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拓海のホルン  作者: 鈴木貴
第3章 吹奏楽部員として
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38.楽器の価値に驚く

ここからたくみん。

母さんに、「チューナーとチューナーマイクが練習に必要だから買ってほしい」と相談したら、二つ返事でOKだった。


俺は家のパソコンでネット通販で取り寄せようか、フリマで購入しようかと検索していた。


すると母さんが、


「銀座に楽器屋さんがあったね。そこへ行こう。次の日曜、部活休みでしょ? その時行こう。」


と言った。


すると久実もすぐに、


「私も行く!」


と乗ってきた。


久実はピアノ教室に通っていた。 家には電子ピアノがあり、そこで練習をしていた。


コロナ禍で登校も外出自粛になったときは、ストレス発散のようにピアノばかりを弾いていた。


大好きなピアノの先生にも会えなくなった。 オンラインレッスンにも挑戦したが、いまいち感覚がつかめなかったようだった。


次第に、久実は「自分だけで練習する」という意欲が薄れていき、コロナ禍が明けた頃にはすっかりピアノの指が戻らないというようなことを言っていた。


世間では、コロナ禍でピアノ需要が増えたと言われていたが、久実は逆だったようだ。


彼女にとって練習する目的は、「先生にほめられること」が嬉しくて、「次に何をやるか」を先生に聞くことが楽しみだった。


「自分で表現したい」よりも、 「先生がくれた楽譜を弾き込む」 「次のレッスンで先生と一緒に練習する」 ——そんなことが好きで、刺激になっていたのだろう。


きっと大人はすでに好きな曲があって、それを弾きたいと思うのだと思う。

声や息を使わず音楽ができるから、感染リスクがないということだったのかもしれない

——そう、ニュースを見て気がついた。


久実がピアノ教室の再開を考えた頃、次に起きたのは俺の不登校だった。


久実はピアノ教室を辞め、進学塾へとシフトした。

母さんは、「ピアノも続けたら?」と言っていたが、久実は、

「両立できない。今は塾を優先したい。」

と言った。


それでも、気分転換なのか、ストレス発散なのか、ピアノを弾いていた。


ただ、弾いている途中で、突然鍵盤を「ばーん!」と叩いて、ピアノの蓋を閉じた——。


その時の久実の顔は、何も表情がなかった。


俺は最近、久実のことがよくわからない。


俺は自分の部屋にひっこんだ。


俺は吹奏楽部に入ったら、そんな久実の気持ちも理解できるようになるのだろうか?


珍しく、自分からついてくる発言や行動も、今は理解できなかった。





日曜日。


少し遅めの朝食を食べ終えてから着替えた。


母さんは食器を片づけ、出かける準備を始める。


久実も着替えに部屋へ行った。


俺もぱぱっと着替えてリビングへ出る。


すると母さんが、眉間にしわを寄せて俺をじっと見た。


「拓海……その格好で……?」


近所の兄ちゃんがくれた、よくわからないブランドのTシャツとジーンズ。 いつもの格好だ。


母さんが低い声で言う。


「そこのコンビニならいいけど、行くのは銀座の楽器屋さん!

もっとまともなの、母さん買っておいたと思うんだけど!」


母さんは突然、激ギレしはじめた——。


……おっと……これはいったいどういうことだ?


銀座には、ジーンズで行ってはならないという規則でもあるのか?


母さんは俺の部屋に「失礼」と言って入り、ハンガーラックにかけてあった、卒業式に着た濃いグレーのスラックスを取り出した。

さらに父さんのクローゼットから、アイロンのかかったピンクの半袖シャツを出す。


「銀座!場所を考えて。これ着て。」


と言って渡してきた。


よくわからないけど、何か圧を感じたので逆らわないでおこう……。


Tシャツの上に父さんのシャツを着て、裾をスラックスの中へ入れる。


その様子を母さんがじっくり確認し——


「よし、じゃあ行こう。」


と笑顔になった。


……暑いんだよな……。


銀座


地下鉄を乗り換え、銀座駅の出口を出た。


少し歩くと、よくテレビで見る大きな時計のある建物が目に入る。


そこを歩く人々は、みんな明るく見える。

外国人観光客もたくさんいた。


道路の向こう側ではテレビ局のスタッフが中継をしていた。

リポーターらしき人がインタビューをしている。


テレビで見るのと、実際に見るのとは全く違う。

開放的な空気が広がっている。


「拓海、ここ、畳2枚分の土地、いくらだと思う?」


母さんが突然問いかけてきた。


「え?」


全く想像がつかない。


「ちなみに、うちは約180万円なんだって。」


「え?」


やっぱり実感がわかない。


久実に「わかる?」と聞くと、首を横に振った。


母さんは続けた。


「大体、8千万円。」


「8千万円?」


うちの土地は180万円って言ってたよな?


