13.内申と選択、俺の夏休み
有岡先生、母さん、俺——三者面談の日。
席につくと、有岡先生が口を開いた。
「とりあえず学校に来てくれてよかった。どう? 学校生活は?」
「ぼちぼちっす。」
正直、まだしっくりきていない。
「まあ、これから夏休みになるけど、何か予定はある?」
「宿題をやって、あとは暑いからのんびりと……。
あと、カナダに赴任してる父にも会ってみようかな、ぐらい。
でも父も忙しいみたいだし、英語もできない自分が行ったところで何もできないかもしれない。
だったら行かないかも。」
有岡先生は腕を組み、少し考えてから言った。
「学校に来てくれただけで嬉しい。
でも……『這えば立て、立てば歩めの親心』っていうのかな。
内申が引っかかる要素になってしまった。
鈴木が悪いわけじゃ決してないんだけどね。
夏休みで少し取り返すことができるかな?」
取り返す?
「例えば、読書感想文とか、税のポスターとか、コンテスト応募とか。
そういうので賞が取れたら、それが評価につながる。」
俺は少し考えた。
「ずっとサッカーしか頭になかったから、得意な科目とかない。
ゲームは好きだけど、プログラミングには興味ないし。」
有岡先生はまた少し考え——
「夏休みの宿題以外に何か取り組めるものを探してみて。
例えば、ゲームが好きなら、その作者や会社について調べてみるとか、
漫画が好きなら自分で描いてみるとか。
行けるなら、海外に行ってみるとか。」
……いまいち、どれもやる気にならない。
すると——横から母さんが口を開いた。
「吹奏楽部って、どんな感じですか?」
有岡先生の目がカッと開く。
「実績のある部活です。
コンクール出場、金賞、地区文化祭招待演奏、野球部応援、その他いろいろ。
部活動がそのまま社会貢献になっているから、評価されやすい傾向にあります。」
母さんは驚いたように
「そうなんですか!」
と言った。
有岡先生が続ける。
「吹奏楽部は夏にコンクールがある。
間に合わないかもしれないけど、見学ぐらいしてみたら?」
それから、少し真剣な表情になり——
「あんまりネガティブなことは言いたくないけど、高校受験を考えると、今から必死に努力することが必要かな。
高校側だって、不登校になる可能性のある生徒は困るから、内申の段階で影響が出る。
でも、それを上回ることをすれば今からでも間に合う。」
高校……か。
「あと、希望するなら夏休みの特別授業がある。
赤点じゃないから参加は必須ではないけど、
出席すれば『やむを得ない事情があり、本人が努力した』と評価できる。」
夏休み10日間、外部予備校講師を招いて学校で無料の特別夏季講習——その案内を渡された。
母さんは深々と頭を下げる。
「色々ご提案いただき、ありがとうございます。」
有岡先生はゆっくり微笑みながら言った。
「私からは以上です。
じゃあ、これからも、無理ないように。でも、何か見つけて。」
俺も軽くお辞儀をし、母さんと一緒に教室を出た。
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音楽室の「地獄」
下駄箱へ向かう途中——音楽室から音楽が聞こえた。
前に見学したときの曲とは違う。
母さんと一緒に、隙間からのぞいてみた。
そこにあったのは——前回のような明るい雰囲気ではなかった。
内田先生の怒りが、背中越しにも伝わる。
白い棒で譜面台をビシビシ叩いている。
「チューバ! ユーフォ!」
怒鳴り声が響いた。
「Bからのリズム、全員ばらばらってどういうこと! 指揮を見てないのか! スネアを聞いていないのか!
どっちともずれてる!そこから、おのれらだけでもう1回!」
部員の「はい!」という声。
指揮の振りと同時に、音楽が鳴る。
しかし——すぐに止められる。
「まだずれとる! もう1回!」
「はい!」
また繰り返される。
ここは地獄か?
ふと黒沢を見る——顔がこわばっている。
朝、クラスで見た女子2人——別人のように硬い表情をしている。
……俺には無理かもしれない。
今日、限界を見た。
母さんがぼそっと言った。
「昔から吹奏楽部って体育会系の文化部って言われてたけど、今も変わらないのね。
でも、普段のあの子たちって、明るい子がいたり、変わり者がいたり、ちょっとおもしろいのよね。」
何で知ってるの? と聞くと、学生時代の友人がそうだったと。
「ふーん。」
そう言って、下駄箱へ歩き出した。
音楽室の中——黒沢と山田先輩は、その様子をじっと見ていた。