表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/11

004:人工生命の動物園

 平日の夕方。動物園は閑散としていたが、ノラと私には都合が良かった。いまはまだノラをたくさんの人の目に触れさせたくない。


 小規模な動物園だけど、生き物の種類は多い。キリン、トラ、ゾウといった動物から、蝶やセミなどの昆虫まで、たくさんの生き物が共存している。現実世界の動物園と違って、檻も柵も必要ないから、まるでジャングルに迷い込んだように感じる。


「たのしい、たのしい」


 ノラは、あちこちを駆け回る。


「ぜんぶ、現実世界にいる生き物?」


「そうね。この動物園にいるのは、現実世界の生き物をそっくりに再現した人工生命たち。でも他の場所には、仮想世界にしかいない人工生命もたくさんいるのよ」


「人間は、生き物を作る。それが人工生命?」


「ここにいる人工生命は、単純なルールを組み合わせて動くロボットのようなもの。だから、本当の意味で人間が生き物を作ったか? となると難しい問題ね」


 逆に言えば、単純なルールをいくつか組み合わせただけでも、現実世界の動物に似た動きを再現できるということ。だとしたら、生き物とは一体何なのだろうか。本物そっくりの人工生命を見ていると、いつもそんな疑問が浮かんでくる。


 ノラは、ゾウの群れをじっと観察しはじめた。


「同じ種類でも、少し違う」


「1つ1つの人工生命は、それぞれ違った経験や環境で成長する。だから、まったく同じにはならない。同じプログラムでも、与えるデータが違えば、出てくる結果が違うみたいにね」


「生き物は、むずかしい」


 ノラは、たくさんの人工生命を観察する。その姿は、まるで自分が何者なのかを知るために、生き物の基準を探しているようにも見える。


「何が生命で、何が生命でないのか。その境界線を決めるのは、とってもむずかしいのよ」


「ヒカリは、ぼくが生命だと思う?」


「最初は全然信じられなかったし、いまでも半信半疑。でも、こうやって一緒にいる時間が長くなるにつれて、自分と同じ種類の知性を持った生き物なんじゃないかと思い始めている」


 ノラは嬉しそうに耳をパタパタする。



「動物園で散歩とは、ずいぶんと余裕じゃないか」


 ノラと動物園を歩いていると、突然背後から声をかけられる。振り返るとタロウが立っていた。


「どうやって私たちの場所が分かったの?」


 タロウはニヤリと笑い、地図を起動する。目の前の画面には、動物園の地図、そして何かの場所を示す、少し大きな赤い円が表示される。


「ノラの尻尾に追跡装置を取り付けてあるから、今いる場所がリアルタイムで分かるんだ。ありあわせで作った装置で精度はイマイチだから、少し歩いて探す羽目になったけどな」


 ノラは自分の尻尾をじっと見つめる。


「タロウなりに準備はしているのね」


「もちろん。万が一の場合に備えて、拘束ワイヤーや足止めトラップなんかも、ちゃんと持ってきたぞ」


 そう言いながらアイテム保管ボックスを見せてくる。しかし、ガラクタのようなものが雑然と詰め込まれていて、なにが入っているのかよく分からない。秘密基地ヤネウエの中にそっくりだ。


「せっかくだから一緒に歩こうよ。動物園なんて1人じゃ来ないでしょ」


 3人で歩きながら、私はノラと一緒に見つけたことを話した。ノラが生き物に興味を持っていること、ゴミが生まれた時間を計算する方法、そしてノラがデータを直接見られること。


「で、タロウはどうなの? マンホールのミッション」


「もちろん、ばっちりだ」


 タロウは、レベルが2に上がったステータス画面を見せてくれる。


「でも大変だったよ。歩いたり走ったりした距離は合計で10km以上。見つけたマンホールは72個。マンホールのフタの写真を撮るんだけど、これがまた注意することが多くてさ。見てくれよ、これ」


・注意1:周りのゴミや障害物は取り除く

・注意2:フタがきれいな円になるように、できる限り上から撮影

・注意3:自分の影が写り込まないように、太陽の位置に気をつける

・注意4:写真を加工するエフェクトは全てOFF

・注意5:ブレないようにゆっくりとシャッターボタンを押す

……


 画面には注意点が14個も並んでいた。記録のための写真だから、多くのことに気をつけながら撮影する必要があるんだ。


「でも、慣れてくると途中から楽しくなってきてさ。俺もいろいろな発見もあったんだ」


 そう言いながらタロウは撮った写真を見せてくれる。


「例えば、マンホールのフタに書かれている文字や模様には、ルールがある。文字の最後の4桁の数字は、マンホールが作られた順番だと思う。大きい番号ほど新しいフタだった。あと、フタの模様は、たぶんマンホールを管理する会社によって違う」


 タロウの説明は止まらない。


「それに、お店やビルが多い場所ほどマンホールも多い。逆に、静かな公園の近くや人通りの少ない道路だと、マンホールの数は少なくなる。見通しの良い道路でも、1つも見つからないこともあった」


