き方が違っていた。 これについては白川に合わせるように。 後日の合奏練習の課題とする。」


白川先輩に合わせる? でも、俺はそのずっと下のレベルだ。 譜面通りの音を出すことすらできていない……。


三者面談の帰りに覗いた音楽室の独特な空気は、これだったのか……。


先生が言った。


「いったん休憩。窓を全開にして換気しろ。十五分後に再開する。 その間は音を出さないように。」


先生は音楽室を出ていった。


俺はすぐに立ち上がり、ホルンの先輩たちに謝った。


「すみませんでした!もっとやれるようにします!」


のぞみ先輩と絵馬先輩は笑顔で言った。


「謝ることないよ。むしろ、よく音出せてたじゃん。」 「無茶ぶりに耐え抜いたね~。」


その時、「おい。」と声がした。


振り返ると、白川先輩だった。


俺は慌てて言った。


「あ、すみませんでした!乱して……。」


すると白川先輩は、静かに言った。


「いや、今度パート練とかで合わせようかと……。」


俺は白川先輩を怖いと決めつけていた。 ただ、音楽に夢中になる優しい人だったんだ……。




白川先輩は言った。


「俺は正直、自分の演奏が正解だとは思ってない。 でも、先生がああ言うのは……正直、よくわからない。 ただ、合わせろってことだから……。 俺はホルンのことがわからないし、どうすればいいのかもわからん。」


のぞみ先輩は言った。


「いや、白川に合わせるよ。 正直、ホルンでこのメロディを吹けるのは、おいしいポジションしか感じない。 やるよ。」


すごいなあ……。 音楽のチームワークって、こういうことなのか……。


俺は、こんなふうに言えるようになれるんだろうか……。

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