どう計算すれば、そんな差になる?


同じ都内なのに?


そんなに離れてないはずなのに……。


母さんは静かに言った。


「拓海、勉強しないとならないことが、たくさんあるねえ。

この金額の差、どうしてそうなるのか、気になったら帰ってから調べてみるといいよ。

楽器屋さんにもヒントがあるかもね。」


時計のビルのすぐそばにある白いビルへ入った。


エスカレーターで上がっていくと、楽器のフロアへたどり着いた。


ショーケースの中に、部活で見た楽器がキラキラと飾られている。


ホルンのコーナーへ向かった。


学校にあるものと同じだろうか?


ヤマハのホルン——。


「げー!90万円!」


うちのベッドスペースと同じ値段じゃん!

高いとは聞いていたけど、まさかここまでとは……。


と思っていたら、すべて声に出ていたらしい。


「うるさい!」


母さんが大きめの声で早口に一喝してきた。


久実は少し離れたところで他人のふりをしていた。


ショーウィンドウにはホルンが5個——って数えるのか?

並べられているのを見て、何だか自分のホルンが欲しくなった。


音もまともに出せないくせに。


いいなあ、欲しいなあ。


俺だけのホルン……。

90万円か……。


ゲーム、何台分だ?


楽器を買うって、相当なことなんだな……。


他の楽器も見た。


トランペット、トロンボーン、安くても10万円はするのか……。


チューバ——120万円! サックス——70万円!


フルート——60万円!




