100.カットされた音、崩れる心
今日から、9時~18時までの練習となった。
お昼休憩は30分間——。
朝は、個人で音出しを20分。
その後、2時間かけて基礎練習。
ロングトーンから始まり、さまざまなタンギング練習、基礎合奏——。
終わったら、少し早い昼食をとり、午後はすぐに合奏。
今日は、課題曲を集中練習するとのことだった。
基礎練2時間って、想像以上に体力も神経も使うんだな。
話をする暇もなく——食べて、うがいして、トイレに行って、 音を出すだけで終わる。
内田先生による課題曲の合奏。
ハーモニーディレクターでテンポを確認する。
内田先生は、指揮台の手前に机を置き、 講談師が持っている白い棒のようなものを使って、 バチンバチンとリズムをとっていた。
「頭から、3.4!」
そう言うと、一斉にブレスをして音を出す。
2つ目の音を出したところで、ストップがかかる。
「和音も音程も入りもボロボロ!
頭からそんなんじゃ、審査員が聞く気なくすんだ!
集中しろ、もう1回!」
部員の気合の入った返事の後——
内田先生は、再度「3.4!」と合図を出す。
やっぱり、2つ目の音を出したところでストップがかかる。
「ロングトーンで。」
内田先生の合図で出してみる。
その後、2分音符、4分音符と短くしていく。
「低音が遅れて聞こえる。少し早めに出すこと。」
低音パートの返事が響く。
カリカリと譜面に書き込む音——。
内田先生の「3.4!」に合わせて、再び音を出す。
「全然合ってない! 遅れてるんだ!
拍の頭に音が揃わないと!」
パートごとにロングトーンで重ねながら、 低音→中音→高音→低音から中音→高音へと、順番に切る。
それを少しずつ短くしていく——。
……という作業を、最初の1小節で2時間かけてやった。
これ、間に合うのか?
軽く計算しても、間に合わないんだけど。
内田先生は、ついに——
「1人ずつ。」
と言った。
とんでもなく重苦しい雰囲気の中、1人ずつ——。
3年生でも——
「音程揺れてる。」 「もうちょい、はっきり切って。」 「3つ目の音からテンポが走ってる。」
などと注意を受ける。
その都度、返事をし、書き込んで、やり直し——。
OKが出たら、次の人、という流れだった。
クラリネットから始まった。
2年生の先輩も——
「口元、少しくわえ過ぎ。もうちょっと緩めて太い音で。」 「口元は緩めるけど、タンギングは明確に。」
などと注意され、3年の先輩同様に書き込み、やり直し——。
OKが出たら、次の人へ——。
1年生。
今年からクラリネットを始めた人たち。
「楽器が鳴ってない! もっと息を吹き込め!」
「息を吹き込もうとしたら、音が遅れてるだろ!」
「リードミスになるくらいなら、もう少しくわえる力を強めて!
苦しいなら、腹筋を鍛えろ!」
「何度も同じことを言わせるな!
先輩たちへの注意は、同じメロディをやるなら聞いておけ!
できるように準備しておくんだ! これは全員、そうだ!
自分らの番が回ってきた時に、同じ注意をされないようにしておけ!」
……もう地獄なんだけど……。
クラリネットだけで30分過ぎてる——。
これだけ楽器を吹いていない状態で——
いきなりホルンで音を出せって言われても——
もうエアコンで唇が冷えて、まともに出せそうにない。
「ホルン。」
ついに、呼ばれた。
絵馬先輩が音を出す。
「もうちょい、出せるか?」
という内田先生の問いに——
絵馬先輩は「はい。」と答え、2回目に挑む。
「3番目の音になると不安定になる。
最初の勢いのまま、この2小節は進むんだ。
もう1回!」
「はい。」
返事の後、再び吹く。
OKのようだった。
「次。」
内田先生の声——俺だ。
内田先生の「3.4!」に合わせて音を出す。
音を2つ出したところで、ストップがかかる。
もう1回。
また同じパターンを3回——。
そして——
「話にならんな……。鈴木は頭3小節カット。
4小節目から入ってこい。」
と言われた。
……え? カット?
「カットとは、そこは吹くな、という意味だ。
音程もタイミングも切り方も全く合わない。
何を練習してきたんだ。
カットだ!
吹いてるふりして、息を吹き込んで指を動かして音を出すな。
次、ユーフォ!」
……。
グサッと来すぎて、息が詰まった。
合わない原因、俺だった?
涙が止まらなくなった。
最初の小節でカットになったのは——
俺とトロンボーンの1年生だった。
「全体で!」
という先生の声で、一斉に構える。
俺は、音を出さない。
息を吸って、吹き込んで、指を動かす——。
合ったようだ。
合奏は、先の小節へ進む。
涙が止まらず、吹いている——。
実力不足と緊張とメンタルやられて、もう帰りたい。
内田先生が怖い。
もう、ずっと吹いてるふりでいいですか?
って思い始めた。