21.入部届を握りしめ、迷う
朝、教室に入り、自分の席についた。
まだざわついている。
吹奏楽部の3人——黒沢と女子2人が、教室に滑り込んできた。
息を切らしながら「間に合った…。」とつぶやき、それぞれの席へ座る。
珍しく、黒沢も女子2人もぐったりしていた。
朝練って、一体何をやってるんだろう?
少し不安になる。
これを知らないままで、「覚悟できた」と言えるのかな……?
朝の会が始まり、黒沢が挨拶と号令をかけた。
……やっぱりどうしよう。
授業もほとんど頭に入らず、ただ黒板に書かれた文字をノートに写すだけの作業で手一杯だった。
考えていたのは、
「ついていけるのかな?」 という漠然とした不安。
「ホルンをもっと吹いてみたい!」という好奇心。
「もっと曲を聴いてみたい!」という期待。
スマホで検索すれば聴けるけど、近くで音を聞くと何かが違う。
それは一体何なんだろう?
ずっと、そのことを考えている。
小学校の音楽発表会とも違う。
そして何より、夢中になって時間を忘れる感覚。
多分、楽しんでいる。
でも……。
昨日の興奮のまま書いた入部届がバッグに入っている。
これを本当に、提出していいんだろうか……?
ぐるぐると考えているだけで、答えは出ない。
休み時間、思い切って黒沢に声をかけた。
「朝練って……何やってるの?」
かなり勇気を出しての質問だった。
少しだるそうだった黒沢は、その言葉を聞くと急に目を開き、
「おっ?」と声を上げた。
「今日は、学校の周りを3周。日によって違うんだよ。
呼吸練習の時もあれば、腹筋を鍛えることもあるし、朝からいきなりバカでかい音を鳴らすこともあるし。
決まったメニューはなくてさ。
俺も正直、よく分かんない。
先輩に言われるまま、従ってるだけ。
朝に聞いてやることもあれば、前日のミーティングで
『明日朝練で走るから、ジャージで登校。制服は持ってきて。』
って指示されることもある。
多分、部長とか内田先生が考えて、今の部員にとって必要なメニューを組んでるんだと思う。」
「吹奏楽部が走るのか? ジャージで登校?」
そう聞くと、黒沢は少し笑って、
「うん。運動部以上に動くぞー。」
と答えた。
「だから、朝あんなにぐったりしてたのか?」
「うん、このクソ暑い中、走るって聞いて、ちょっと命の危険を感じたわ。でも 『朝ならまだ涼しい。』って内田先生が……容赦ないわ~。」
そう言って、呆れたように笑った。
そういえば、借りた本にも書いてあったな、と思い出す。
「朝練で水筒が空になったから、さっき水道で水を入れたよ。
熱中症対策で、こっそり飴とかラムネを舐めてる。
そうしないと、もう体が終わるからな。
ラムネは、小さい折り紙で包んでおけば、口に入れたまま調整できるんだ。
あ、先生には言うなよ。
ラムネの容器とか、アルミパックのやつを持ってくると、先生が
**『誰だ!』** って指導を始めるからな。最近、いろいろ試してる。
学校では禁止されてるけど……。
朝練後、ぐったりしたまま水分・塩分・糖分を補給しなかったら、勉強どころじゃなくなるしな。」
「サバイバルだな……。」
とつぶやくと、黒沢は
「ほんと、それ。色んな意味で。」
と返した。
「色んな意味?」
と聞き返すと、
「色んな、意味。」
と、「色んな」を強調して言った。