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拓海のホルン  作者: 鈴木貴
第1章 迷い(終了から始まり)
20/132

20.母さんの本音

「ただいま。」と家に入ると、奥から「おかえりー」という母さんと久実の声が聞こえた。


うがいをして手を洗い、リビングへ入ると、久実と母さんが塾のテキストで予習の確認をしていた。

国語の音読をしていたようだ。


母さんが「また遅かったわね。」と言う。


「吹部で楽器体験してきた。」


そう言うと、久実と母さんがじっとこちらを見た。


「何?」

と聞くと、久実が

「入るの?」

と尋ねてきた。


制服を脱ぎながら、

「うーん、どうすっかなぁ…。」

と考えながら言う。


すると久実が、

「私は中学、どこへ行っても吹奏楽部に入るよ。

もしお兄ちゃんが吹部に入ったら、コンクールでライバルになるかもね。」

と笑顔で言った。


もう部活を決めているのか…しっかりしてるな…。

「俺みたいにならないように、いろいろ見てから決めても遅くないぞ。」


そう言うと、母さんと久実の顔が無になった。


「あ、ごめん。そういうつもりじゃないんだけど…迷ってるから。」


そう言って部屋へ向かった。


戸を静かに閉め、着替えて椅子に座る。

机の上に置きっぱなしになっていた入部届が目に入る。


自分も、あそこで座って演奏できるのかな…。

吹奏楽部の人たちって、いろいろなんだな。

松下さんがすごすぎて…。


部屋を出て、リビングの棚に置いてあったスマホを取り出した。

スマホは部屋ではなく、リビングで使用・保管する決まりになっている。


『アルコバレーノ・ウインド・オーケストラ』を検索すると、演奏動画がたくさん出てきた。

その中に「アルヴァマー序曲」があった。

思わずタップする。


演奏が流れ出す。

母さんと久実が音に驚いて、

「何、いきなり!」

と言ったので、一時停止して、


「驚かせてごめん。今日ここの人が来て、ホルンの吹き方を教えてくれたんだ。」


そう言って、動画を再生して見せた。

ホルンの青い髪の人を指さす。


母さんと久実が覗き込んで、

「これは、すごいことになるんじゃないの?」

と聞いてきた。


やっぱりそうだよな…。

しばらく黙って眺めた。


こうやってプロの演奏を聴いたのは、初めてかもしれない。

ポップスなら聴いていたけど…。


母さんに、

「吹奏楽部、入ろうと思ってるんだけど…。」

と切り出す。


母さんと久実は、「おお!」と驚いて拍手をした。


「…え? いいの?」


と聞くと、母さんは、


「いいと思う!」


と拍手をし続けながら、真顔でうなずく。


「それって内申の心配?」


と聞くと、


「それもあるけど、楽器できる男の子って、なんかいいじゃない!

クラスでは普通でも、舞台で見るとキラキラして見えることがあるからさ。

自分の子がそうなるって思うと、なんか楽しみだし。」


と笑顔で答えた。


自分は、

「ずっとサッカーで応援してくれてたのに、ごめん。」

と謝る。


お弁当、応援、試合会場への運転…いろいろあった。


「気にしなくていいよ。」


と母さんは笑った。


「でも…俺にサッカーを続けてほしかったよね?」


と聞く。


母さんはすかさず、


「全然。」


と棒読みで、真顔で答えた。


え? と問い返すと、


「本音を言うとね、スポ少独特のママさん同士の圧で疲れてた。

当番とか忙しいし、拓海にかかりきりになって、久実のほうが手薄になりがちで…。

うまくバランスが取れなくなることもあった。

でも、拓海が頑張ってる姿を心の支えにしてた。

それさえあれば、何でもやってやろうって思ってたんだけど…。」


と言った後、長いため息をつき、低い声で、


「…あの奴ら…。」


と目がすわる。


鬼の形相の母さんに思わず黙り込む。

それに気づいた母さんは、


「あ、ごめん。拓海を追い詰めるつもりはなかった。

サッカーを続けようが、辞めようが、母さんは拓海が笑ってれば、それでいい。

そのためだったら、サッカーだろうが吹奏楽だろうが、どこでも何でもいいと思ってる。」


と落ち着いた声で言った。


「…そうなんだ。ありがとう。」


意外な内容に、少し驚いた。

自分が思い込んでいたことと、親の気持ちは違うものなんだな…。


机に向かい、入部届に自分の名前を書いた。

そして、リビングへ持っていき、母さんに渡す。


「入部する。親のサインと印鑑が必要なんだ。書いてほしい。」


と言うと、母さんはOKと言い、棚からボールペンと印鑑を取り出し、名前を書き、印を押した。


「はい。」


と渡される。


「ありがとう。」


と受け取った。


久実が、


「がんばってね、お兄ちゃん。」


と言うので、


「お前もな。」


と返し、自分の部屋へ引っ込んだ。


戸を閉める。


改めて入部届を見た。

透明なクリアファイルに入れ、バッグの隙間に滑り込ませた。

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