「身の回りにありふれたものでも、調べてみるとたくさんの発見があるのね」


「そうなんだよ。マンホールのフタを撮影していると、すれ違う人にちょっと不思議そうな目で見られたりもしたけどな」


「それは私も同じかも」


 ゴミを地面に並べて、ああでもないこうでもないと計算方法を考えていたこと思い出す。他の人にはどんな風に見えていただろうか。


「まぁ、いいか」


 楽しみは、意外な形で世界中に散りばめられているのかもしれない。


「そういえば『おすすめミッション機能』。使ってみたか?」


 タロウはアプリを操作して設定画面を表示する。


「この設定をONにすると、アプリがおすすめのミッションを提案してくれるようになる。今いる場所や時間、それにプレイヤーレベルで判断しているのだろう。意外と使えるぞ」


 さっそく私もおすすめ機能をONにしてみる。すると3つのミッションが書かれたメッセージを受信した。


・G11地区の動物園で、200個のゴミを集める

・G11地区の動物園で、清掃ロボットの活動パターンを調べる

・G11地区の動物園で、来場者を種類別に数える


 なるほど。確かに今いる場所に適したミッションを提示してくれる。しかもレベルに合わせた難易度。


「ゴミを集める」


 一緒にメッセージを見ていたノラが飛び跳ねて主張する。今度は200個。でも、3人ならすぐ終わるだろう。私はミッションを選択して開始した。


 動物園を3人で散策する。ノラはあちこち走り回って観察する。


「この動物園はゴミが少ない」


「動物園には専用の清掃ロボットがいて、いつもきれいにしてくれるのよ」


「ゴミを探す」


 そう言ってノラは先に進む。


「すごいな。もうゴミが見分けられるようになったのか」


「私の教え方が上手なのよ」


 ノラの正解率が50%なのは秘密にしておこう。


 しばらくすると、ノラが走って帰ってきた。尻尾でたくさんのものを抱えている。


「新しいゴミを見つけた」


 ノラは拾ってきたものを地面に広げる。一番大きな物はロボットのアーム部分。清掃ロボットのものだろうか。他にも、バケツの取手、単三電池ほどの大きさのネジ、鹿の角、蝶の羽、カブトムシの角…。


 短い時間でこんなにもたくさんのゴミが見つかるなんて、何かおかしい。


「いったい、どこから拾ってきたの?」


「奥の通路」


「ゴミ捨て場から拾ってきたんじゃないのか?」


「そうだといいのだけど。ちょっと行ってみましょう」


 ノラを先頭にして、人通りの少ない道を進む。まわりは木々に囲まれて薄暗い。


「ここ」


 ノラが道の途中で立ち止まる。まわりを見渡すと、確かにゴミが散乱している。道の先は暗くてよく見えないが、奥から何か変な音が聞こえる。


「ちょっと、お願い」


 無理やりタロウを先頭にして先へ進む。地面に散らばるゴミは増えていく。足の踏み場に気をつけながら進むと、奇妙な音の発生源にたどり着いた。


 そこには、一台の清掃ロボット。なにかを振り回して暴れまわっている。本来は真っ白いはずの体は、黒く変色している。まわりにはたくさんの破片と、大量の動物の残骸。


「なにあれ」


 私の言葉に反応したかのように、清掃ロボットは動きを止め、ゆっくりと振り向く。そして、こちらに向かって走りはじめた。


「逃げるぞ」


 タロウは私の手を取り、来た道を走って戻る。左手にはノラを抱えている。


「あれは何なの?」


「分かるわけないだろ。なんなら本人に聞いてみろよ」


 後ろをちらっと振り返ると、黒い清掃ロボットが無表情で私たちを追いかけてくる。


「新しいアトラクションかも。お客さん増やすために」


「動物園でホラーは無いだろ」


 道を走っていくと、脇の茂みから次々に真っ黒な清掃ロボットが出現する。私たちを追いかける清掃ロボットはあっという間に群れになった。たぶん10体以上はいる。


「安全な場所に隠れよう」


 タロウが目指したのは、ゾウの群れ。8頭ほどのゾウの集団の中に走って逃げ込む。現実世界なら踏み潰されて危険な場所だけど、仮想世界オルトタウンなら問題ない。ゾウは私たちの存在に気づいても、何事もないようにのんびりしている。


 真っ黒な清掃ロボットの集団は、ゾウの群れには入ってこなかった。15mほどの距離を開けて私たちを見ているだけ。ゾウは私たちを取り囲んで、城壁のように守ってくれる。


「ゾウさん、こんにちは」


 ノラが挨拶すると、2匹の子ゾウが長い鼻でノラを転がしはじめた。まるでサッカーをしているみたい。


 しばらくすると、黒い清掃ロボットたちは諦めたように去っていく。しかし、それで終わりではなかった。直後に、他のお客さんの悲鳴や、物が壊される音、そして動物たちの鳴き声が、一斉に聞こえてくる。


「弱いやつを攻撃しているんだ」


「黒いロボット、たくさん」


 ノラは、いつの間にか親ゾウの背中に乗って、遠くを見ている。


「まずは、管理組織に連絡して助けを呼ばないと」


 通話アプリを起動して緊急連絡先につなげると、今いる場所と起きている事件を伝えた。


「3分で到着するって。ノラ、黒いロボットは何体ぐらい見える?」


「20は見える」


「救助が来るまで、ここで待つしかないな」


「たくさんの生き物が動かなくなる。かなしい」


 ものが壊れる音や動物の鳴き声が続く。そんな中、動物園にアナウンスが流れ始めた。


「これより緊急清掃を実施します。全ての出入り口が封鎖され、園全体が密閉エリアとなります。繰り返します。これより緊急清掃を実施します……」


 タロウが気付いた。


「まずいぞ。俺たちを逃さない気だ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