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落ちてくる人  作者: つっちーfrom千葉
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落ちてくる人 第八話


「待ってください。警察の手であれを打ち殺そうっていうんですか? そんな乱暴な……」


 肉屋はたいそう驚いたような素ぶりを見せた。こういった残忍な結末は彼の想定を超えていたらしい。単純な性格の底が知れた瞬間である。


「私も処刑には反対です。彼はまだ生還する可能性があると思います。それに、生きているかもしれない人を生活や交通の邪魔だからといって射殺するのは、法を逸脱していると思います。短絡的に人の命を処分することは、我々の未来への推察が、もし誤っていた場合、世論のすべての方向からの集中砲火を喰らって、必ずや後悔することになります」


 我慢ならなくなったので、反対意見を出すことにした。しかし、この私としても、処刑に変わる妙案を持っているわけではなかった。確かに空中にいる間に狙撃して命を奪ってしまえば、我々の足下に彼が落下してきたとしても、その命の損耗はそれほど重大なものではなくなり、果物や家電製品が落ちて砕けるのとほぼ同義になる。ここに集まった人々が持ち合わせている、(人命を救うことができなかったという)罪の意識も薄れることだろう。


「あなた方は後で問題になることを恐れているらしいが、問題など起きないから、心配しなさんな。何しろ、警察と医者が同意した上でこれを行うわけですから、誰にも公権力への糾弾などさせません。この一件には、これ以上の解決策はないんです。人を撃ち殺すことに躊躇しているのは、我々だって同じです。しかし、最良の策でもあるわけです……」


「もしかすると、銃弾が脇腹に刺さったときの威力で、あの男の身体は歪みから逸れて、再び重力の力に乗り、ここまで自然と落ちてくるかもしれませんな」自称科学者が薄ら笑いを浮かべながらそのように述べた。


「殺害する前に遺族に対してあの最期の姿を見せてやるべきでしょうか? まだ、死んでいないかもしれませんから……」


「通常の時流にあった場合、彼は飛び降りた数秒後には確実にあの世行きです。彼の肉親や友人が、どんなに速い乗り物で駆けつけようとも、生前の姿に対面することは不可能であります。通常の秤では不可能であった、大きな喜びを双方に与えることになります。論理的に考えれば、被害者の遺族をすぐにここへ呼ぶべきです。彼の肉体は空中で固まっていますが、正確には死んでいません。今は死亡数秒前の状態にあるわけですから。今にも自殺しようとする人間の遺族が、死者の生前の姿と最後の面談を行えるのは、おそらく、今回だけです」


 私はあの程度の自信をもって、警察関係者にそのように告げた。


「では、実際には、あの態勢のままで、あと一週間も二週間も生きるかもしれないと思われているわけですね? 万が一、あの男の遺族が見つかって、ここへ呼ばれるまでに、世界のどこかの研究所において、あの謎の渦を破壊するような革命的な装置が発明されれば、彼はすぐにでも救出されて、この事故自体が無効になるという蟻んこのような可能性を、あなたは考えているわけですから」警部は我々との対立姿勢を少しも崩さなかった。


「あの男の家族一同が、ここからさして遠くない場所に住んでいるかもしれません。署に連絡して探させましょうか?」我々のすぐ横に佇んでいた警官がそのような提案をした。


「では、彼の遺族に連絡がとれるまで銃殺は待とう……」

 ここを仕切る警部は部下にそう言われると、少し残念そうにそう呟いた。


 そんな対話をしていたとき、グレイのスーツを着込んだ不審な中年男が、群衆をかき分けるようにして、我々の目の前に、突然飛び出して来た。


「あなたが最初の目撃者でしょうかね。いや、否定されても駄目です。きっと、そうに決まっている。だって、もうほら、他の方より、二歩も三歩も前へ進み出ている。この不可解な事件に対して、最大の興味を持っていることの証だ。ならば、今の状況と今後起こり得る展開について、何らかの説明義務を負うことになります。そうでしょう?」


 彼は誰も期待していない質問を述べつ捲し立てた。


「お断りします。マスコミとは関わり合いになりたくないのです」


 ぶっきらぼうにそう答えてやった。彼に恨みはないが、新聞記者なんて、どれも似たようなものだ。彼らは自分の取材には社内の評価という実績以上に、大きな価値があると思い込んでいるようだ。そして、他人のプライバシーや内心を探ることは正義だと思っている。そして、大手新聞社の腕章さえ身につけていれば、どんな無礼な行為に及んでも構わないと思っている。


