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拓海のホルン  作者: 鈴木貴
第1章 迷い(終了から始まり)
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28.全国大会へ向けた、奇策の選択

自由曲は「ディヴェルティメント」という曲らしい。


音楽室には部員が集まり、前には内田先生と松下さんが立っていた。内田先生が口を開く。


「改めて、自由曲について話す時間を作らせてほしい」


そう切り出した。


「毎年、金賞まではいけるのに、その先の全国大会に進むことができない。

ダメ金脱出を目指し、超絶技巧の曲を取り入れて完成度を高め、得点を上げる方法を試みてきたが、それでも難しい。

年々、中学吹奏楽部の技術レベルが向上している。

それに伴い、オリジナルのサウンド感や個性の発揮も、評価の大きなポイントになっている」


内容は難しいが、部活としては金賞が当たり前で、その先の全国大会進出が課題となっているらしい。


「そこで、今年は思い切って違う方法を取ることにした。

これが大きく外れる可能性もある。

なぜなら、前例のないことを試そうとしているからだ」


内田先生は続ける。


「日本独特の音階に魅力を感じる外国人作曲家が増えている。

日本をテーマにした楽曲を作る作曲家も増え、例えばマーティン・リーガンはクラシックやジャズを作曲していたが、日本を題材にした楽曲や邦楽器のための曲を作り始め、三味線奏者としても活動している。

また、アメリカ出身の尺八奏者ブルース・ヒューバナーや箏奏者カーティス・パターソンも、日本の音楽を深く追求している。

日本人なのに、日本の音楽を奏でる機会が少ないことに着目した。」


先生の説明はちょっと難しかった。

周囲の部員たちは真剣に聞いている。


「そこで、日本の楽器を中心にした曲を、吹奏楽にアレンジしてコンクールで勝負することに決めた。原曲は邦楽器オーケストラの楽曲で、吹奏楽版の音源はない。

おそらく、吹奏楽で演奏するのはうちの学校が初めてになる」


それがどれほど難しいのかはわからない。

ただ、挑戦的な試みであり、もしうまくいかなければ完全に失敗することは理解できる。


「著作権の問題があった。まだ有効だったため、吹奏楽用にアレンジして演奏するには許可を得る必要があった。

そこで松下さんにアレンジをお願いし、許諾を得るための手続きを進めてもらった。

アレンジ後の楽譜を見てもらい、一応の許諾は得られた。

重要なのは、曲の世界観を一切変えないこと。

演奏を進めながら、パートの変更や増強はギリギリ許可されることになった。

ただし、今回限りの特例だ。」


内田先生の話は専門的だが、部員たちは真剣に聞いている。


「まずは音源を聞いてもらう。

楽譜はいったん閉じてほしい。

楽譜ばかりに目がいってしまうと、音楽そのものがつかめなくなる。」


内田先生はプロジェクターにスマホを接続し、映像を映し出した。


「この演奏の楽器は、十三絃箏、十七絃箏、二十絃箏、三味線、尺八、笛、太鼓、鼓の構成になっている。

この邦楽オーケストラの演奏を聴いてほしい」


音楽が流れ始める。

初めて聞く旋律に圧倒され、優雅な印象を受ける。

同じ日本人でも、着物を着て演奏する姿はどこか遠い世界のものに感じられた。


演奏が終わると、内田先生が話し始める。


「ディヴェルティメントとはフランス語で、喜遊曲と訳されることが多い。

一般的には明るく軽やかな曲が多いが、この曲がなぜディヴェルティメントと名付けられたのか。」


先生はプロジェクターの資料を示しながら話を続けた。


「邦楽界には昔から流派の違いや階級の問題があった。

演奏する仲間を選ばなければならない状況も多く、自由に音楽を楽しむことが難しかった時代があった。

その背景があり、この曲は、音楽の閉鎖的な印象を打破しようとした楽曲だった。

作曲者は、誰もが自由に音楽を奏でられる世界を目指していた。」


音楽を通じて、自由を求める気持ちを表現する——そんな意図が込められているらしい。


「今回は第1楽章のみ演奏する。7分以内に収めるために、テンポを少し上げていく」


次に、松下さんが話し始めた。


「著作権は非常に重要な権利です。

原曲の世界観を十分に理解して演奏してください。

そのため、原曲のスコアを何度も読み込み、吹奏楽版との違いを把握してください。」


さらに、楽譜の変更についても話があった。


「合奏が進むにつれ、楽器の編成やパートの調整を行う可能性があります。

そのため、すべてのパートの譜面にもある程度理解を持ってください。

下手をすると、コンクール3日前に急遽メロディを吹くことになるかもしれません。」


突然の変更もありえるということで、部員たちは緊張した様子で聞いていた。


「次に課題曲、『I.月と姫』について話す。」


内田先生は自由曲に続いて、課題曲の話を始めた。


「この曲の作曲家は女性で、女性の体のリズムと月の関係に着目している。

例えば、生理周期が月の満ち欠けと同じ周期であったり、満月の夜に出産が多くなるなどの現象を意識して作られた。」


この課題曲は、自由曲と合わせ「和」の世界観で統一することを決めたらしい。


「月と女性を象徴するものとして、竹取物語を参考にしたい。。

各自、かぐや姫の絵本や論説文に目を通して、曲の背景を理解してほしい」


さらに、内田先生は他校のアプローチについても話した。


「独自情報だが、他の学校ではロミオとジュリエットのジュリエットをイメージしたり、シンデレラ、人魚姫、白雪姫、ラプンツェルなどの童話のヒロインをモチーフにしているケースもある。

また、合宿をして月夜の下で過ごし、月の印象を体感することで曲の世界観を作る、といった取り組みをしている学校もあるそうだ。」


全国大会に向けた大きな挑戦が、いよいよ動き始めようとしていた。

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