「なんか、楽器をやるのって、お金持ちの家が多いのは、そういうことなのか。」


ちびまる子ちゃんに出てくる花輪くんがバイオリンやピアノをやっているのは、 できる環境があって、なおかつお金があるからなのか……。


うちは——庶民だ。


しばらくは学校の楽器で、部活を頑張ろう。


しばらく楽器に見とれていた。


すると母さんが声をかけてきた。


「気が済んだ? チューナーを買うんじゃなかったっけ?」


そうだった——本来の目的を思い出す。


きょろきょろと探し回り、チューナーのコーナーを見つけた。


先輩が見せてくれたものと同じシリーズが並んでいる。


先輩はピンクを使っていたけれど、白、ゴールド、黒、ブルーもある。


俺は白を選んだ。


マイクも同じシリーズのものを選ぶ。


チューナー——5,000円。 チューナーマイク——2,000円。


楽器の他にも、結構かかるんだな……。


考えてみれば、サッカーも同じか。


靴、すねあて、靴下、ボール——細々としたものに、お金がかかっていた。


何をやるにも、最初は金がかかるものだ——。


棚からチューナーとチューナーマイクを取り、母さんに言った。


「これとこれを買ってほしいです……。」


母さんは「わかった」と言って、レジへ向かった。


会計を済ませ、袋に入ったチューナーとチューナーマイクを俺に渡した。


そこへ久実が合流する。


少し呆れた様子で言った。


「いちいち騒ぎすぎ……。事前にネットで調べたり、先輩に聞いたりしなかったの?」


「聞いてたかもしれないけど……忘れたのかもしれない。

目の前があんなにキラキラしてたら、それどころじゃないよ。」


それに、ふと気になったことを聞いてみた。


「母さん、うちにあるピアノっていくらだったんだ?」


母さんは言った。


「大変なのよ。買うだけじゃなくて、調律もするから。」


「ちょーりつ?」


「チューニングとか、部品の交換とか、弦の調整とか、色々あるのよ。

調律の間は静かにする必要があったから、あなたたちが学校に行っている間に調律師さんに来てもらって、年に1回、3時間くらいやってたの。」


「え、いくらぐらい?」


「ピアノ本体は80万円くらい。それ以降は調律を年1回、15,000円くらいでやってたかな。」


「え?」


母さんは続けた。


「さらに、お稽古で月いくら、とか、発表会でいくらとか、衣装とか、色々あるよ。」


……知らなかった……。


「久実、お前、お嬢様だぞ!」


と言うと、久実はすかさず、


「お兄ちゃんもサッカーでかかってるでしょ!」


と返してきた。


母さんは、静かに言った。


「お金がかかるから——だけで、あきらめることはしたくなかったのよ。

だから、あんまりお金の話はしないようにしていたんだけど、 こうして色々考えるきっかけになったなら、それでいいかもしれないわね。

お金もだけど、時間も大事にしてほしいの。

楽器とか音楽って、目に見えない『時間』というものを、豊かにしてくれるものでしょ?」


俺が黙っていると、母さんは続けた。


「例えば、壁に何か飾りたいと思えば、ポスターや絵、好きなお着物を置いたりもできるよね。

花を飾れば、華やかになるし、いい香りが広がる。

運動すれば筋肉がついてストレス発散になる。

時間に飾りをつけて耳から心に届けられるのは——音楽。

それを拓海はやろうとしてる。

いいんじゃない?」


母さんは、きっといいことを言っているんだろう。

でも、その意味するところはうまく感じ取れなかった。


俺が首をかしげているのを見て、母さんは再び言った。


「……って、父さんが伝えてくれって。」


「え? 父さん?」


俺は鳩が豆鉄砲を食らったような顔になっていたらしい。


母さんは続けた。


「拓海にメッセージ送っても、返信来ないなーって言ってたよ。」


……あ、あれか。


「Slackってやつだよね? 確か。」


と確認すると、母さんはうなずいた。


「そう。父さんが心配して、アプリの設定をしろって言ってくれたじゃない。」


そうだった。


俺が不登校になった原因は、LINEグループだった。

アイコンを見るのもしんどくて、黒沢にQRコードをもらったけど、何もしていなかった。


その頃、母さんが言っていたことを思い出す。


「家族での連絡手段をLINEじゃなくて、Slackにしよう。」


求める機能はLINEとほぼ変わらない。


でも、アプリを別にすることで、家族間で安心してコミュニケーションを取ろうと——そんな話だった。

インストールから設定まで、母さんがやってくれたんだったな……。


別にGmailで機能は十分だし、って思ってたのもある。


「無料じゃないけど、父さんの会社の手当でできるって聞いた。

1人1,000円ぐらい、って言ってたよ。」


無料のやつでも十分なんだけど、色々機能があって面白いから、やってみ?


って言われたまま——放置していた。


「あー……非通知モードのまんまにしてたわ……。時差あるしさ……。」


と言うと、久実が棒読みで突っ込んできた。


「お父さん、かわいそう。」


家に帰ったら、読んでみよう。


使ってみよう。


Slackのアイコン、カラフルでなんかかわいらしかったんだよな……。


---------

エスカレーターでさらに上の階へ行くと、音楽に関する本がたくさん並んでいた。


久実はピアノのコーナーへ向かった。


俺はホルンの本を探す。


初心者向けの本はあるだろうか?

