003:100個のゴミ
仮想世界オルトタウンも、現実世界と同じような問題を抱えている。その1つがゴミの問題。故障して放置された古い機械、誰かが落とした情報のかけら、壊れた建物から落ちてきた破片。処分に困ったデータが不法投棄されるなんてことも。
清掃ロボは街を巡回し、ゴミを拾ってきれいにしてくれる。でも、オルトタウンのユーザーは毎日増え続け、生まれるゴミも増えていく。清掃ロボの数は全然足りていない。
G11地区に入ると、さっそく道に落ちた小さいゴミがいくつも見つかる。
「未処理のデータの破片かな。近くの工場から輸送中にこぼれ落ちたのかも」
見つけたゴミをアプリで読み取ると、検査結果が画面に表示された。
・判定:ゴミ
・種類:製造過程で発生した余剰データ
・生まれた時間:2時間15分前
・所有者:不明
・地区:G11
・座標:3925.8457
登録しますか? YES/NO
ゴミの判定だけでなく、種類や時間まで分かるようだ。YESボタンを押して登録すれば、これで1つ完了。ミッション達成まで残り99個。見つけたゴミは、近くの収集箱に捨てておく。
「ゴミ、おぼえた」
「たくさんあるから、どんどんいきましょう」
気をつけてゆっくり歩けば、ゴミは次々に見つかる。壁からはがれ落ちたポスター、空き地に不法投棄されたタイヤ、樹木から落ちた葉っぱ、水筒のような円柱形の古い容器。
「おぼえた」
ごみを一つ拾うごとに、ノラは学習してく。
ゴミを30個ほど拾ったあたりから、ノラも見つけて拾い始める。けれど、ゴミだと思っても、誰かの落とし物だったり、風景の一部だったりで、2回に1回は外れてしまう。
「むずかしい」
ノラはそう言ってしょげる。私でも正解率は80%ほど。見るもの触るものすべてが新しいノラにとっては、50%でもたいしたものだ。
2人で探して歩くと、あっという間にゴミが集まる。残りは40個。この調子ならすぐに終わりそう。
「それにしても、新しいものは5分前、一番古いものは半年前。ずいぶんと、いろいろなゴミがあるものね」
「時間が分かる、不思議」
「いったいどんな仕組みで、ゴミが生まれた時間を計算しているのかしら」
「ぼくが生まれた時間、分かる?」
「ちょっと試してみていい?」
「もちろん」
アプリをノラに向けて、読み取ってみる。
・判定:ゴミではありません
「それはそうか。ちょっと安心したかも」
「残念」
「でも、時間を計算する原理が分かれば、ノラの生まれた時間も分かるかもよ」
ためしに、いくつかのゴミを比べて違いを調べてみた。形や色、見つけた場所、所有者の情報。でも、時間を計算する方法は見当もつかない。例えば、見た目はそっくりな2つの落ち葉でも、アプリで読み取るとゴミになった時間は3ヶ月も違っている。
しばらく考え込んでいると、ノラがなにかに気づいた。
「古いゴミはデータが少ない」
「少ないって、ノラは中のデータが見えるの?」
「見える。新しいゴミはデータがたくさん。古いゴミはデータが少ない」
いったいどうやってノラはデータを見ているのだろうか。疑問が1つ増えたけど、まずは時間の計算方法から解決しよう。
「仮想世界オルトタウンのゴミは、時間が経つと少しずつ中のデータが壊れて消えてしまうのかも。だから古いゴミは中のデータが少なくなる。ってことは、消えたデータの量が分かれば、逆にどれくらいの時間が経過したか計算できるはず」
現実世界の放射年代測定と同じだ。化石が生まれた年代を調べるには、その化石に含まれる炭素などの元素の量を調べる。元素は時間が経つと自然に減っていくから、生物が生きていたときの元素の数と、化石の中の元素の数を比べれば、生物が死んでからどれくらいの時間が経ったのか計算できる。アイスの溶け具合で、アイスを買ってからどれくらいの時間が経過したのか分かるのに似ている。
「確認してみよう」
解析アプリを起動して、ケーブルを落ち葉につなげる。なにをやっているのかと、ノラがのぞき込む。
「これはデバッグ接続。解析アプリと物をケーブルでつなげると、物の中のデータを見たり、プログラムを書き換えたりできるの。普通は自分の持ち物しかデバッグ接続できないけど、所有者が設定されていないゴミなら大丈夫」
「ぼくも、やりたい」
「もちろん、あとで教えてあげる」
解析アプリの画面には、デバッグ接続した落ち葉のデータが表示される。その中からいくつかを選んで消去コマンドを実行する。落ち葉の見た目は変わらないけど、これで中のデータが少し減ったはず。
落ち葉を読み取ってみると、生まれた時間が古くなっている。データが余分に消えたから、それだけ長い時間が経過したと計算されたんだ。
「やった。思った通り」
時間とともにデータは自然に消えていく。これも、ちょっとしたオルトタウンの秘密かもしれない。
「ぼくが生まれた日、分かる?」
「うーん。それは難しそう。時間を計算するには、ノラが持っていた元々のデータの量や、データが消える速度が分からないと」
「ぼくも、壊れてデータが消える?」
「そうね。でも、生き物はいつも、どこかが壊れて、どこかが新しくなるの。だからそんなに心配しなくてもいいと思うよ」
ノラは少し安心した様子。
それにしても、ノラはどうやって中のデータを見ているのだろうか。そして、もしノラが本当に自立したAIだとしたら、はたして生き物といえるのだろうか。疑問は増えるばかりだ。
最後の1つのゴミをアプリで登録して、『100個のゴミを集める』ミッションは完了。すると、すぐにメッセージが送られてきた。
『ご協力ありがとうございました。集めたデータは大切に利用させていただきます。今後も《みんなのデジタル考古学》をよろしくお願いします』
そしてもう1通。
『ミッション達成により、経験値300を手に入れました。プレイヤーのレベルが2になりました。詳細はステータス画面で確認できます』
さっそくステータス画面を確認すると、確かにレベルが2に上がっている。隣には、次のレベルアップに必要な経験値が600と表示されている。目標のレベル75まで、先は長そうだ。
タロウはどうだろう。合流して手伝おうか、それとも、もう少し散歩を楽しもうか。そんな事を考えていると、ノラが耳になにかを乗っけて近寄ってきた。
「これも、ゴミ?」
よく見るとノラの耳の上には、黒と黄色の羽が二枚。たぶんアゲハチョウだ。
「これは蝶。現実世界の生き物を、仮想世界オルトタウンで再現したものよ」
「生き物。ヒカリと同じ?」
「オルトタウンの生き物は、データとプログラムだけで作られた人工生命。だから現実世界の生き物と見た目はそっくりだけど、中身はちょっと違うかな」
アゲハチョウは飛び立って、パタパタと空中を泳いで去っていった。
「人工生命は、たくさんいる?」
いくつも思い浮かぶけれど、1つ1つ説明していたら日が暮れてしまうだろう。
「そうだ。近くに動物園があるから、行ってみようか」