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落ちてくる人  作者: つっちーfrom千葉
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落ちてくる人 第十一話(完結)


 そんなとき、二台のパトカーがサイレンを轟かせながら、この現場に乗り付けてきた。警部はその出現に驚いて、事情を聴くべく走り寄っていった。新たに現れた警察官は窓を開け、警部にもうひとつの難事件の説明を始めた。


「今から、四時間ほど前に、駅前の銀行に強盗が押し入り、拳銃二発を発射、多額の現金を要求しました。行員の懸命な説得と抵抗により加害者はその場から逃走たということです。残念ながら、詳しい情報が手に入っておりませんが、犯人はまだ捕まっておりません。付近の警察関係者の大多数がこの事件の捜査にあたっている状態です」


「駅前の銀行に強盗だって? それはまずい、あそこには俺の預金もあるんだ!」肉屋は頭を抱えてみせた。借金の方が多いくせに。


「いえ、その点につきましては、ご安心ください。防護服をまとった警備員が駆け付け、取り押さえようとしたところ、男は金銭の奪取を諦め、何も奪うことなく逃走したらしいのです。ただ、小型拳銃とナイフなどの武器を所持している可能性があり、未だにこの付近に潜んでいる可能性もあります。現在、その行方を懸命に捜索しています」


「その犯人の人相は?」


 警部はようやく思考の転換に成功したらしく、別に起こっていた事件にも関心を示そうとした。同じ区画で一日に二件も重大事件が起こるのは珍しいが、滅多に起こり得ない銀行強盗にしても、超常現象よりはずっと現実的な出来事である。


「いえ、それが銀行に押し入った際には、黒い覆面を付けていまして……」


「覆面を付けて逃走しているなら、余計に目立つだろうが。今が八十年代なら、熱狂的なプロレスファンがそれを被って街を徘徊していた可能性もあるわけだが……」


「何を言ってるんです! その頃だったら、強盗なんて起きなかったんですよ! 犯罪率の上昇は経済の二極化が主な要因です。そのために、国家権力により無残に殺された人々……。ああ、平和な時代に戻りたい……。この二十年の間に、どれほどの幸福が失われてしまったことか……」科学オタクは泣きそうな顔でそう訴えた。


「犯罪率について語っているなら、別に今でも昔でもあまり変わっておりませんや。機関銃を所持した警察の警備が厳しくなったおかげで、狙われるのが富裕層から、より弱い人間へと変わっただけでしょ……」肉屋は視線も合わせずにそう突っぱねた。


 第三の警察関係者は、銀行の防犯カメラに映っていた写真をポケットから取り出すと、警部に手渡した。そこには、赤いTシャツを着て、ぼろの古いジーパンを履いた中年男性の姿が鮮明に写っていた。警部はきわめて自然な動きによって、再びビルの屋上付近で静止している男の方に視線を向けた。彼の驚きと失望は、想像するに余りある。人は本当に驚いたとき、なかなか素早い反応をできぬものだ。いくら天下の警察組織といっても、こんな展開は読めなかったらしい。落ちてくる男の正体は自殺志願者でも、マフィアによる凶行の被害者でもなかった。


「この中に、誰か、その真相を承知していた方はおりますか?」

 警部が仕方なさそうに同じ質問をもう一度繰り返したとき、私は申し訳なさそうに手を挙げた。


「えっと……、なぜ、今までそのことを黙っていたのかな? もし、数時間前に強盗事件のことが判明していたなら、もっと他に手の打ちようがあったかもしれないのに……」


「それを説明する暇がなかったのです。ちょうど正午頃に、銀行から覆面強盗が飛び出してくるところを目撃しまして、自分にはいっさい関係のない事件ですが、つまらない正義感がむくむくと沸きまして、その後を追ってきたわけです」