英語や漢字が少なくて、絵や写真で説明されているもの…… もっと言うと、マンガで解説してくれるものがあれば嬉しいんだけど……。


そんな本は——1冊もなかった。


「入門」「初心者」「初めて」「基本の」「やさしい」


そんなタイトルがつけられているけど、どれも難しい。


全然、理解できない……。


俺はダメなんじゃないか……。


それでも何とか、その中で一番薄くて写真が多く、日本語で説明されていて、英語が少ない 「ホルン入門ノート」 という本を手に取った。


どこかの大学の偉い人が書いた本だな、多分。


まずはわかるところからやっていこう。

この前、松下さんが教えてくれたことが写真付きで解説されていた。

忘れないうちに、あとで教わったことを書き込んでおこう。


それを母さんに渡し、


「お願いします。」


と言った。


久実も、


「お願いします。」


と言いながら、1冊の本を差し出した。


「ピアノでJ-pop」 最近の曲をピアノで弾けるらしい。


母さんはそれらをレジに持って行き、会計を済ませた。 別々の袋に入れてもらい、それぞれ手渡された。


「はい、じゃあ、今日はこれで買い物はおしまい。 ご飯は銀座じゃなくて、地元のファミレスにします。」


と言った。


「えー……ちょっと腹減ってるんだけど……。」


と言うと、母さんは近くのレストランのメニューを指差した。


カレーライス——2,000円。 オムライス——1,800円。 ハンバーグ——3,000円。


1人前の値段。


それだけじゃきっと足りないから、ご飯やスープ、サラダ、甘いものも頼むことになる。


そして、行列——約1時間待ち……。


待つのも帰るのも同じ時間なら、仕方ない。


帰ろう。


地元のファミレスなら、5分の1の値段で満腹になれる。

結局、そっちで食べることにした。


帰宅後


帰ってきて、早速チューナーとチューナーマイクを接続した。


スイッチを入れて「あー」と声を出すと、赤や緑のランプが点灯する。


まだ、何にもわからない。


とりあえず、何か袋を探す。


出てくるのはサッカー関係のものばかり。


バッグとかポーチとか、いちいちスポーツブランドのマークが付いている。


母さんに聞いてみた。


「ねえ、何か袋ない? チューナーとチューナーマイクを入れて学校に持って行きたいんだけど。」


少し考え込んだあと、母さんが「あ!」と言って取り出したのは——


幼稚園で使っていたコップ入れ用の巾着袋だった。


大きさはちょうどいい。


だけど……。


「中学生でアンパンマンは……。」


しかも、ご丁寧に大きめのひらがなで すずきたくみ と書いてある。


母さんは言った。


「他に見つけたら渡すから、それまでこれで。

壊れたりなくしたりするよりいいでしょ。

それに、誰のかすぐわかるし、まさかこれに高価なものが入っているって思われなくて済むでしょ。」


そう言いながら渡してきた。


「嫌なら100円ショップで買ってきて。」


と、さらに200円を渡された。


まあ、いいか。


先輩に聞いてみて、良さそうなのがあったらマネするか。


アンパンマンの巾着袋にチューナーとチューナーマイクを入れ、通学バッグへしまった。


「そうだ、あと本も持って行きたいんだけど、ちょうどいい袋ある?」


と聞くと、母さんはノートサイズの手提げ袋を出して渡してきた。


「中学生にしまじろうは……。」


やっぱり、ひらがなで すずきたくみ と書いてある。


「文句あるなら100円ショップ行ってきて。」


と追加で100円を置かれた。


「はい、すみません。」


と言って300円を自分の財布に入れた。


そんな自分の財布は——ドラえもん。


紺色のビニール革製、手のひらサイズの財布。

PASMOと小銭とお札が入っている。

小学校の誕生日プレゼントでもらったものだ。


愛着があって、この先もこれでいいと思っている。


ふと疑問に思い、また母さんに聞いた。


「ねえ、ドラえもんって21世紀から来たんだよね? もうあるんだったら買ってほしいんだけど。」


母さんは、ため息をついて言った。


「さっきから、一体なんなの?

アンパンマンとかしまじろうで文句言ってたのに、ドラえもんなら買ってとか。

ドラえもんが来るのはのび太で、あんたは拓海。

買うとかの問題じゃないの!

何でだんだんバカになってるのよ。」


母さんの言葉に苦笑しながら、


「はーい……さーせんしたー……。」


と軽く謝り、スマホを確認することにした。


Slackを開く


Slackのアイコンに 通知8……。


設定以来、初めて開いた。


グループも作れるし、オープンチャットもクローズもできるらしい。

父さんからのDMが5件と、それぞれのチャンネルにテスト送信が3つ。

「設定できたな。」 「吹奏楽部だって? 頑張れ!」 「ホルンか、練習だな!」 「拓海! おーい」 「父さんさみしい」


……あーあ……。


俺、入力も慣れてないんだよな……。


「ごめんて。今日開いた。頑張る。」


送信!


すると枠の外に、


「suzukita-jp-0952さんが入力しています……」


の表示が点滅して見えた。


相手が入力しているのがわかるんだ。


すぐに、


「やっとか!」


のコメントが来た。


それには笑顔のスタンプを押しておいた。


バンクーバーは夜中。

「待たせてごめん、おやすみ」

と打つと、すぐに

「うん、おやすみ」

と返信があった。


Slackを閉じた。


とりあえず、ショートメールとSlackで十分かと思うけど……。


黒沢、どうしよう……。


本音は、しばらくLINEから離れたい。


とりあえず、スマホのGmailでやりとりさせてもらおう。


自分のメールをメモして、チューナーを入れた巾着に一緒に入れた。

Slackのまわしものではありません。

元々ビジネス用なので、家庭で使うには、ちょっとハードルありますが、無料でも使えるものがあります。

アプリ・SNSはうまく使いこなすにはちょっと時間と練習と勉強が必要かもしれません。

疲れたら、ちょっと離れる手段の一つとして、別のアプリを使ってみる、という方法もあります。

色々あって逆につかれてしまうのかもしれないですね。

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