「ほう……、マスコミに協力する気がないと……、それは……、いったい、なぜ?」


「よい思い出がないんですよ」


「では、どういった思い出をお持ちなんです? まずは、それを聞かせてもらいます。結論はその後に出しましょう」


「いえ、これより単純な事件です。交通事故の現場に佇んでいたら、無礼な記者にマイクを押しつけられて『早く一言話せと』無礼な態度で感想を求められたのです……。まあ、それはそうと、ここでこれだけの騒ぎが起きていますが、駆け付けてこられたのはあなただけ。そのことが不思議とは思われませんか?」


「ええ、おっしゃる通り、私が一番乗りのようです。でも、そんなことはあまり気にはなりませんね。現場に駆けつけることが早くなくとも、他社を出し抜ける可能性は常にあります。事件は日常的に街のあちこちで起きていますからな。報道各社でどの事件に注目するか、その意向が分かれることは珍しくありません。何しろ、この界隈だけで数万人の住民がおるわけですから。その中には、強盗も冤罪も殺人犯も少なからず含まれています。情報にはテンカラットの宝石よりも価値があると思い込んでいる我々にとっては、まことにありがたいことです」


「そんなくだらない理由で、この件を取材に来られたわけですか? 大変残念ですが、あまり面白いことはないですよ。見ての通りです(警部は上空を指さす)。中年と思われる小太りの男性が、このビルの屋上から飛び降りたのですがね。どういうわけか、地面までは落下せず、空中で引っかかっておるのです。我々の視力が確かなら、ここにいる全員がまったく同じ状況を、そして、まったく同じ疑問を感じているわけです。未だに地面に遺体が転がっていない、その要因も、彼が屋上から落下した理由も、今のところ、さっぱり分からんわけでして……。こんなもの、いくらレベルの低いお宅の新聞でも、記事にはならんでしょう? 新聞の読者は事件が起これば、常に動機と結果と専門家の解説を求めるものです。勉学や未知の出来事への興味からではなく、自分の気持ちを安定させるためにね。今回の場合、その中のどれをとっても何も分かっておらんのです。残念ながら、マスコミの出る幕ではありませんよ」


「新聞の売り上げのことなんて、心配してくれなくてもいいんです。私は確かに新聞記者のひとりだが、あなた方の仕事の邪魔をしに来たわけじゃないのです。それどころか、時間解決の糸口を示して差し上げようと思いまして……」


 その記者は自身ありげにそう答えた。この事件を解決する手がかりを提供しようというのである。皆が彼の口上に注目した。


「実はですね、昨晩のことなんですが、ここから二百キロほど離れた住宅街で、ふたつの説明のつかない光源が、東から西へと夜空をゆっくりとした速度で移動していくのを、多くの通行人が目撃しているのですよ。いいですか? これはスクープですよ。端的に言ってどう思われます?」


「昨晩、ずいぶん離れたどこかの空でUFOが目撃されたと言うんですか? そして、その円盤に乗って地球にやってきた宇宙人どもが、何らかの悪さをしたことで、空間の歪みを生み出したと……?」警部は半信半疑の様子でそのように応じた。


「うーん……、この一件に未確認物体が関係してはいないと断言できない以上、UFOがあの男の飛び降りに関与している可能性はゼロではないがね……。ただ、それにしても、動機は分からんね。宇宙人はあの男の動きを静止させて、何をしてやろうと企んでいるのかが、さっぱり分からんね。なぜ、あの男を標的に選んだのか、そして、奴の身体を空中で静止させておくことで、いったい、異星人にどんな利益があるというのか……?」


「目的は地球の空間の一部に小さな傷を付けることであり、そこに自殺志願者が飛び込んでくるとは思っていなかったんでしょう!」


 安っぽい記者は自身ありげにそう結論づけた。私の思考からすると、正答から一番遠い推測に思えるのだが、『溺れる者は藁をもすがる』の心理なのだろうか。周囲に佇んでいる多くの聴衆も、その空論に一理ありと、聞き耳を立てているようだった。


ここまで読んでくださってありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします。

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