「そして、犯人はマスクを脱ぎ捨てると、この地点まで逃走してきた挙句、このビルの非常階段を駆け上がり、屋上にまで走り込んだわけだね?」


「その通りです。このビルに登ったのは、複数の警備員や野次馬の追撃されていたために、相当に焦っていたからであり、たまたまだと思います……」


「そして、屋上の柵の前で君とつかみ合いになり、奴は足を踏み外して、落下したわけだね?」


「その通りです。遺体の確認をするために、駆け足で一階まで降りてきたときには、彼の身体はとっくに地面に激突しているものと思っていたのです。ところが……」


「アスファルトの上に奴の身体はなく、上を見上げたら、空中の歪みに見事にハマっていたわけか……」


「警部、まったくその通りです。最初はアドバルーンではないかと疑ったくらいです」


 辺りは薄暗くなってきた。すでに日は落ちようとしている。これから物理学の専門チームを新たに派遣してもらうかどうかの協議をして、この事件にどう取り組むかを決める見込みとなった。結論が出るまでには、最短でも数日はかかるだろう。おそらく、ここで渦を目撃した全員の個人情報を政府に提出することになると思われる。マスコミ関係者や一般市民に、この事態を密告した人間を後で特定しやすくさせるために……。 それについても、警備員や野次馬などの関係者からは、多くの反対意見が出ることが予想される。


「ええ……と、周りにいらっしゃられる方で、強盗犯の行動や、この方に追いかけられているその現場を直に目撃された方はいますかね? 少し事情を伺いたいのですが……」


 しかし、周囲にいた多くの野次馬たちは、この一件にはすでに興味を失くしていた。みんながみんな、どう声をかけても、愛想笑いを浮かべるくらいの反応しか返してくれない。犯人の素性や動機のほとんどが判明しなかったからこそ、この事件は多くの通行人の関心を引いていたわけであって、事件の全貌のほとんどが判明してしまうと、あちこちの街角で普段から幾千万と起こり得る、ありふれた事件のひとつに思えてしまうらしい。


「銀行強盗なんて、昔は三面記事を賑わせましたが、今では、現実にもエンタメにもありふれていますからね……。それと出会うこと自体が、日常の範囲内になったわけですな……」


 肉屋は帰り支度をしながらも、ぼそぼそとそんなことを呟いていた。長い一日を終え、太陽が地平線の彼方に消え去ろうとする頃には、それまでビルを取り囲んでいた群衆たちも、自分の本来の都合と方向性を探すために、そのほとんどは真相が明かされてから小一時間ほどの間に、少しずつ帰宅につき始めた。パトカーやマスコミ車両の多くも、やはり、次の目新しい事件を探して、どこかへと走り去っていった。残されているのは、私と二名の警察関係者だけになった。私の心中では『彼をあそこまで追い込んだのは、まずかっただろうか?』という思考が生まれていた。つまらない正義感に操られて悪人を追ってきたが、ここまで面倒なことになるとは思いもしなかった。今や私は重要参考人のひとりとなり、帰宅するタイミングを完全に逃してしまった。確かに、彼がビルから転落したのは、私のせいなのかもしれない。


 ただ、どんな奇妙な出来事にも必然性というものがある。追い詰められた彼が、屋上から飛び降りたのは運命的でもあり、自然な流れでもあった。どういう言い訳を放てば、警察にまったく疑われずに、この一件からうまく逃れられるのだろうか? この一件が民事ではなく刑事事件と確定したことで、警部の表情からも、先ほどまでの余裕はすっかり消え失せて、再び苦い表情に戻っていた。例え、夜更けまでここで粘っていたとしても、この奇妙な事件が解決する見通しは、まったく立たないと思われた。さりとて、責任者全員が解決を諦め、ここから立ち去ることを法や道徳は許してくれない。我々がここに留まっている理由をまるで知らないはずの二三羽のカラスが、羽根を羽ばたかせ、頭上を飛び去っていく。重力、引力、物理学、弱き人間の肉体。この世界を支えているはずのすべての法則は、今現在無視されている。私は隣りに並び立つ警部らと一度顔を合わせると、何とはなしに再び上空を見上げた。そして、今にも、この足元へと落ちて来るように思える、凶悪犯罪者の背中をただじっと見入るしかなかった。


 最後までまで読んで頂いて誠にありがとうございました。また、よろしくお願いいたします。他にもいくつかの完結済みの短編作品があります。もし、気が向かれたら、そちらもぜひ、ご覧ください。2023年2月15日

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