17.ホルンの音、初めての一歩
また黒沢に腕を組まれ、内田先生の後を追って音楽室へ。
入った瞬間、山田先輩が黒沢とアイコンタクト。
親指を立てて「グッ!」の合図。
「黒沢ぁ…俺まだ入るとは……。」
そう言うと、黒沢は軽い調子で返した。
「知ってる。分かってる。こうすることで、他の帰宅部の人とかが
『あ、吹奏楽部って途中入部OKなんだね! 覗いてみようかなー』って興味持つかもしれないんだよ。
だから、いてくれるだけでいいんだ。」
俺は少し面倒くさそうに言う。
「俺が音楽室にいるところなんて、吹奏楽部員以外誰も見てねーじゃん……。」
しかし——黒沢はさらっと言い切る。
「どこで誰が見てるかは、君はきっと知らない。」
意味深な笑顔。
「なんじゃそれ? なんかの小説のタイトルみたいだな。」
「適当なこと言っただけだよ。」
内田先生が口を開く。
「最初、合奏体形でアルヴァマー序曲を演奏1回。その後、パート練習30分。
最後に自由曲の合奏練習。」
部員全員——声を揃えて「はい!」
そして——俺に手を向けて言った。
「こちら、鈴木拓海さん。先日の見学者だ。入部は決めていない。
が、最初のアルヴァマー序曲でホルンの間に座ってもらう。
ホルンパートリーダー、2ndの譜面を鈴木さんへ渡して、ホルンの間に座らせてあげて。
譜読み経験がないとのことだから、休符のタイミングで指差ししてあげて。」
ホルンの2人が「はい!」と返事。
その後、部員が一斉に動き始める。
「じゃ、ここで待ってて。」
黒沢が動き始めた瞬間——2人の先輩が近づいてくる。
「こんにちは、鈴木さん。ホルン担当3年、高橋です。」
肩までの髪。
「私もホルンの2年、藤村です。」
前髪が左右に分かれた髪型。
2人揃って——
「よろしくお願いします。」
俺も慌てて——
「よ、よろしくお願いします……。」
高橋先輩が聞く。
「入ってくれたらすごく助かるけど、まだ決めてないんだよね?」
「あ、なんかすみません……。」
すると、藤村先輩が横から割って入る。
「そうじゃなくて! ごめんね、プレッシャーかけるつもりなかったんだけど……。
ホルンって地味で、アピールしてもみんな華やかな楽器に行っちゃって……。
気づいたら1年生いなくて……。」
2人して頭を掻きながら「あははは……。」と空笑い。
高橋先輩が嬉しそうに言う。
「だから、今日いてくれるだけで夢みたいなの! 1日だけだけど、1年生がいてくれたら、
こんな感じなんだね! って気分が味わえるから!」
その瞬間、両手で俺の右手をぎゅっと握った。
「待ってください! そんなことするとセクハラですー!」
藤村先輩が突っ込むと——高橋先輩は慌てて手を離し、
「ご、ごめんね! そういうつもりじゃないんだけど……。」
「それ、よくセクハラした人がする言い訳ですぅー。」
完全に逆転したパワーバランス——後輩が先輩に突っ込む空気。
俺は少し驚きながらも言う。
「……あ、全然大丈夫っす。」
びっくりしたけど。
【アルヴァマー序曲、演奏開始】
授業中とは違う——合奏体形へと変わる風景。
藤村先輩が指さす椅子。
「今日はここに座ってくれる?」
「え゛?」
高橋先輩が説明する。
「そうだよね、びっくりするよね。周り、楽器持ってるし。
でもね、ここにいる1年生、みんな1回は経験しているの。
先生が何か考えあるのかな?」
譜面を渡される。
「これがアルヴァマーのホルンの譜面。でも、いきなりは読めないと思うから、眺めながらでいいよ。
あと、前とは違って先生の指揮を演奏者側から見ることができる。」
居心地の悪さを感じながら、譜面を読むふりをする。
すると——
「アルヴァマー」
内田先生が白い棒を上げる。
部員全員——楽器を構える。
先生が棒を振ると——演奏が始まった。
譜面は——読めてない。
隣から聞こえるホルンの音。
後頭部にぶつかるトランペットの音。
思わず振り向くと——黒沢がいた。
……あいつ、吹けるのか?
姿勢を戻す。
ホルンがメロディを吹き始める。
そして、またメロディが別の楽器へ——。
後ろから——トランペットのメロディ。
黒沢は吹いてない。
高橋先輩が譜面を指す。
「今ここだよ。次ここから音出すからね。」
小さい声で「ありがとうございます。」と頭を下げる。
次の瞬間——ホルンとトランペットが同じような音を吹く。
1年のトランペット、黒沢ともう1人がホルンと同じ音を出している。
静かな雰囲気へと変わる。
トランペットは2手に分かれ——目立つメロディとホルンと同じ音が重なる。
目まぐるしく変わる音楽。
指揮は——何をしている?
眼光鋭い内田先生——。
周りを見ると、指揮を見ている人と、見ていない人。
指揮は……あおってるんだな、たぶん。
そして——最後の盛り上がりへ。
全員、大音量で演奏。
曲が終わった瞬間——白い棒が下がる。
全員、楽器を口から外す。
沈黙——。
緊張で、つばを飲み込めない。
内田先生が——低い声で言った。
「ばらばらだし、荒いし……まだこんなもんか……?」
ヤンキーのような鋭い目つき。
怖すぎる——無意識に震える。
先生がじっとこっちを見た。
「パート練習。か、休憩。各々判断を任せる。」
そして——
【ホルンパート練習、開始】
教室の後ろに、椅子が3つ並べられる。
その前に——内田先生が座る。
俺は、改めて考える。
ホルンって2人のはず。
3人って……俺もカウントされてるのか?
何度も言うけど——入部はまだ検討中なんだけどな……。
でも——さっきの内田先生の鬼のような怖い顔を思い出すと、何も反論できない……。
「じゃあ、鈴木さん、これがホルンね。」
藤村先輩が、俺の前に楽器をそっと置く。
金色に輝く、ぐるぐると巻かれたホルン——
こうして目の前にすると、思ったよりでかい。
「持ったことないよね?」
「あ、はい……。」
「じゃあ、まずは構え方から——」
藤村先輩が説明しながら、自分の楽器を持つ。
俺も——真似してみる。
すると、内田先生がじっとこちらを見ていた。
「違う。もっとこう。」
そう言いながら、俺の手の位置を調整する。
その手つきは、思ったより優しかった。
俺は——なんとなくホルンを構えてみる。
「じゃあ、まずは音を出してみようか。」
藤村先輩と高橋先輩が、吹き口を唇に当てる。
俺も——同じようにしてみる。
「力みすぎないようにね。」
高橋先輩が言う。
そして——先輩2人が軽く息を吹き込むと、ホルンの柔らかな音が響いた。
俺も——吹いてみる。
……音が出ない。
「大丈夫大丈夫、最初はそうだから!」
藤村先輩が笑いながら言う。
「もう一回、軽く息を入れてみて。」
俺は深く息を吸い、もう一度挑戦する——。
……微かに、音が出た。
「あ! でたでた!」
高橋先輩が嬉しそうに言った。
「すごいね、初めてで音が出るのはいいこと!」
「……本当ですか?」
「うん、最初はみんな出ないから。今の感覚覚えておいて!」
俺は、なんとなくホルンを持ったまま、じっと楽器を見つめる。
音が出た、それだけで、ちょっと嬉しい。
この楽器、もしかしたら、悪くないかもしれない。