41.かえるの歌、ひたすら吹き続ける
ひたすら基礎練習のメニューを続けることになった。
朝練 では、学校の周りを2周走った。 体育以外でこんなに走ったのは、だいぶ久しぶりだった。
息も絶え絶えの状態で 音楽室 に戻ると、次は 呼吸練習 が始まった。
4拍吸って4拍出す
4拍吸って8拍出す
1拍吸って4拍出す
1拍吸って8拍出す
腹式呼吸は、そこまで苦労しなかった。
体、関節、筋肉、内臓——意識できるところをできるだけ緩めて、呼吸に集中する。
知らない間に肩が上がったり、姿勢が崩れたりするのは 力が入っている証拠 らしい。
無意識に 体が緊張してしまっている。
すると、コンサートマスターの先輩が とん、とやさしく叩いてくれた。
——そこで、初めて力が入っていることに気づく。
リラックスしているつもりでも、緊張してしまうんだ。
音楽室の二酸化炭素濃度アラーム が鳴ると、窓やドアを開けて 換気 をする。
2年前ぐらいに設置された機械。 新型コロナウイルス対策 のためらしい。
数値が戻れば、再度 呼吸練習 を続けるけれど、 戻る前に時間になったら、そこで練習を止めて、 片付けと授業の準備 に入る。
——朝から 大忙し だった。
授業後の部活では、パート練習の後、合奏練習だった。
俺はまだ 合奏に合流できるレベルではない から、 先輩が合奏に出ている間は個人練習 になる。
チューナーを使って実際に楽器を持ち、ロングトーンや音階練習を繰り返した。
パート練習の間は、先輩2人 が一緒に基礎練習をしてくれた。
朝の 呼吸練習に楽器をつけたバージョンで音階を吹いていく。
一緒にやってくれる時もあれば、交代で付き添ってくれる時もあった。
先輩は 合奏に向けた練習の合間を縫って 教えてくれる。
疲れて休憩している間、先輩の 曲練習 を聞いた。
今は 音階やロングトーン だけで、 へばったり、唇が腫れ上がったり、血が出たりしている。
先輩のこのレベルまで行けるだろうか?
——もっと言うと、コンクールに出ていいのだろうか?
一応、コンクールの 楽譜 はもらった。
譜面の すべてにカタカナで音と指の番号を記入 している。
チューナーを目の前に置いてひたすら 「4拍吸って4拍出す」 チューナーの針が真ん中で止まるように——
いくらやっても、左右に乱れる。
焦ると、さらに針がぶんぶんと不安定になる。 自分の 不安が、そのまま 楽器に、音にダイレクトに出る。
先輩が気づいてくれて言った。
「焦るんだよね。ゆっくりでいいんだよ。」
「ありがとうございます。」
と言っても、頭ではわかっていても、心が落ち着かない。
——もう、どうしたらいいんだか……。
のぞみ先輩 が 2枚の紙 を渡してきた。
譜面 だった。
「かえるの歌」
「きらきらぼし」
のぞみ先輩は言う。
「ずっと音階のロングトーンだと飽きるでしょ。
かといって、急にコンクールの曲なんて吹けるわけないし。
まずは、この2曲、ゆっくりやってみなよ。」
絵馬先輩も言った。
「譜面とか、指替えとかリズムとか、慣れていくと思うよ。」
かえるの歌を吹いてみる。
♪ドレミファミレド ミファソ……
——「ラ」が出ない。 出せない。
勢いで出そうとすると、音が ブシュッ とつぶれて、何か 下品な感じ になった。
すかさず のぞみ先輩 が言う。
「これね、初心者ホルンあるある。
ドレミファソまでは割と簡単に出るようになるんだけど、 ラからちょっと出にくくなるっていう感じなの。
そういう時は、 『ドシラソ……』ってゆっくり下がる音階をやって、 それから『ソラシド、ドレミファソラー』ってやってみて。」
言われた通り、運指表を見ながらゆっくり 2拍ずつ 吹く。
ドー、シー、ラー、ソー…… ソー、ラー、シー、ドー…… ドー、レー、ミー、ファー、ソー……
……ラー——
出た……。
のぞみ先輩はにっこりして言った。
「出るでしょ。一回下の音域を吹くと、顔の筋肉が緩むの。 そこから上に上がると、顔の筋肉が 『音を上げるぞ』 って働くようになる。
その筋肉の感覚がわかると、上の音を出せるようになるんだ。」
——おおお……。 何か、面白いぞ。
「ありがとうございます!」
そう言って、かえるの歌 を吹き込んだ。
ただ、ひたすらひたすら、かえるの歌。
——もう何回やったんだろう。
ふと、先輩2人が声をかけてきた。
「私たち、これから合奏行ってくるね。 18時になったら音楽室に戻ってね。」
そう言って手を振り、音楽室 へ向かっていった。
教室には 俺ひとり。
ただ、もくもくと、チューナーとにらめっこしながら—— かえるの歌を繰り返す。
俺のかえるは、歌がとても下手だ。
その時、合奏の音が聞こえてきた。
——多分、ディベルティメント のほうだ。
最初の箏の音……どの楽器がやってるんだろう? まだ聞き分けられないな……。
でも、次のメロディ——あの音、ホルンじゃん!
もう1つ、別の楽器と一緒に演奏している……。
アルヴァマーの時と同じ感じだから、隣のサックスか?
……いいなあ……俺もあの中に入れるかな……。
こんな へっぽこなかえるの歌 で、 あんな きれいな音を出せるとも思えない。
——だいぶ落ち込んだ。




